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第14話 学園のマドンナは落ち込んでいる

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 空は薄暗く、小雨が降りしきる中。俺は最寄り駅の改札前で渡辺さんを待っていた。
 身に着けているのは、昨日買ったばかりの服で、偶然にも一緒に出掛ける相手と遭遇してしまったので、少しだけ服装を変えている。

 髪型については、ワックスを使うか悩んだのだが、前日、石川さんや沢口さんに褒められた後なので、付けて行くと気合が入りすぎていると相手に思われそうなので止めておいた。
 待ち合わせ時刻の15分前になると、遠くから傘を差し歩いてくる渡辺さんの姿が視界に映る。

 今日は水色のブラウスに白いポーチと、予想通りお洒落な格好をしている。

「おまたせしました」

「ああ、うん」

 到着した彼女の様子がおかしく、俯き、浮かない表情をしている。
 これはもしかすると、先日の件を引きずっているのだろうか?

 一応、皆の前で誤解は解いておいたのだが、彼女が真に受けてしまっている可能性がある。
 そうなると、俺は今日の為に気合を入れまくっていたということになり、彼女を引かせてしまったことになる。

 一見すると、そのような雰囲気はない。心ここにあらずというか、落ち込んでいる?

「えっと、とりあえず電車に乗ろうか?」

 俺が促すと首を縦に振る。
 これまでは渡辺さんが会話をリードしていただけに、彼女が口を開かないとうまく会話を繋ぐことができない。

 俺たちは改札を潜り抜けると、目的の水族館がある駅を目指した。



 電車に乗ると、俺は渡辺さんを乗車口横のスペースに誘導し、自分はその正面に立つ。
 本日は雨な上、休日の朝ということもあってか、電車内が結構混んでいる。

 電車通学で痴漢に触られたというような話も聞くし、渡辺さんのような可愛い女の子ならば警戒するに越したことはないからだ。

 目的地までは電車で数十分程、前の釣りの時なら雑談をしていればあっという間の時間も、混んでいるからか会話を遠慮しているからか時間が経つのを遅く感じる。

 ふと、彼女が顔を上げ目が合った。そういえば、今日はまだ一度も彼女の笑顔を見ていない。淡い唇をキュッと結び、琥珀の瞳を揺らしながら俺を見上げている。
 その瞳は何か告げたそうにしているのだが、悩んでいるのか、彼女は言葉にすることはなかった。

 駅に止まり、さらに人が乗り込んでくる。俺は渡辺さんを守らなければと圧に抗うのだが、乗車する人が多くて押されてしまう。

「ごめん、大丈夫?」

 身体が触れてしまい、俺は咄嗟に謝った。

「へ、平気です」

 渡辺さんは視線を逸らし、左手で髪をかきあげると返事をした。先程までの心あらずという感じではなく、どこかソワソワしていて視線を泳がせている。
 身体に力が入っているのか、左手でバッグの紐をギュッと握るのが見えた。

 近付いたことにより、彼女から仄かに良い匂いが漂ってくる。香水なのだろうか? 花の香りに心が少し落ち着いた。

 冷房が効いているにも関わらず蒸し暑い。雨による湿気とすしづめ状態の乗客の影響だ。彼女を見ると顔が赤くなっていた。

「ごめんね、なるべく離れるようにするからさ」

 体調が悪い可能性がある。これ以上調子を崩させないように俺が言うと、

「いえ」

 彼女はそう一言だけ漏らすと、俺の胸元に視線を残し俯くのだった。




「ふぅ、やっと到着か」

 蒸し暑い電車から解放された俺は深呼吸をすると、新鮮な空気を肺一杯に取り込む。
 息遣いもそうなのだが、渡辺さんに触れないように気を遣っていたので、非常に疲れていた。

 体調が気になり彼女を見ると、右手を胸にあてゆっくりを息を吸っている。やはり渡辺さんも電車で息が詰まっていたのだろう。

「大丈夫?」

「ひゃあっ!?」

 後ろから声を掛けると、彼女は驚き声を上げた。

「電車に酔ったなら、少し休んでから行こうか?」

 近くにあるベンチを指差すと、

「いえ、平気です。気を遣ってくださりありがとうございます」

 彼女は笑顔をで御礼を言ってきた。
 今日初めて見る表情に、ホッとしてしまう。

「相川君、どうかしましたか?」

 そんな俺の態度に、彼女は首を傾げた。

「いや、さっきまで様子がおかしかったから、先日のことを気にしてるのかなと思っててさ」

 てっきり、気まずくなって俺を避けているのだと思っていた。

「いえ、違いますよ。その……ですね、ちょっと出掛ける前に少し……」

 彼女は口元に手を当てると、言い淀む。
 このような曖昧な態度を見せるのは珍しい。

「もしかして、何か悩みがあるとか?」

 俺がそう言うと、彼女は先程も見せた迷っているような瞳を俺に向けてきた。

「悩みという程のことではないのですが、出掛ける際に御父様に咎められてしまいまして……今日の件で」

「今日の水族館のこと?」

「はい、入学したばかりの時期に遊びすぎているのではないか、と」

 なるほど、渡辺さんの親は会社を幾つも経営している人物だと噂で聞いたことがある。娘にも厳格で、入学間もなく娘が遊んでいることから小言を言われたらしい。

 確かに、学生の本業は勉強だろう。俺自身も父親からそう言われているし、成績が落ちたら釣りを禁止されてしまう。

「入学してから、里穂さんや真帆さんとの付き合いもできましたし、相川君とだって……」

 途中で言葉を止めると、チラリとこちらを見てくる。

「今後、どうすれば御父様に納得していただけるのか、考え込んでしまっていたのです」

 せっかく仲良くなった友人との仲を裂かれたくない。父親に認めてもらうためにどうすればいいか考えていたのが、先程の状況だったらしい。

「実は俺も、父親からしょっちゅう『釣りばかりしていて大丈夫なんだろうな?』って小言をもらってるよ」

「どうやって解決しているのですか?」

 渡辺さんは真剣な顔をして、俺がどうしているのか聞いてきた。

「成績が下がったら釣りを禁止にするって宣言してる。大好きなことを続けるためには一定の成果を見せて信頼を勝ち取るしかないんじゃないかな?」

 渡辺さんの父親が娘の交友についてとやかく言うのなら、黙らせるだけの成果をきっちり示してやればいい。

「な、なるほど……。家に帰ったら一度御父様と話してみたいと思います」

 彼女はそう言うとたおやかに笑ってみせた。

「相川君に話を聞いてもらえてよかったです。ありがとうございます」

「別に俺は、そんな大したことはしてないんだけど」

 ごく一般的な、どこにでもある例について話たに過ぎない。

「それはそうと、気分も良くなったのならそろそろ行く?」

 すっかり出遅れてしまったので、そろそろ水族館に向かった方が良い。そんなことを考えていると、

「そ、そう言えば……もう一つだけ聞きたいことがありました」

「この際だから遠慮しないでいいよ。何でも聞いてよ」

 渡辺さんが悩み事を俺に打ち明けてくれたのが嬉しかったからか、俺は安請け合いをする。

「昨日のことなんですけど……」

「うん?」

 彼女は顔を赤らめると、上目遣いに俺を見てきた。

「その服、昨日買われたものですよね?」

 そんな視線にさらされている内に、体温が上昇していくのがわかった。
 次に何と言うべきか、彼女も悩んでいるようで、口を動かしては声を発することなく考え込む。

 やがて、言葉にすべきことが纏まったのか、

「私の為に、衣装を整えてくださったというのは本当ですか?」

 思っていたよりもストレートに聞かれた。
 琥珀の瞳が潤み、眉根が寄る。形の良い唇がギュッと結ばれ、渡辺さんは俺の返答を待っていた。

 何でも聞いていいと言った手前、ここで嘘をいうこともできず、だけど完全に肯定すると先程までとは違う気まずさが発生するのは想像に難くない。

「ま、まあ、全部が全部ってわけでもないけど、一応、今日出掛けるため……と言うのもある」

 今の俺はどんな顔をしているのだろうか、一緒に出掛けている女の子を前に、彼女と出掛けるための服を買いに行ったと告白させられる。
 人生で五本の指に入る恥ずかしい体験に違いない。

「ふふふ、そうですか」

 すると、渡辺さんは右手の指で口元を隠したおやかに笑った。

「では、あまり遅くなっても仕方ないですし、水族館に向かいましょう」

 そう言って身体を反転させ、両手でバッグを後ろに持ちながら、機嫌良さそうに歩き出す。
 俺は戸惑いながらも彼女についてくのだが、

「そうだ、先程の相談の件ですけど、一つだけ言い忘れていました」

 彼女は振り返ると、これまで見せたことのない、悪戯な表情を浮かべると俺に告げる。

「先程、御父様から叱られた件ですが、私も昨日新しい服を買いに行ったからだったんですよ」

 その言葉にどんな意図があったのか、俺はしばらく考え込むのだった。

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