一線の越え方

市瀬雪

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一線の越え方

13...あてつけ【Side:山端逸樹】*

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 直人とあんなことがあって一週間近く経つけれど、俺の日常は何ひとつ変わらなかった。
 彼の手に握らせたはずの携帯番号へ、見知らぬ番号から着信が入ることもない。

(あいつ、渡してないのか?)

 何故だろう?
 あんなに言いにくそうにしてまで頑張っていた友人との仲人役なのに。

 俺との関わりを断ちたいから友人にも近付かせまいという腹だろうか?

(随分嫌われたもんだな)

 当たり前だ、と思う。
 普通ノーマルな奴がいきなりあんなことをされればそのショックは相当なはずだ。

 俺は、取り返しの付かないことをした――。
 それだけは分かった。

 いつだってそうだ。
 自分が本当に欲しいと思った物は絶対に手に入らない。
 望まないものは向こうからやってくるのに、望むものはいつだって遠ざかる。

(らしくねぇな)

 この調子だと、仕事にも支障が出かねない。
 こうやって悶々としている間にだって、現場は刻一刻と動いているのだ。
 こんな、心ここに在らずの俺が監督していたのでは作業員の足を引っ張る可能性だってある。

「すまん。ちょっと出てくる。何かあったら携帯に電話してくれ」

 下請けで仕事をさせている、土木作業員の一人にそう声を掛けると、俺はバリケードの外へ出た。

 会社の軽トラに乗り込むと、座り心地の悪いシートに背中を預けて深い息をつく。
 そのまま少し車を走らせてから、俺は現場から少し離れたところにある公園横の路肩に車を停めた。

「電話……」

 胸ポケットに仕舞いこんだ携帯を取り出すと、アドレス帳を開いてから「三木直人」と表示された画面を見つめてしばし考え込む。

 彼に聞いてみたかったことを、ひとつ聞きそびれている。

(あいつは何で俺の現場を知ってたんだ?)

 それが、何故だか胸中でモヤモヤとつっかえていて落ち着かない。

(もしかしたら……あいつ)

 そんな一縷の望みを持ってしまうのも、俺らしくなくて嫌だった。

(もしそうだとしても今更なんだけどな)

 全て壊してしまった後で、そんなことを聞いて何になるんだろう?

(そもそも電話したって出ないかも知れねぇし……)

 いや、十中八九出ないだろう。
 そんなことは分かっている。分かっちゃいるが――。

 俺は自分の気持ちにケリを付けたくて、消せずに残したままの、その番号へコールした。

『はい、もしもし』

 俺の予想に反して、殆ど呼び出し音を聞かないままに、直人が出た。

 今回は発信者番号を通知してかけたが、それが理由で出てくれたとは思えない。
 メモの番号を見て、俺からの着信だと分かれば確実に着拒されていただろうし、そうでないならば、直人のことだ。見知らぬ番号からの電話に、警戒するのが普通だと思えた。

 いずれにしても出方が不自然だ。
 若干早口で電話を受けた直人の様子も引っかかる。

 もしかしたら画面を確認し辛い状況――例えば講義中――だったのかも?と思い、でもそれならそもそも電話自体に出るわけないか、と考え直す。

(じゃあ、何に対して焦ってるんだ?)

 寸の間そんなことを考えてから、俺は一切の雑念を取り払った。
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