一線の越え方

市瀬雪

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灯る頃

01...12月と言えば【Side:三木直人】

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「は? 保育士?」

 そう狭いわけでもない店内に、逸樹さんの声が響く。

 周囲の視線を一斉に集め、俺は思わず逃げたいように視線を落とした。
 対して逸樹さんは特に気にしてはいないようだったが、

「それで卒業後は実家に帰るってのか」

 継がれた声は一応先刻よりは抑えられていた。

 次第に向けられていた他人の目も離れていく。
 その様子に少しほっとして、俺は改めて頷いた。

「うん、まぁ……働くとこが実家だし。逸樹さんも知ってるだろ、うちが私設保育園やってんの」

 視線も彼へと戻し、更に続ける。

「でも別に、車があれば会える距離だし……俺も免許とるから」
「そう言う問題じゃねぇだろ。なんでもっと早く言わねぇんだよ」

 言うなり、苛立ちも顕わに逸樹さんはテーブルを拳で叩いた。

 さすがに加減はしていたものの、伝わった振動に傍に置いてあるコーヒーカップがカチャリと小さな音を立てる。

(話す順番ミスったよな、コレ……)

 自分の目の前のコーヒーも、ゆらゆらと表面を波打たせた。
 俺は遠い目でその光景を眺めながら、密やかに吐息した。




 十二月に入って間も無くのことだった。
 そろそろ卒論にも取り掛かろうかと言う時期だ。
 ゼミの課題は相変わらず多く、おかげで逸樹さんと一緒に過ごす時間もなかなか取れなくなっていた。

 そんな中、久々に学校帰りに車で拾ってもらい、その足で立ち寄ったのは近所のファミレスだ。

 その場所を希望したのは俺だった。
 実はいくつか話したいことがあったのだ。

 だけど、あまり静かな店だとか、雰囲気ある場所だと逆に言えなくなりそうだったから。
 だから俺は適度に騒がしくて、気軽に話の出来そうな夕食時のファミレスを選んだ。

 依然として学校は忙しい。下手をしたらこれからもっと忙しなくなるかもしれない。加えてバイトもまだ続けている。

 それでも今の俺にはとりあえず恋人と言える関係の相手がいて、時節は早くも十二月――となると嫌でも意識せざるを得ない。

 実際、この店のメニューも空気も、一応繁華街である周辺も。
 もうすっかりクリスマスムード一色になっていた。
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