一線の越え方

市瀬雪

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灯る頃

02...苛立ち【Side:山端逸樹】

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 年末が近付くと、街はそわそわと落ち着かない感じになる。

 仏教徒が多いはずのこの国で、あちこちがイルミネーションで彩られ、クリスマスソングがいたるところから流れてくるさまはどこか滑稽だ。

 今までの俺は、そんな周りの様子を冷めた目で眺めながら日々をやり過ごすだけだった。でも、今年は違う。

(何てったって直人と過ごす初めてのクリスマスだしな)

 本当は去年、直人と付き合うようになった直後にクリスマスが一度訪れていたりする。だが、去年の今頃は、受け持ちの現場で事故を起した関係で、俺は慌しく過ごす羽目になったのだ。

 不本意ではあったが、あのときの俺は事後処理をするのに手一杯で、クリスマスムードに浸る余裕なんてなかった。

 だからこそ余計今年は、と思う。

 ちゃんと直人と過ごすことを想定して、仕事のほうも効率よくこなした。
 体調だって、怪我をしていた去年と違って万全だし、このまま行けば楽しい一夜を手に入れられるはずだ。

 そんなことを思っている矢先だった。直人から呼び出しを受けたのは。

 正直ここのところ、直人のほうがゼミやら卒論やらでバタバタしていたせいで、マトモに顔を合わせていなかった。

 そんな中でのお誘いだったから、俺は一も二もなく彼の大学へ向かい、直人に促されるままその足で近所のファミレスへ行ったのだ。

(クリスマスの算段かな)

 そう。たまには直人のほうから誘ってくれることがあってもいいはずだ。でなきゃ、俺ばかりが彼に入れ込んでるみたいで寂しいじゃねぇか。

 そんなことを思いながら、ほんの少しだけ直人が何を切り出すのかを期待していたことは否めない。だが、そこで直人の口から出たのはクリスマスの話ではなく、将来のことについて、だった。

 それも相談ではなく、こうしようと思うんだ、という半ば決定された内容のもので――。

 直人もバカじゃない。
 きっと、そんなことを考え始めたのは昨日今日のことじゃないはずだ。それなのに俺には何の相談もなく、そんな風に進路を決めていたんだと知ったら正直ショックだった。それと同時にたまらなく腹立たしくなった。

「お前にとっちゃ俺はその程度の存在だったってことだよな?」

 そんなことを言う場面じゃないと分かっていても、抑えられない激情に思わず吐き捨てるようにそう口走っていた。

 頭では直人の将来なんだから俺が口を出すべきことじゃないとも分かっていた。でも、ことここに至るまで何も相談してくれなかった直人に、俺は堪らなく腹が立ったのだ。

「そんなこと言ってないだろ……!」
 
 そんな俺に、直人がそう返してくるのも至極当然で。
 それでも俺は、直人の顔を見るのも嫌になるぐらい自分の気持ちがコントロールできなくなったのだ。

「……帰る」

 このままじゃ、直人に何を言ってしまうか分からない。
 傷つける気持ちなんて毛頭ないし、彼を手放すつもりだって、勿論ない。

 だから、今は傍に居るべきじゃない。

 言うなり、有無を言わさず席を立つと、俺は伝票を奪うようにしてレジへと向かった。

「……ちょっ、逸樹さん!」

 そんな俺を、直人が慌てたように呼び止める声がしたけれど、そちらへは一瞥もくれず、店員に万札と伝票を押し付けて釣りも受け取らずに店を後にした。直人の方を見てしまえば、悔しさに何をしてしまうか分からなかったからだ。
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