かけられたのはDom/Subの魔法でした。

市瀬雪

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Epilogue

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 ***


 Collar、よこせよ。

 そんな言葉を口にしてまもなく、嘘みたいに魔法は消えた。

「ったく、んなときばっか予感的中とか、マジ笑えねぇんだよ」

 ギルベルトの予想では、最低でももう一日はあるはずだった。なんならそのまま長引いて、もうしばらくこの状態が続くのかもしれないと思っていたくらいだった。

「ギル、ちょっと手伝ってもらっていいですか」
「あ?」

 ギルベルトははたきを動かしていた手を止めて、ラファエルの方を振り返る。その口元は前回と同じ布で覆われていた。

「そこ、押さえておいてください」

 ラファエルが手をつけていたのは、綴じていた紐が朽ちてばらばらになった書類の整理だった。
 そこはカヤの家――カヤのアトリエだ。前回と同じく片付けを頼まれていたギルベルトは、昼間だけなら手伝えると言ったラファエルとともに、朝から作業に追われていた。

 今日の報酬も特殊な酒――と考えていたけれど、当面そういうのはいいかと、普通の果実酒を用意してもらうことにした。

 例の危険な箱はいまも部屋の隅にぞんざいに置かれたままだった。もちろんそれにはもう触らない。

「あいかわらずすげぇ量だな」

 ギルベルトはラファエルの前で身を屈め、口元の布に手をかけた。

「新しく増えた文献のようですね。これもかなり古そうです」
「いっ……」
「あ、大丈夫ですか?」

 そこで不意にギルベルトは声を漏らす。手元が見えづらいからと、引き下げようとした布がピアスに引っかかったらしい。耳にぴり、と微かな痛みが走り、思わず目を眇めた。

「待ってください」

 ラファエルは紙束を押さえていた手を離し、ギルベルトの耳元に触れる。結び目を解くと、布はあっさりピアスから外れてくれた。ラファエルはほっとする。幸い怪我もないようだった。

「はい、いいですよ」

 ラファエルは手の中の布を軽く畳む。かたわら、あらためてギルベルトの耳元に目を遣った。

 赤く煌めくルピーのピアス。それはラファエルがギルベルトを好きになって、初めて贈ったものだった。ラファエルは一目惚れするたちではないけれど、出会ってまもないころのことでもある。

「それ、似合ってますね」

 ラファエルの視線がわずかに下がる。

「俺さまはなんでも似合うんだよ」

 ギルベルトは鼻を鳴らし、見せ付けるように首に触れた。

「まぁ、否定はしませんけど」

 ラファエルの見つめる先、ギルベルトの首元には黒くて細い、本革のベルトが巻かれていた。ペンダントトップはピアスと同じ赤い石。ギルベルトの褐色に、それはとてもよく映えていた。

 DomだのSubだのといった魔法はもう消えた。消えてしまえば、あとにはなにも残らなかった。そこはカヤの言ったとおりだった。

 だけど、これが残ってしまった。

 Collarをよこせ、なんて寝惚けたことを言ってしまったばかりに。ラファエルは夢で見たと言ったけれど、本当だろうか、実はあのとき起きていて、内心笑っていたんじゃないだろうか。

 ……まぁ、今更確かめたところで俺が死ねるだけだから、そこにはもう触れないけれど。

 ――だけどこんなの、まるでCollarだ。

「なんだか、Collarみたいですね」
「そう思ってんなら捨てる」
「冗談です」

 食い気味に言えば、ラファエルはすぐさま取り消し、微笑んだ。ギルベルトの舌打ちが大きく響く。

「とりあえず、続き……」
「――あ」

 誤魔化すように、ラファエルが手元に視線を戻す。その矢先、さっきまでラファエルが必死に束ねていた紙がゆらりと傾いた。作業途中で、安易に手を離してしまったからだ。
 紙質のせいか崩れやすくて、だから手伝ってもらおうとギルベルトを呼んだのに。

 互いに手を伸ばすも間に合わず、滑り落ちた紙がたちまち床へと散って行く。

「最っ悪じゃねぇか……」
「最初からやりなおしですね」

 どこか他人ごとのように言うラファエルに、ギルベルトはいっそう苛立ちを募らせる。

「てめぇ、時間だからって逃げんなよ」
「逃げませんよ」
「どーだか」

 吐き捨てるように言えば、ラファエルは小さく肩を竦めて笑った。

「もともと家出はあなたの専売特許ですし……」
「誰がすぐ逃げるって?」
「そんなこと誰も言ってませんよ」

 あいかわらずの言い合いをしつつも、二人は仕方なく作業に戻る。
 ばらばらに散った紙を順番に重ねていきながら、ギルベルトはふと思う。

 ……カラーガホシイ、なんて。

 Collarとは、もともとDomからSubへ贈られる信頼の証のことだ。ただし、それをラファエルは所有の証だと言った。自分はあなたのものであると、Subが自らそれを選択した証だと。

 あらためて思い返すと、本当にこいつクソだなと呆れるけれど、その言葉をあんなにも欲しがったラファエルの気持ちが、いまなら少しわかる気がした。

 ちなみに残りの二枚の紙になんて書いてあったのかギルベルトは知らない。知らないながらも、案外似たようなことが書いてあったのかもしれないともぼんやり思う。

 ……別に言葉にしなくても、気持ちは同じなのに。だけどギルベルトはそれを口にしないから。

「お前って……案外自信ねぇんだな」
「自信、ですか?」
「そう」

 かき集めた書類を束ねるかたわら、ギルベルトはちらりと視線を上げる。
 かち合った金の瞳が不思議そうに瞬いて、それからふふ、とおかしげに細められた。

「自信なんて、あるわけないじゃないですか」
「そうは見えねーけど」
「初めてあなたに出会ったときから、ずっと不安ですよ」

 そんなふうに感じたことはなかった。だってラファエルはいつも自信満々で、なんだかんだ言って俺が離れていくとは思ってなくて。
 だからいつも、あんなにしつこく愛を囁いてくるのだと思っていた。からかうみたいに。俺が嫌がることも、平気でするし……。

「……あっそ」

 だけど、それが本当なら。

 これからはもう少しだけ、〝言って〟と言われなくても、たまには応えてやってもいいかもしれない。

 俺はもう、とっくにお前のものだろ、って。



END
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