上 下
11 / 38

第11話 学園のマドンナは自販機裏から顔を出す

しおりを挟む
 午前の試合が終わり休憩になる。
 幸いと言うべきか、内のクラスは男子は相沢の、女子はチームワークによって勝ち進むことができた。

 よって、敗退した他のクラスとは違い、午後からも試合が執り行われる。

 球技大会ということで、教室では普段とは違い、それぞれのチームのメンバーで食事を摂っている。
 ここまで来たからには優勝したい。そんな願望が生まれ、より上に行くためにどうすればいいかの検討が行われていた。

 そんな中ささっと食事を終えた俺は、飲み物の補充するため、相沢に断りをいれて飲み物を買いに教室をでた。
 渡り廊下を歩くと、梅雨特有のじめっとした空気が流れてくる。

 紫陽花が咲き、グラウンドには水たまりができている。体育館にいる人数が多かったのは、外での球技ができなかったというのもある。

 涼をとりたくて、人があまり寄り付かない校舎奥にある自販機にきた俺は、そこで意外な人物に遭遇する。

「あっ」

 自販機の横から顔を出す渡辺さんだ。
 彼女はキョロキョロと周囲を見回すと、真剣な顔で手招きをする。

 俺は、首を傾げつつも従うと、自販機の陰にちょうど人目につかない場所があった。
 後ろは非常口のドアがあるせいか広く、突き当りなので用が無ければだれもこんなところに来ないだろう。

 どうしてこのような場所に学園のマドンナが潜伏しているのか不思議に思うのだが……。

「お疲れ様です。相川君」

 渡辺さんはヘニャリとした笑顔を俺に向けると、嬉しそうに話し掛けてきた。

「お疲れ様、渡辺さん」

 そう言えば、学園で話すのは何気にこれが初めてなのではなかろうか?
 これまでも、教室移動や昼食時など、様々な場所で彼女の姿を見かけたのだが、俺の「釣りのことは内緒にしてほしい」という約束を律儀に守ってか、話し掛けてくることはなかった。

 最近では、釣り関連がなければ特に話すこともないのだろうなと考えていたのだが、今の様子を見る限りそんなこともないのではないかと思ってしまう。

「それにしても凄い盛り上がりでしたよね」

 そんなことを考えていると、渡辺さんは会話を続ける。今日は球技大会ということもあってか、内容は午前中のそれぞれの試合だ。

「相川君って運動神経いいんですね。もしかして、バスケ部でしたか?」

「いや、単に釣りしてるから体幹が鍛えられてるんだよ」

 場合によってはテトラポットや磯場で釣りをすることもある。バランス感覚がその辺で鍛え上げられているし、一日中竿を振ることも多いので、意外と腕の筋肉も鍛えられている。

 なので、午前中の活躍はすべて釣りをしていた副産物に他ならない。

 それよりも、渡辺さんがわざわざうちのクラスの試合を見ていたのだと知り驚く。クラスは離れているのでわざわざ見に来るようなものでもないし、もしかして親しくしているグループの男子の応援でもしていたのだろうか?

 それならば説明がつくなと考え、彼女を見ていると。視線を逸らし、もじもじとした様子を見せていた。

「そう言えば、足は平気?」

 その様子が気になったので聞いてみる。彼女は初回の試合の時に転んでいた。もしかすると足を痛めたのではないだろうか?

「あ、ありがとうございます。ちょっともつれてしまっただけです」

 そう言って恥ずかしそうな表情を浮かべる。触れるべきではなかっただろうか?
 自分がドジ踏んだ姿にあまり触れられたくなかったのかもしれない。

「心配してくださったんですか?」

 ところが、彼女は意外そうな顔をすると俺を見上げてきた。両手を体操服の前で組み、不思議そうな目を向けてくる。

「それはするだろう?」

 流石に、知り合いが怪我をしたかもしれないという状況で何も感じないわけがない。

 俺がそう答えると、彼女は口元に手を当て顔を逸らし顔が見えなくなる。
 顔が赤く発汗している。

「もしかして熱中症か? 保健室行く?」

「い、いえ。そう言うのではありませんので、大丈夫です」

 症状からして熱中症の可能性があるのだが、彼女は何故か頑なに保健室に行くのをことわった。
 本人が大丈夫と言っているとはいえ、何もしないでいるわけにもいかない。

 俺は自販機でスポーツドリンクを二本買うと、その内の一本を彼女に渡した。

「飲んどいたほうがいい。熱中症じゃないかもしれないけど、汗掻いたら水分補給をしないとまずい」

 釣りに夢中になっていて、気が付けば脱水症状を起こし動けなくなるということも少なくない。
 しばらくの間、二人無言でペットボトルに口をつける。

 雨音がだけが聞こえ、心地よい静けさが周囲を満たす。
 俺も渡辺さんも無言なのだが、隣に学園のマドンナがいるという緊張感は若干あるものの、居心地の悪さは感じない。

 むしろ、ずっとこうして過ごしていたいとすら思える安心感を覚える。

 数分が過ぎ、そろそろ教室に戻らなければならないと思い、ペットボトルの蓋を締めると、渡辺さんが反応した。

「相川君」

 ペットボトルをぎゅっと握り締めた渡辺さんがこちらを向く。

「週末、御予定はありますか?」

「いや、週末は雨だから特になんの予定もいれてないよ」

 梅雨時ということもあってか、天気が不安定で、この間はどうしても暇ができてしまう。
 俺は、渡辺さんがまた釣りに行きたいと考え、週末の予定を聞いてきたのだと思ったのだが……。

「でしたら、私と水族館に行きませんか?」

 彼女は、そう言うと真剣な顔で俺の返事を待つのだった。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:33,825pt お気に入り:17,430

無能なので辞めさせていただきます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:3,209pt お気に入り:25

変人しかいないアパートにて。不毛すぎるアタシの毎日

青春 / 連載中 24h.ポイント:682pt お気に入り:5

スキル調味料は意外と使える

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,846pt お気に入り:3,608

Bグループの少年

青春 / 連載中 24h.ポイント:5,481pt お気に入り:8,332

処理中です...