44 / 51
魔法がとけたら02
しおりを挟む***
夢現に、ギルベルトの声を聞いた気がした。たゆたう意識の中で、ギルベルトがいったんベッドをおりたことは認識していたけれど、その後もずっとまどろみの中にあった。
それでも、その言葉はちゃんと記憶に残っていた。
「……嘘でしょう……?」
さっきあなた、「Collar、よこせ」って、言いましたよね?
ラファエルが目を覚ましたとき、ギルベルトはまだ夢の中だった。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。いつもより少し遅い時間だけれど、そこは特に問題ない。今日はもともと仕事を休むことにしていたし、ギルベルトもなにか用があるようなことは言っていなかった。
問題があるとすれば、とにかくラファエルが舞い上がっているということだ。この気持ちをどう処理すればいいかわからない。
ギルベルトはいまも腕の中で眠っている。そのあどけない寝顔を見ていたら、よけいにわけがわからなくなってくる。
なんであんなことを言ったんですか。
本気ですか。
僕をからかったんですか。
そんな後ろ向きな問いばかりが頭をよぎって、なのにその一方では堪えきれない嬉しさが込み上げてくる。
そうでなくとも昨夜は十分満たされたのだ。ギルベルトが自分から欲してくれたコマンドに、自分の意思で従って、褒めれば蕩けるように幸せそうに微笑んでくれた。
思い出すだけでも多幸感に包まれる。と同時に不埒な気分にもなりそうになって、慌てて首を横に振った。
勝手に赤くなる顔を隠そうと片手で覆って、少しでも気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。
「…………気持ち悪ィ」
そこにぽつりと落とされる平板な声。
いつのまにか目を覚ましていたギルベルトが、ごみを見るような瞳でラファエルを見ていた。
「あ……ギル、おはようございます」
ラファエルは誤魔化すように微笑んだ。
「……は? お前泣いてたのかよ」
なのにその顔を見たとたん、ギルベルトはぎょっとする。驚いたのはラファエルも同じだった。
「え……なんで」
ラファエルの目元は確かに濡れていて、知らないうちに泣いていたのだと初めてそこで気がついた。
「……っていうか、お前この前も泣いてたよな」
「え?」
「俺が……」
ギルベルトがサブドロップした時。その直前。あの時もラファエルは涙をこぼしていた。いままで忘れていたけれど、そのあとのケアの最中だって――。
「……なんでもねぇ」
「なんですか。教えてくださいよ」
「もういい、起きる。すぐ泣くやつは好きじゃねぇ」
言うなり、ギルベルトはあっさりラファエルの腕の中から抜け出して、そのままベッドを降りようとする。
「待ってください、すぐ泣くなんて心外です。そういうあなただってすぐ泣くじゃないですか。現に昨夜だってあんなに――」
「黙れ死ね」
「まぁ、僕はあなたの泣き顔好きですけど」
「離せ、クソ!」
ラファエルは再び腕の中へとギルベルトを引き戻す。優しく抱き寄せながら髪に口付け、つり上がる目元にも唇を押し付ける。
「かわいい、ギル。好きですよ」
甘く囁き、額を重ねる。けれども目が合ったのは一瞬で、ギルベルトはすぐさま視線を逸らして息をつく。
「言ってろ」
「……あ、グレア対策ですか?」
「違ぇわ、別に」
確かにグレアは、主に目から放たれると本にも書いてあったけれど、そうかといって、それなら見なければいいというような簡単なものでもない。
それはギルベルトも身をもって知っていて、知っていたけれど、気がつけば逃げるように目を背けていた。
直接注がれるグレアは鮮烈だ。たちまち思考を甘く塗り潰し、わけがわからなくなってしまう。それは相手が特別な存在だからこそではあるのだけれど、そのことをギルベルトはまだ知らない。
「まぁ、もうコマンドは使いませんけど」
「はぁ? そもそもこっちは使うななんてひとことも言ってねぇだろ。てめぇが勝手にびびっただけのくせに」
ギルベルトは嘲るように言いながら、視線をふと下向ける。
「びびったって……僕はあくまでもあなたのことを考えて……」
「は……、んな今更清廉潔白みてぇなこと言って……つうか、さっきから当たってんだよ!」
ギルベルトは下肢へと触れるそれを示唆しながら、信じ難いように声を上げた。
「こ……これは生理現象ですから! っていうか、あなたもなんで下着をはいてないんです?! 寝る前に僕、はかせてあげてたでしょう! 僕のガウンを着てるのはまぁ、かわいいですけど……」
「そういうのが気持ち悪ィんだよ!」
言い淀みながら頬を染めたラファエルに、ギルベルトはあからさまに嫌そうな顔をする。
ラファエルは誤魔化すように咳払いをひとつして、あくまでも場を落ち着かせようと口にする。
「もう……そんなかわいげのないことばかり言ってたら、おしおきしますよ」
「あ? やれるもんならやってみろや!」
しかしそれは完全に逆効果――。売り言葉に買い言葉、ギルベルトは勢いのままに口にして、気がつけばまたラファエルの顔を見返していた。睨み付けるように、ともすれば煽るように。
「言いましたね……?」
ラファエルはわずかに目を細めた。こんな安い挑発に乗ってはいけないと思いながら、思うのに、たえきれず瞳が揺れて、虹彩の色が深くなっていく。
――まずい。
思ったときには、ラファエルは口にのせていた。
「〝kneel〟」
びくりとギルベルトの肩が揺れる。
ふらりと身を起こし、その場に尻を落として座り込む。そうしてラファエルを恍惚とした目で見上げ――なんてことには、ならなかった。
「……え?」
「は?」
ラファエルは瞬いた。ギルベルトも動揺に視線を上下させ、互いの顔を見合わせた。
条件反射のように、身体を起こしかけたのは確かだった。けれども、そこで動きは止まった。
コマンドはコマンドの効力を失っていた。 身を焦がすようなグレアも、もうそこには存在しなかった。
「魔法が……」
呟いたラファエルに、ギルベルトが応える。
「明日じゃねぇのかよ!」
20
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
世界で一番優しいKNEELをあなたに
珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。
Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。
抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。
しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。
※Dom/Subユニバース独自設定有り
※やんわりモブレ有り
※Usual✕Sub
※ダイナミクスの変異あり
【完結】俺だけの○○ ~愛されたがりのSubの話~
Senn
BL
俺だけに命令コマンドして欲しい
俺だけに命令して欲しい
俺の全てをあげるから
俺以外を見ないで欲しい
俺だけを愛して………
Subである俺にはすぎる願いだってことなんか分かっている、
でも、、浅ましくも欲張りな俺は何度裏切られても望んでしまうんだ
俺だけを見て、俺だけを愛してくれる存在を
Subにしては独占欲強めの主人公とそんな彼をかわいいなと溺愛するスパダリの話です!
Dom/Subユニバース物ですが、知らなくても読むのに問題ないです! また、本編はピクシブ百科事典の概念を引用の元、作者独自の設定も入っております。
こんな感じなのか〜くらいの緩い雰囲気で楽しんで頂けると嬉しいです…!
(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動
相沢蒼依
BL
名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。
一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。
青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。
《届かぬ調べに、心が響き合い》
https://estar.jp/novels/26414089
https://blove.jp/novel/265056/
https://www.neopage.com/book/32111833029792800
(ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)
ゲームにはそんな設定無かっただろ!
猫宮乾
BL
大学生の俺は、【月の旋律 ~ 魔法の言葉 ~】というBLゲームのテストのバイトをしている。異世界の魔法学園が舞台で、女性がいない代わりにDomやSubといった性別がある設定のゲームだった。特にゲームが得意なわけでもなく、何周もしてスチルを回収した俺は、やっとその内容をまとめる事に決めたのだが、飲み物を取りに行こうとして階段から落下した。そして気づくと、転生していた。なんと、テストをしていたBLゲームの世界に……名もなき脇役というか、出てきたのかすら不明なモブとして。 ※という、異世界ファンタジー×BLゲーム転生×Dom/Subユニバースなお話です。D/Sユニバース設定には、独自要素がかなり含まれています、ご容赦願います。また、D/Sユニバースをご存じなくても、恐らく特に問題なくご覧頂けると思います。
久しぶりの発情期に大好きな番と一緒にいるΩ
いち
BL
Ωの丞(たすく)は、自分の番であるαの かじとのことが大好き。
いつものように晩御飯を作りながら、かじとを待っていたある日、丞にヒートの症状が…周期をかじとに把握されているため、万全の用意をされるが恥ずかしさから否定的にな。しかし丞の症状は止まらなくなってしまう。Ωがよしよしされる短編です。
※pixivにも同様の作品を掲載しています
【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話
紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。
理想の彼氏はスパダリよ!
スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。
受:安田陽向
天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。
社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。
社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。
ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。
攻:長船政景
35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。
いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。
妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。
サブキャラ
長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。
抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。
兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。
高田寿也:28歳、美咲の彼氏。
そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。
義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる