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ことの発端02
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カヤの言ったとおり、たしかにとんでもない部屋だった。それでもギルベルトは黙々と片付けを進める。カヤが菓子作りのためにキッチンに戻ってもそれは変わらなかった。
全ては報酬のため。どうしてもその酒がほしかったから。
ギルベルトは悪魔と人間のハーフだった。一方、ラファエルは生粋の天使。そしてその酒は、天使なら酔ってしまうという特殊なワイン。
あいつ――ラファエルはワインが好きだから、きっと食いつくに違いない。
以前似たような酒を使って組み敷いてやろうと画策したこともあったけれど、そのときの酒は安酒だったこともあり企み通りにはいかなかった。
度数のわりに、酔いやすい。それでいて悪魔には効かないという特性がある。そう聞いていたはずが、気がついたときには散々抱き潰されたあとだった。
敗因はわかっている。おそらくはギルベルトがハーフだったからだ。
「……クソ、見てろよ」
そのときのことを思い出すと、いまでも腹が立ってくる。腹が立つと同時に、あれほどいいように乱された自分が信じられなくて居た堪れない心地になる。
だが今回カヤに頼んだそれは、前回とは違う。悪魔の血がどうこうではなく、要は相手が天使であればいいのだ。猫とまたたびのように、天使にしか効かない酒。行きつけのバーでその話を耳にしたとき、これだと思った。今度こそあいつを組み敷いてやれる。
以前の失敗に終わったときの酒の詳細をラファエルは知らない。それさえ手に入ればこっちのものだ。きっとうまく行く。
なんだかんだと言いくるめられて、いつも抱かれる側に回っているけれど、それだって不本意なのだ。だって俺は相手が誰であろうと、ずっと抱く側で来ていたのだから。
「やぁ、本当だ。ギルじゃないですか。昨日はどこに泊まったんですか?」
「……!」
そんなふうにほくそ笑みながら、目の前の本棚にはたきをかけていたときだった。
口元に布を巻いていても、舞い上がる埃には顔をしかめてしまう。その表情が一瞬にして固まった。
「は……? なんでお前がここに……!」
視線の先で、長く伸ばした白金色の髪が肩の上を滑り落ちる。金色の瞳を柔らかく細めながら、いつのまにか書斎の入口に立っていたのはラファエルだった。
***
「偉いじゃないですか。朝から他人さまのお手伝いなんて」
「……」
先の尖った耳がぴくりと震える。言い方がいちいち癪に障る。思いながらも、ギルベルトは無言でぱたぱたとはたきを動かす。取り合う方がよけいむかつくのがわかっているからだ。
「……なにしてる」
なのに、結局は口をきかざるをえなくなる。
以前からあったものは元の場所へと戻し、新たに追加された文献をまずは軽くしわけていく。そのつもりだった本の山に、ラファエルが触れていた。
「なにって、僕もお手伝いしようかと」
「は? 必要ねぇし」
「まぁそういわず」
「いらねぇっつってんだろ。お前の用はカヤの菓子だろうが。よけいなことせずに菓子だけもってとっとと帰れや」
「まだ全部焼けていませんよ」
さらりと流しながら、ラファエルは手の中の書物をそっと撫でた。
「それにほら、僕がいたほうが、ギルだって楽だと思いますよ」
「なにが……」
「見て下さい。これ、あなた読めますか?」
「あぁ?」
ギルベルトはあからさまに眉を顰める。口を覆っていた布を首元へと引き下ろし、示された先に目をやった。
向けられた表紙には、見慣れない文字が並んでいた。正確には、ギルベルトには文字と認識するのも難しいような特殊な言語だった。
「……」
思わず沈黙したギルベルトに、ラファエルはにこりと笑みを深める。
「魔法使い特有の文字ですね」
「……お前読めるのかよ」
「まぁ、少なくともあなたよりは」
ラファエルは視線を戻し、積み上げられた本の山から次の書籍を手にとった。
「かなり古い文献のようですね。さすがはカヤ……と言ったところでしょうか」
ギルベルトは口を噤む。実際、ラファエルが仕分け始めた書物の文字は、ギルベルトにはほとんど読めないものだった。
「……」
ギルベルトは舌打ちを漏らし、それならと窓際に目を向ける。そこには開封だけされた箱のままのもの、使いかけてやめたような状態のもの、まったく使用方法がわからない――想像もつかないものなど、さまざまなアイテムが無造作に放置されていた。
「ンだよこれ……いや、マジこれはゴミだろ」
カヤから特に触るなと言われているものもない。端から片付けて行こうと手をつけた箱はうっすらと埃をかぶっており、中には古ぼけた小瓶のようなものがいくつも入っていた。そのほとんどが容器にひびが入っていたり、欠けていたりと壊れかけだ。
「ゴミくらいちゃんと出せや、ぽんこつ魔法使いが」
開いていたふたを軽くはじいて、箱ごと避けようと動かすと、ガシャンとガラスが擦れ合うような音がする。見た目のわりに、意外と重い。
ギルベルトはいまいましげに足先で箱をずらすと、空いたスペースにしゃがみ込み、あらためて中を覗き込んだ。
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