一線の越え方

市瀬雪

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一線の越え方

13-2

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 とりあえず、何はさておき用件だ。
 そう思いつつ発した言葉はやけに歯切れの悪い物言いで。

「……俺だけど。悪い、一つだけ聞いておきたいことがあって」
『俺って…誰』

 さらりと。本当にさらりと胸に突き刺さる台詞を言ってくれる。

 俺のことなんて忘れたいと思っているだろう直人からの、当然といえば当然の反応に、俺は胸のうちをえぐられるような痛みを覚えた。
 しかし直後俺が誰か思い当たったらしい直人が、声を上擦らせて言う。

『い、今更何の……』

 しかしそれ以上何かを言わせると、聞きたくない言葉を言われてしまいそうで――。らしくなく、それが怖くて俺は彼の言葉を遮るように言葉を継いだ。

「何で俺の職場、知ってたんだ、お前」

 問いかけるが、返答がない。
 そんな直人の後ろで、誰か別の男のやけに明るい声が聞こえてきて、俺は電話を耳に押し当てた。

「…おい、直人?」

 一向に何も告げようとしない直人に、俺は思わず呼びかけていた。

『……あ、あの……もしもし……?』

 ややあって、電話口から聞こえてきたのは、直人以外のヤツの声で――。

(何だ、こいつ……)

 一気に不信感を露わにした俺は、同時に直人はどうしたんだ?と思う。

「誰だ、お前……?」

 不機嫌さが表れて自然声が低くなった俺に、そいつは怯むことなく明るい声を上げた。

『山端さん、ですよね! 俺、ジムで知り合った相原真琴です! あの……覚えていらっしゃいますか?』

 正直驚いた。
 ということはさっき直人の後ろで声を上げていたのはこいつだったということか。

「で、何でそのお前がナオ……、三木の携帯に出てるんだ?」

 直人との話がまだ済んでいない。
 それなのに割り込むようにして湧いてきた相原という男に、俺は少なからず苛立ちを覚える。

『三木先輩が俺に携帯を渡してくれたんです。……もしかして、お邪魔でしたか?』
(ああ、思いっきりお邪魔だ)

 そう思ったが、それが直人の意思だったと聞いて、俺はその言葉を引っ込めた。

「いや、別にいい」

 言いながら、質問の答えを聞いていないことに思い至った俺は、

「三木に、さっきの答えだけ教えてくれって伝えてもらえるか?」

 なるべく穏やかに聞こえるよう注意を払いながらそう告げた。

 しばし電話を片手に話しているらしい、相原と直人の声が途切れ途切れに聞こえてくる。

(ったく、伝言ゲームかよ……っ)

 そのやり取りに、段々苛立ちが募ってくる。

 直人は、もう俺とは話したくないということか。
 そう思い至ると、何だか全てがどうでもいいことのように思えてきた。

『待たせちゃってごめんなさい。あのっ、三木先輩が言うことには――』
「いいよ。会ったときに聞かせてくれ」

 わざと。そう、わざと直人が居る前で、俺は相原と会う算段を切り出した。

『え? あ、あの……っ! 俺と会ってもらえるんですかっ?』

 俺の心無い言葉に、相原の声が思い切り明るくなる。

「ああ。もちろんだ。三木から俺の連絡先は聞いたんだろう? その番号へ、また夜にでも連絡してくれ。二十時過ぎれば仕事も終わってるはずだから」

 俺は、直人へのあてつけのためだけに、相原を利用しようとしている。

 らしくなく、それが俺の中で鈍い痛みを伴って広がって行ったけれど、気付かない振りをした。
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