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ことの発端01
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その日は、昨夜の雨が嘘みたいに晴れていた。天気が回復しないなら、濡れるのも面倒だから行くのはやめようと思っていた。
けれども翌朝の空は雲一つない快晴で、ギルベルトはしぶしぶながらも家をあとにする。
背中に顕現させた蝙蝠のような羽をはばたかせ、目指したのは森の奥にある一軒家だった。
「さみ……」
冬が近くなり、ずいぶん気温も下がっていた。真っ黒なモッズコートについているファー付のフードを目深にかぶり、やがて辿り着いたその建物の前へと降り立った。
目の前に佇む木造の平家は、大魔法使いカヤの家。大魔法使いとは言っても床に届くほどの髭を蓄えたり、真っ白な髪をした老人というわけでなく、見た目的には二十代後半の平凡な男だった。
「やぁ、早かったね。今日は手伝いに来てくれてありがとう、ギル」
欠伸混じりに玄関へと歩み寄り、扉に手を伸ばしたところで、不意に声をかけられる。
視線を向けると、直近の窓からカヤが顔をのぞかせ、ひらひらと手を振っていた。
「どうぞ、入って」
鍵はかかっていないらしい。ドアノブを引けば簡単に扉は開き、ギルベルトは遠慮なく中へと踏み込んだ。
「パンケーキあるけど、食べる?」
「ん」
通されたリビングにはバターの香りが漂っていた。できあがったばかりのそれが更にのせられ、テーブルに置かれている。
特に約束の時間がきめられていたわけじゃない。できれば午前中から来てもらえれば嬉しいというくらいだった。
にもかかわらず、ギルベルトが早めに向かったのは朝飯をあてにしていたからでもあった。昨夜は家に帰らなかったから、今朝はろくなものを食べていない。
加えて、カヤの作る食事はおいしい。魔法薬を調合しながら、なんでも屋を営むカヤは、かたわら自家製の焼き菓子を売っていたりもする。
ただし、本人の性格は大雑把で片付けが苦手、自分ことには無頓着なところもあり、結果頼まれたのはアトリエの大掃除。一見粗暴なギルベルトは存外部屋はきれいに保つ方で、整理整頓は苦手ではなかった。
報酬はギルベルトが以前から欲しがっていた酒と、その焼き菓子。
「……うま」
「よかった」
カヤはカップに注いだハーブティーを差し出すと、自身も同じものに口をつけた。パンケーキ自体はすでに食べ終えていたらしい。ということは、ギルベルトのために作っておいてくれたのかもしれない。
まぁ、どっちでもいいけど。
最近手に入れた古い文献が大変な量だから、力も強いギルに手伝ってもらえたらありがたい。言われたときのことを思い出すと、これくらい当然だという気にもなってくる。
ギルベルトは更に盛られていた二枚分をぺろりと食べきると、魔法の茶器のせいでいつまでも冷めないハーブティーに手を伸ばす。ふわりと湯気の立ちのぼるその中を覗き込むと、正面に座っていたカヤが笑って言った。
「大丈夫、ギルのはちょっと温めにしたから」
あまり公言はしたくないけれど、ギルベルトは猫舌だ。それを知っていたカヤは、そこにも気を利かせてくれていた。
「……別に飲めるわ」
少々熱くとも。言い返しながらも引き寄せたカップをゆっくり傾ける。なるほど、たしかにギルベルトでも飲める温度に保たれていた。
「それで……実は今日、他にも焼き菓子の注文が入っちゃって。昼前から少しそっちに手をとられそうなんだけど、大丈夫かな」
ややしてカヤが口を開く。ギルベルトは特に気にするふうもなく、ハーブティーを飲み干していく。
「問題ねーだろ。片付けくらい俺一人でもできるし」
「いやぁ……どうだろ。本当にすごい量だから……」
もともとカヤのアトリエはものだらけだ。書庫はさらにその奥にあるのだが、すでに入りきらないほどの物量になっている。
リビングは人を――依頼人など――を入れることもあるため、辛うじてそれなりにしているとのことだった。ギルベルトからすればリビングだって雑然として見えるが、これくらいならまぁ目を瞑れないこともない。
カヤは空にしたカップをソーサーにおろし、苦笑混じりに眉を下げた。
「たぶん、見たらびっくりするんじゃないかなぁ」
けれども翌朝の空は雲一つない快晴で、ギルベルトはしぶしぶながらも家をあとにする。
背中に顕現させた蝙蝠のような羽をはばたかせ、目指したのは森の奥にある一軒家だった。
「さみ……」
冬が近くなり、ずいぶん気温も下がっていた。真っ黒なモッズコートについているファー付のフードを目深にかぶり、やがて辿り着いたその建物の前へと降り立った。
目の前に佇む木造の平家は、大魔法使いカヤの家。大魔法使いとは言っても床に届くほどの髭を蓄えたり、真っ白な髪をした老人というわけでなく、見た目的には二十代後半の平凡な男だった。
「やぁ、早かったね。今日は手伝いに来てくれてありがとう、ギル」
欠伸混じりに玄関へと歩み寄り、扉に手を伸ばしたところで、不意に声をかけられる。
視線を向けると、直近の窓からカヤが顔をのぞかせ、ひらひらと手を振っていた。
「どうぞ、入って」
鍵はかかっていないらしい。ドアノブを引けば簡単に扉は開き、ギルベルトは遠慮なく中へと踏み込んだ。
「パンケーキあるけど、食べる?」
「ん」
通されたリビングにはバターの香りが漂っていた。できあがったばかりのそれが更にのせられ、テーブルに置かれている。
特に約束の時間がきめられていたわけじゃない。できれば午前中から来てもらえれば嬉しいというくらいだった。
にもかかわらず、ギルベルトが早めに向かったのは朝飯をあてにしていたからでもあった。昨夜は家に帰らなかったから、今朝はろくなものを食べていない。
加えて、カヤの作る食事はおいしい。魔法薬を調合しながら、なんでも屋を営むカヤは、かたわら自家製の焼き菓子を売っていたりもする。
ただし、本人の性格は大雑把で片付けが苦手、自分ことには無頓着なところもあり、結果頼まれたのはアトリエの大掃除。一見粗暴なギルベルトは存外部屋はきれいに保つ方で、整理整頓は苦手ではなかった。
報酬はギルベルトが以前から欲しがっていた酒と、その焼き菓子。
「……うま」
「よかった」
カヤはカップに注いだハーブティーを差し出すと、自身も同じものに口をつけた。パンケーキ自体はすでに食べ終えていたらしい。ということは、ギルベルトのために作っておいてくれたのかもしれない。
まぁ、どっちでもいいけど。
最近手に入れた古い文献が大変な量だから、力も強いギルに手伝ってもらえたらありがたい。言われたときのことを思い出すと、これくらい当然だという気にもなってくる。
ギルベルトは更に盛られていた二枚分をぺろりと食べきると、魔法の茶器のせいでいつまでも冷めないハーブティーに手を伸ばす。ふわりと湯気の立ちのぼるその中を覗き込むと、正面に座っていたカヤが笑って言った。
「大丈夫、ギルのはちょっと温めにしたから」
あまり公言はしたくないけれど、ギルベルトは猫舌だ。それを知っていたカヤは、そこにも気を利かせてくれていた。
「……別に飲めるわ」
少々熱くとも。言い返しながらも引き寄せたカップをゆっくり傾ける。なるほど、たしかにギルベルトでも飲める温度に保たれていた。
「それで……実は今日、他にも焼き菓子の注文が入っちゃって。昼前から少しそっちに手をとられそうなんだけど、大丈夫かな」
ややしてカヤが口を開く。ギルベルトは特に気にするふうもなく、ハーブティーを飲み干していく。
「問題ねーだろ。片付けくらい俺一人でもできるし」
「いやぁ……どうだろ。本当にすごい量だから……」
もともとカヤのアトリエはものだらけだ。書庫はさらにその奥にあるのだが、すでに入りきらないほどの物量になっている。
リビングは人を――依頼人など――を入れることもあるため、辛うじてそれなりにしているとのことだった。ギルベルトからすればリビングだって雑然として見えるが、これくらいならまぁ目を瞑れないこともない。
カヤは空にしたカップをソーサーにおろし、苦笑混じりに眉を下げた。
「たぶん、見たらびっくりするんじゃないかなぁ」
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