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異世界召喚編
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カルフェルノンとかいう国を早々に脱走した私。
まずはどこか野宿できそうな場所を探していた。地球ではまだ昼過ぎだったのに、こっちはもう夜中。
まぁ、そのおかげで特に見つかることなく脱走できたのだから、むしろ運が良かった。
夜の暗闇しかり、居眠り兵士しかり、2階というそんなに高くもない部屋しかり。私は何故か、昔から微妙に運が良かった。
それも「絶対に!」というようなものじゃなくて、何となく「こうだったらいいな」程度のものが良く当たる。
そして決まってそういう時は「当たる」という確信があるのだ。
子供の頃はその微妙過ぎる運の良さが嫌で、どうにかもっと確かな強運にできないかと小さい脳をフル回転していたが、今は違う。
要は強く願い過ぎなければいい。「こうだったらいいな、違ってもどうにかなるよね」くらいに思えば、大概なことは当たるのだ。
そして、私は元々自他ともに認める神経の図太い人間だった。あるいは凄くポジティブともいう。
今回、私が願ったことといえば。
【野宿できそうな洞窟があればいいな】
というもの。
別に人に出会えたらとか、誰か助けてくれなんて贅沢は言わない。あくまで自分でなんとかする、という気持ちが大事だ。
その結果、私はカルフェルノンを出て森に入ってから20分程で、人が2、3人入れそうなサイズの洞窟を見つけた。
洞窟というより……洞穴、だろうか。まるで子供の頃に作ったかまくらのようだ。
「さっすが私の中運」
しゃがみ込んで洞穴の中に入り、ポケットから取り出したハンカチの上に座った。
周囲には街灯などの人の灯りはない。それでも、空に煌々と輝く月のおかげで、意外と視界は明るい。
いつもは、こう……例え夜中だろうと、外に出れば家や店の灯り、街灯や走る車のライトとか、いろんな光に溢れているからなぁ。
そこそこ都会といえる場所で生まれて育った私には、新鮮な景色だ。
周囲の音も、風で草木が擦れる音くらいしか聞こえない。勝手なイメージだけど、こんな森なら他の生き物の音がしても、おかしくなさそうなんだけどなぁ。
「……いや、変に動物に襲われても困るか」
苦笑して、膝を抱え直す。そこに額を押し当てるようにして、体を縮めた。
目を閉じて思い浮かぶのは、さっき通り過ぎたカルフェルノンの街の光景。
最初に飛び出た城ーーそう、城、だった。中の作りからして私の知る普通の家とは全く違うのは分かったけど、外から見え上げた建物は、物語でおなじみの洋城だった。
そして街中に建ち並ぶのも、ヨーロッパを思い起こすような建築物で。
随分な時間だったし、外を出歩いている人を見つけることはなかったけど……あの城にいた人達の服装を考えれば、きっと、そういうものなんだろう。
「本当に、日本じゃ……いや、地球ですらなさそうだよなぁ」
おっさん王の言い分では、私は「彼らを助ける巫女様」らしい。召喚した、と。
召喚……召喚ねぇ……。
「帰れない、のかな」
そもそも、どうやって召喚されたのかも分からないし。ここが正確にはどこかも分からないし。
せっかく念願の大学に合格したと思ったのに……念願の……大学……華の大学生…………。
「ぜってぇ許さないかんなぁ!」
キレ気味に、カルフェルノンがある方向へと吠えた私である。
**********
さぁ、ウジウジするのは性に合わない!
帰れないのなら、ここで生きていくしかないじゃないか!
私の夢の大学生活を奪ったカルフェルノンのあのおっさん王とひいてはその共犯者共に一泡吹かせるのは確定事項として。
その為には、まず私が生きることが大前提なわけで。
「まずはー……ご飯だよね」
ぐぅ、と小さく鳴った私のお腹。正直だ。
あのまま洞穴で一夜を明かし、そこを拠点として食料を探すことする。
ここで安易に人里へ行ってはいけない。今頃、私が姿を眩ましたのがバレて、捜索されているだろうから。
さすがに、女1人で森の中に隠れているとは思わないでしょう。普通なら人がいるであろう場所を目指して、街道から外れないだろうし。
まぁ、ずっと森の中にいる気はさらさらないけど、今日はとりあえず洞穴付近にいるつもり。
さてさて。次の問題は、私がこの森に初めて入った、ということ。どこに何があるのか、さっぱり分からん。
どうするのかといえば、ここでも私の中運が発揮されるわけで。
【美味しいものとは言わない。食べれるものならなんでも】
そう自分の中で決めて、適当に歩き出す。
ブラブラと散歩をするように、目的を定めず歩く。そうすると、何やら甘い香りが微かに流れてきた。
それを頼りに足を進めると、赤い実のついた木が目にとまった。
「ビンゴ」
鼻歌を歌いながら、その木へと駆け寄る。手を伸ばし、キイチゴに似た実を1つ採る。そして、躊躇いなく口の中へ放った。
ここで食べれるかどうか、なんて疑ってはいけない。私が願ったのは「美味しくなくとも、食べれるもの」。
それに対して「当たる」という確信があった。つまり、これは食べられる。
そして、予想通り赤い実は香りに違わず甘い味を口いっぱいに満たしてくれた。キイチゴよりも甘みが強い。似てはいるが、違う植物なんだろうな。
私の中運の特徴は「最上よりも下くらいを狙うこと」と、もう1つ大事なこととして「結果を疑わないこと」がある。
最初の頃は、例え確信が自分の中で浮かんでも信じきれない時があった。そして、信じきれない時は決まって運は発揮されなかった。
だけど、信じれば外れることはない。むしろ、信じれば信じるほど強い結果になる。
そんなわけで、躊躇いなくモグモグできるというわけである。美味しいかどうかは、また別の話ではあるけども。
さて、じゃあ次はーー。
【あったかいお湯なんて言わない。川があればいいな】
無論、お風呂に入りたいからである。年頃の女子として、お風呂に入らないというのは死活問題だ。
そう決めて、またブラリと歩き出す。手には当然、赤い実を何個か持って。
それにしても、本当に生き物の気配がない森だなぁ。そんなに草丈がないから、歩くのに苦はないけど。
これといって、獣道のようなものもない。動物の巣やフンみたいな、生活が伺えるものもない。
鳥の鳴き声すらしないとは、不思議な森もあったものだ。
いくら耳を澄ませても、自分がたてる呼吸音や足音、風の囁きくらいしか……。あぁ、いや、もう1つ。
口元に笑みを浮かべ、その音がする方へと進行を変える。すぐに、陽の光を反射して輝く、綺麗な水が流れる川が視界に映った。
よしよし、これでお風呂オッケー。そして飲み水もオッケー。
穏やかな流れの川は、思ったよりも幅が広く、腰あたりまでの深さはあるようだ。間違っても流されるようなことはないだろうが、気をつけるに越したことはないな。
水際まで寄り、しゃがみ込んだ。そっと手を差し込んでみると、ひんやりと冷たい感触。
ふむ。まぁ、これくらいなら我慢できるかな。日が落ちて寒くなってからだと、さすがに風邪ひきそうだけど。
キョロキョロ、と辺りを見渡す。人の気配がないことを確認して、私は自分の服に手をかけた。
この制服ともサヨナラかと思えば、異世界で唯一の私服になってしまうとは。
セーラー服って、学生じゃなくなった途端にコスプレに変わるのが面倒だ。
「んしょ」
スカーフを取って、さっさと上着を脱ぐ。羞恥心? 誰も見てないから良いんだよ!
綺麗に折り畳んで、水辺から少し離れた場所に置く。
そして、スカートに手をかけた。
「…………んんん?」
なんか……流れてきた。
透き通りの良い川に浮き立つ黒い大きな物体が遠くから流れてきた。距離から考えて、それなりのサイズ。
なんだろ。丸太……にしては、形が歪だなぁ。
緩やかな流れに乗って、徐々に近くへと漂ってくる黒いナニカ。
なんとなく眺めていた私だが、それが何か分かった瞬間、慌てて川の中へ飛び込んだ。
ジャブジャブと水を掻き分け、流れてきたソレを掴み抱え込む。
ーーソレは、人だった。
いくら流れが緩やかとはいえ、人1人抱えての水中歩行は中々骨が折れた。
大した距離じゃなかったのに、陸にまで引き上げた時には息が上がっていた。
決して、私が運動不足だったからではない。流されていた人物が、かなりガタイが良かったからだ。
しかも身につけているマントのような物が水を吸いまくって、これがまためちゃくちゃ重かった。
下が砂利やら小石やらで申し訳ないが、多少引き摺りながら救出。
「というか、生きてるのか……?」
無抵抗に流れてたことを考えると、死体という可能性もかなり高い。ということに、助けてから思い至った。
見つけた時は必死だったけど、死んでたらヤだなぁ……。うつ伏せで流れてたよなぁ……。
そして今もうつ伏せになっている、おそらく男性をビクビクしながら眺める。
と、とりあえず仰向けしてあげよう。痛いだろうし。
「よっ、と…………おぉ」
引っ繰り返して見えた相手の顔に思わず感動した。
長めの藍色の髪に、羨ましいほど白い肌。カッコイイというより、綺麗といえる端正な顔立ち。閉じられた瞼を彩る睫毛の長いこと。
凄い、こんなイケメン初めて見た。生きる2次元だ。
正直に言おう。とてもタイプである。
まぁ、それはともかく。
「おーい、生きてますかー?」
声をかけながら、ユサユサと身体を揺すってみる。長いこと水に浸かっていたのか、随分と冷たい。
もともと肌が白いのだろうが、顔色が青白いような気もする。
これは……あれか、人工呼吸の出番か。授業で習ったけど、実践するのは初めてだ。
見慣れなさすぎるイケメンにドギマギするが、生死がかかっていることなので。
「ええい、女は度胸!」
と勢いをつけ、息を吸って相手の口に重ねる。
授業の内容を思い出しながら、気道を確保しつつ息を吹き込み、次に口を離して胸の辺りに両手をつき力を入れて何度か押し込む。
それを何セットか繰り返し、「そもそもこの人生きてるのか?」という疑問が出てきた頃。
「ーーッゴホ」
咳き込むように水を吐き出し、息を吸う男性。おお、良かった生きてらっしゃった。
何度か苦しげに咳き込んでいたが、暫くすると呼吸が安定してきた。どうやら、まだ目は覚めないようである。
うーん。本当は冷えた身体を暖めるべきなんだろうが……残念ながら暖房という便利なものはないし、かといって火を起こす道具のない。
どうするか、と頭を捻っていると、視界に映る私がさっきまで来ていた制服。あ、やっべ服着てなかったわ。
男性を助ける時に私も川の中に入ったので、脱ぎ忘れた下着は当然ずぶ濡れ。
私は、まず空を見上げる。見事な晴れである。日向にいればそれなりに暖かくなりそう。
次に男性を見下ろす。先程に比べて顔色も良くなっている気がするが、まだ起きる気配はない。
そして、背後の川を眺める。私はそもそも、ここにお風呂(水浴び)に来たわけで。
「ま、上がる頃には多少は乾いてるっしょ」
【完全に乾いているとまでは言わない。水が垂れないくらいに乾けばいいな】
私の中運に期待しよう。ちゃんと願ったし、これで水浴びを終える頃には多少は渇いてるだろう。
濡れた下着を広げて乾きやすいよう置いておき、ついでに男性の纏っていたマントを引っぺがして広げておく。
もう一度、男性が起きていないのを確認して、私は川へと向かった。
まずはどこか野宿できそうな場所を探していた。地球ではまだ昼過ぎだったのに、こっちはもう夜中。
まぁ、そのおかげで特に見つかることなく脱走できたのだから、むしろ運が良かった。
夜の暗闇しかり、居眠り兵士しかり、2階というそんなに高くもない部屋しかり。私は何故か、昔から微妙に運が良かった。
それも「絶対に!」というようなものじゃなくて、何となく「こうだったらいいな」程度のものが良く当たる。
そして決まってそういう時は「当たる」という確信があるのだ。
子供の頃はその微妙過ぎる運の良さが嫌で、どうにかもっと確かな強運にできないかと小さい脳をフル回転していたが、今は違う。
要は強く願い過ぎなければいい。「こうだったらいいな、違ってもどうにかなるよね」くらいに思えば、大概なことは当たるのだ。
そして、私は元々自他ともに認める神経の図太い人間だった。あるいは凄くポジティブともいう。
今回、私が願ったことといえば。
【野宿できそうな洞窟があればいいな】
というもの。
別に人に出会えたらとか、誰か助けてくれなんて贅沢は言わない。あくまで自分でなんとかする、という気持ちが大事だ。
その結果、私はカルフェルノンを出て森に入ってから20分程で、人が2、3人入れそうなサイズの洞窟を見つけた。
洞窟というより……洞穴、だろうか。まるで子供の頃に作ったかまくらのようだ。
「さっすが私の中運」
しゃがみ込んで洞穴の中に入り、ポケットから取り出したハンカチの上に座った。
周囲には街灯などの人の灯りはない。それでも、空に煌々と輝く月のおかげで、意外と視界は明るい。
いつもは、こう……例え夜中だろうと、外に出れば家や店の灯り、街灯や走る車のライトとか、いろんな光に溢れているからなぁ。
そこそこ都会といえる場所で生まれて育った私には、新鮮な景色だ。
周囲の音も、風で草木が擦れる音くらいしか聞こえない。勝手なイメージだけど、こんな森なら他の生き物の音がしても、おかしくなさそうなんだけどなぁ。
「……いや、変に動物に襲われても困るか」
苦笑して、膝を抱え直す。そこに額を押し当てるようにして、体を縮めた。
目を閉じて思い浮かぶのは、さっき通り過ぎたカルフェルノンの街の光景。
最初に飛び出た城ーーそう、城、だった。中の作りからして私の知る普通の家とは全く違うのは分かったけど、外から見え上げた建物は、物語でおなじみの洋城だった。
そして街中に建ち並ぶのも、ヨーロッパを思い起こすような建築物で。
随分な時間だったし、外を出歩いている人を見つけることはなかったけど……あの城にいた人達の服装を考えれば、きっと、そういうものなんだろう。
「本当に、日本じゃ……いや、地球ですらなさそうだよなぁ」
おっさん王の言い分では、私は「彼らを助ける巫女様」らしい。召喚した、と。
召喚……召喚ねぇ……。
「帰れない、のかな」
そもそも、どうやって召喚されたのかも分からないし。ここが正確にはどこかも分からないし。
せっかく念願の大学に合格したと思ったのに……念願の……大学……華の大学生…………。
「ぜってぇ許さないかんなぁ!」
キレ気味に、カルフェルノンがある方向へと吠えた私である。
**********
さぁ、ウジウジするのは性に合わない!
帰れないのなら、ここで生きていくしかないじゃないか!
私の夢の大学生活を奪ったカルフェルノンのあのおっさん王とひいてはその共犯者共に一泡吹かせるのは確定事項として。
その為には、まず私が生きることが大前提なわけで。
「まずはー……ご飯だよね」
ぐぅ、と小さく鳴った私のお腹。正直だ。
あのまま洞穴で一夜を明かし、そこを拠点として食料を探すことする。
ここで安易に人里へ行ってはいけない。今頃、私が姿を眩ましたのがバレて、捜索されているだろうから。
さすがに、女1人で森の中に隠れているとは思わないでしょう。普通なら人がいるであろう場所を目指して、街道から外れないだろうし。
まぁ、ずっと森の中にいる気はさらさらないけど、今日はとりあえず洞穴付近にいるつもり。
さてさて。次の問題は、私がこの森に初めて入った、ということ。どこに何があるのか、さっぱり分からん。
どうするのかといえば、ここでも私の中運が発揮されるわけで。
【美味しいものとは言わない。食べれるものならなんでも】
そう自分の中で決めて、適当に歩き出す。
ブラブラと散歩をするように、目的を定めず歩く。そうすると、何やら甘い香りが微かに流れてきた。
それを頼りに足を進めると、赤い実のついた木が目にとまった。
「ビンゴ」
鼻歌を歌いながら、その木へと駆け寄る。手を伸ばし、キイチゴに似た実を1つ採る。そして、躊躇いなく口の中へ放った。
ここで食べれるかどうか、なんて疑ってはいけない。私が願ったのは「美味しくなくとも、食べれるもの」。
それに対して「当たる」という確信があった。つまり、これは食べられる。
そして、予想通り赤い実は香りに違わず甘い味を口いっぱいに満たしてくれた。キイチゴよりも甘みが強い。似てはいるが、違う植物なんだろうな。
私の中運の特徴は「最上よりも下くらいを狙うこと」と、もう1つ大事なこととして「結果を疑わないこと」がある。
最初の頃は、例え確信が自分の中で浮かんでも信じきれない時があった。そして、信じきれない時は決まって運は発揮されなかった。
だけど、信じれば外れることはない。むしろ、信じれば信じるほど強い結果になる。
そんなわけで、躊躇いなくモグモグできるというわけである。美味しいかどうかは、また別の話ではあるけども。
さて、じゃあ次はーー。
【あったかいお湯なんて言わない。川があればいいな】
無論、お風呂に入りたいからである。年頃の女子として、お風呂に入らないというのは死活問題だ。
そう決めて、またブラリと歩き出す。手には当然、赤い実を何個か持って。
それにしても、本当に生き物の気配がない森だなぁ。そんなに草丈がないから、歩くのに苦はないけど。
これといって、獣道のようなものもない。動物の巣やフンみたいな、生活が伺えるものもない。
鳥の鳴き声すらしないとは、不思議な森もあったものだ。
いくら耳を澄ませても、自分がたてる呼吸音や足音、風の囁きくらいしか……。あぁ、いや、もう1つ。
口元に笑みを浮かべ、その音がする方へと進行を変える。すぐに、陽の光を反射して輝く、綺麗な水が流れる川が視界に映った。
よしよし、これでお風呂オッケー。そして飲み水もオッケー。
穏やかな流れの川は、思ったよりも幅が広く、腰あたりまでの深さはあるようだ。間違っても流されるようなことはないだろうが、気をつけるに越したことはないな。
水際まで寄り、しゃがみ込んだ。そっと手を差し込んでみると、ひんやりと冷たい感触。
ふむ。まぁ、これくらいなら我慢できるかな。日が落ちて寒くなってからだと、さすがに風邪ひきそうだけど。
キョロキョロ、と辺りを見渡す。人の気配がないことを確認して、私は自分の服に手をかけた。
この制服ともサヨナラかと思えば、異世界で唯一の私服になってしまうとは。
セーラー服って、学生じゃなくなった途端にコスプレに変わるのが面倒だ。
「んしょ」
スカーフを取って、さっさと上着を脱ぐ。羞恥心? 誰も見てないから良いんだよ!
綺麗に折り畳んで、水辺から少し離れた場所に置く。
そして、スカートに手をかけた。
「…………んんん?」
なんか……流れてきた。
透き通りの良い川に浮き立つ黒い大きな物体が遠くから流れてきた。距離から考えて、それなりのサイズ。
なんだろ。丸太……にしては、形が歪だなぁ。
緩やかな流れに乗って、徐々に近くへと漂ってくる黒いナニカ。
なんとなく眺めていた私だが、それが何か分かった瞬間、慌てて川の中へ飛び込んだ。
ジャブジャブと水を掻き分け、流れてきたソレを掴み抱え込む。
ーーソレは、人だった。
いくら流れが緩やかとはいえ、人1人抱えての水中歩行は中々骨が折れた。
大した距離じゃなかったのに、陸にまで引き上げた時には息が上がっていた。
決して、私が運動不足だったからではない。流されていた人物が、かなりガタイが良かったからだ。
しかも身につけているマントのような物が水を吸いまくって、これがまためちゃくちゃ重かった。
下が砂利やら小石やらで申し訳ないが、多少引き摺りながら救出。
「というか、生きてるのか……?」
無抵抗に流れてたことを考えると、死体という可能性もかなり高い。ということに、助けてから思い至った。
見つけた時は必死だったけど、死んでたらヤだなぁ……。うつ伏せで流れてたよなぁ……。
そして今もうつ伏せになっている、おそらく男性をビクビクしながら眺める。
と、とりあえず仰向けしてあげよう。痛いだろうし。
「よっ、と…………おぉ」
引っ繰り返して見えた相手の顔に思わず感動した。
長めの藍色の髪に、羨ましいほど白い肌。カッコイイというより、綺麗といえる端正な顔立ち。閉じられた瞼を彩る睫毛の長いこと。
凄い、こんなイケメン初めて見た。生きる2次元だ。
正直に言おう。とてもタイプである。
まぁ、それはともかく。
「おーい、生きてますかー?」
声をかけながら、ユサユサと身体を揺すってみる。長いこと水に浸かっていたのか、随分と冷たい。
もともと肌が白いのだろうが、顔色が青白いような気もする。
これは……あれか、人工呼吸の出番か。授業で習ったけど、実践するのは初めてだ。
見慣れなさすぎるイケメンにドギマギするが、生死がかかっていることなので。
「ええい、女は度胸!」
と勢いをつけ、息を吸って相手の口に重ねる。
授業の内容を思い出しながら、気道を確保しつつ息を吹き込み、次に口を離して胸の辺りに両手をつき力を入れて何度か押し込む。
それを何セットか繰り返し、「そもそもこの人生きてるのか?」という疑問が出てきた頃。
「ーーッゴホ」
咳き込むように水を吐き出し、息を吸う男性。おお、良かった生きてらっしゃった。
何度か苦しげに咳き込んでいたが、暫くすると呼吸が安定してきた。どうやら、まだ目は覚めないようである。
うーん。本当は冷えた身体を暖めるべきなんだろうが……残念ながら暖房という便利なものはないし、かといって火を起こす道具のない。
どうするか、と頭を捻っていると、視界に映る私がさっきまで来ていた制服。あ、やっべ服着てなかったわ。
男性を助ける時に私も川の中に入ったので、脱ぎ忘れた下着は当然ずぶ濡れ。
私は、まず空を見上げる。見事な晴れである。日向にいればそれなりに暖かくなりそう。
次に男性を見下ろす。先程に比べて顔色も良くなっている気がするが、まだ起きる気配はない。
そして、背後の川を眺める。私はそもそも、ここにお風呂(水浴び)に来たわけで。
「ま、上がる頃には多少は乾いてるっしょ」
【完全に乾いているとまでは言わない。水が垂れないくらいに乾けばいいな】
私の中運に期待しよう。ちゃんと願ったし、これで水浴びを終える頃には多少は渇いてるだろう。
濡れた下着を広げて乾きやすいよう置いておき、ついでに男性の纏っていたマントを引っぺがして広げておく。
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