かけられたのはDom/Subの魔法でした。

市瀬雪

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すれ違い05

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 ラファエルは静かに息をつき、いつものようにギルベルトの身体を清める。目を閉じたままの顔を覗き込み、額にかかる髪を払う。

「本当に、どこまでも頑固な強い人ですね」

 落胆を滲ませ呟いて、けれどもその眼差しは柔らかく細められる。
 ギルベルトが自分のものになればいいと望んでいる。自分だけのものになって、他の誰も見ないでくれたらいいのにと願っている。だけどそれが簡単じゃないことも知っている。

「……どうしたら堕ちてきてくれるんですか。僕の手の中に」

 ラファエルはひとりごち、ギルベルトの頬を撫でる。手のひらをそっと押し当て、労るように目元に残る涙の痕を親指でなぞった。
 そこで異変に気付く。

「……ギル?」

 リビングの電気はついたままだったが、寝室に灯していたのは枕元の間接照明だけだった。暖色系の色合いのせいですぐには気づけなかったが、よく見ると顔色が悪い。

「え……え? ギル? 大丈夫ですか?」

 ラファエルは頬へと触れていた手を首筋へと滑らせる。脈が速い。蒼白となったギルベルトの額には汗が浮き、いつもは血色のいい唇も紫がかっていた。
 ラファエルははっとする。

 そう言えば最後に自覚のあるコマンドを使ったのはいつだっただろう。自覚がなくても、グレアは勝手に漏れていたし、そのつもりもなく言葉はコマンドの形になっていた。
 それには自分でも気付いていたのに、ギルベルトが頑なに応じないこともあったから、この程度ではギルベルトには効かないのかと流したりもしていた。その結果、いつしかプレイ自体の手順が疎かになっていたのだ。
 最後にとどめのように告げたコマンドにもギルベルトは応えてはくれなかったけれど、あれだってもしかしたら、応えなかったのではなく、応えられなかっただけかもしれない。

「ギル……ギル、しっかりしてください!」

 魔法事故による二次性の付与。ラファエルがDomになるのも、ギルベルトがSubになるのも初めてのことだった。同じ状態の者は誰もいない。少なくとも二人の周りにはその当事者どころか、経験者もいなかった。
 知っているのはカヤの文献にあった数ページほどの情報のみ。そんな程度の知識で、いきなりこの特殊な関係を成り立たせることなどできるはずもなかったのだ。

「……サ、サブドロップ……?」

 頭をよぎったその言葉に、ラファエルは呼気を震わせた。

 そんなばかな。

 ラファエルが望んでいたのは、ギルベルトがサブスペースに入ることだった。どうすればそうなるのか、どんなふうにすればギルベルトがもっと気持ちよくなれるのか、気がつけばそればかりを追い求めていた。
 その結果がこれなのか。

「ギル……待って、大丈夫ですから、ゆっくり息を吸って……」

 ギルベルトの頬を撫でながら、ラファエルは必死に記憶を辿る。こういうときに、Domがとるべき行動は――。

「ギル……、ギルはなにも間違ってません。あなたはあなたでいいんです。僕が間違ってました。ごめんなさい……
っ」

 気がつけば呼吸すらままならなくなっているようで、ラファエルは慌てて気道を確保する。唇を重ねて酸素を送る。必死に声をかける。

「ギルはいい子です。全部、全部ちゃんとできてました。あなたはなにも悪くない。……ね、いい子だから、帰ってきてください……!」

 ラファエルの金色の瞳から涙がこぼれる。グレアを帯びた眦から落ちた雫が、ギルベルトの頬を濡らす。

「ギル……お願いですから、目を開けて。目を開けて、僕を映して。そして言ってください。いつもみたいに、ざけんなこのクソ天使、って」

 薄い寝衣越しにも体温を移すように強く抱き締める。頭をそっと撫でながら、〝いい子〟と何度も繰り返す。

「ギル、ギル、好きです。僕はあなたが好きなんです。ごめんなさい、ごめんなさい、本当に――」
「……、ん……」

 ギルベルトの瞼がぴくりと動く。微かな吐息が耳に届いて、ラファエルは小さく瞬いた。それから弾かれたように頭を上げる。

「ギル……? 気がついたんですか?」

 呼びかけると、ほどなくしてギルベルトの視線がゆっくり上がる。無意識にほっとするラファエルだったが、やがて向けられた眼差しには思わず息を呑んだ。

「ギル……わかりますか、僕のこと」

 いつも苛烈なほどに強い光を宿す瞳が、いまはひどく虚ろに見える。
 アンリの魔法薬の効果は数時間で切れるはずだ。時間が経過すれば成分もすっかり分解されて、あとにはなにも残らない。副作用が出ないこともわかっている。
 だからこれは、薬効のせいじゃない。

「ギル……」

 どこを見ているのか、誰を映しているのか、本人もわかっていないようだった。
 ラファエルの声に応えるように目を開けてくれたけれど、いまだ意識ははっきりしないようだ。確かめるように頬を撫でても、ぴくりとも反応しない。

「……僕のせい、ですね」

 ラファエルはぽつりと呟いた。呟いて、ギルベルトの上から身を退いた。
 幸い、ギルベルトの顔色はずいぶん良くなっていた。どうにか危険な状態からは脱したらしい。呼吸も安定しているし、体温も上がってきているようだった。
 それだけ確認すると、ラファエルはギルベルトに背を向け、ベッドをおりた。
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