澄み透る渡りの世で

秋赤音

文字の大きさ
上 下
5 / 81
選択

1.選んだ道

しおりを挟む
このまま、死んでしまおう。
きっと、眠るように呼吸が止まる。
剣を胸に突き立て、貫こうとした。

また、くるね

ふと思い出した声に手を止める。
陽だまりのような温かさに影をおとす気がした。
私がいないところで過ごす彼は分からない。
でも、彼は彼の意志で会いに来ている。
どうせ、いつかは死ぬ。
両親もボロボロになる私を放置する気配はない。
もしかすると、医者に預けることで親の責任を果たし、
自己管理を放棄しているのかもしれない。
それなら、命の使い方を少しくらいは決めてもいいだろう。

「まだ、やりのこしたことが、ある」

「そうか。では、先にある道を選んでね。
右は近道で左は遠回り。
何の、かは生きて確かめればいいよ」

誰かは声の調子を変えず、穏やかに淡々と説明を続ける。
どうせ、この体では長く生きられない。
道の最果てを知ることはできない。
だったら、どちらだって同じに思えた。
語る人が誰だって同じだ。

「左を行きます」

「急がば回れ、ね。
さあ、どうぞ。良い旅を。
私が誰かは、旅が終わったら分かるよ」

「一応、正体不明なことを気にしていたんですね」

「ああ、気にならない?
まあ、いいけれども。
そろそろ、夜が明けるよ」

一歩踏み出すと、どこからか注がれる光が道を照らす。

「---、会いに来たよ」

声がした。
陽だまりのような明るい声が、呼んでいる。
面会時間になったなら、かなり寝ていたことになる。
朝食を食べていないと知れば、彼はきっと心配するのだろう。
ふと、懐かしい甘い香りがする。

「…また、きたのですか」

「うん。今日は僕たちが出会った日だよ。
だから、これからも幼馴染でいるって約束しにきた」

目を開けると、嬉しそうに笑う彼がいた。
素っ気ない言葉しか返さない私に、今日も優しい笑みを浮かべている。

「どうして、ですか」

「お話してて、楽しいから」

迷いなく答えられたことに戸惑っていると、
目の前に差し出された甘い香りのお菓子。
器用に手で一つを半分に分けて、片割れを紙の皿におかれた。

「お祝いに、好物のお菓子をもってきた」

甘い香りの正体だった。
確かに昔は好んで食べていたお菓子。
懐かしさと、遠くなった日々に諦めを通り越して笑えてくる。

「懐かしいね」

「でしょ?一緒に食べよう?
お願いはしてるから、怒られない」

「でも」

自宅でない場所で食事をすると嵐のように怒る両親を思い出した。
躊躇う私の手をとった彼は、笑みを深くして微笑んだ。

「大丈夫。ご両親は、しばらくこない」

「…少しだけ、いただきます」

両親がこないと聞いて体から抜けた力。
たくさんは食べられないと分かっているのに、
私が食べる姿を楽しそうに眺める彼は、幼い頃から変わっていない。



後日。
医師から知らせを聞いた。
両親とは会えなくなること。
私は退院した以後、彼の家に住むこと。

面会にきた彼は、今日も甘い香りを漂わせている。

「おはよう。
今日は、良い知らせがあるよ」

彼のご両親も現れ、私を見ると謝った。

「こんなにも時間がかかってしまった。
でも、もう大丈夫だから」

どうしてこうなったかは分からない。
でも、彼と彼のご両親が私の手に触れた温かさは分かった。

さらに後日。
久しぶりに個室から出ると、
慣らし期間を兼ねて七日間だけ彼の家で過ごした。
食べることを強制されなかった。
少ない量を取り分けても、怒られなかった。
食べてもお腹を壊さない、美味しい食事ばかりだった。
失敗しても大きな声を出さないし、叩かれない。
ご飯も出してくれた。
どうすれば成功するか、考える時間をくれた。
彼が持っている本を読んだり、一緒に庭で遊んでいいとも言う。
勉強は、彼のために呼んでいる教師から学ぶ機会を与えてくれた。
土遊びが楽しいと言っても、怒られない。
なぜか、新しい遊び道具も与えてくれた。
優しい人たちだった。
何か目的があるのでは、と戸惑う。
理由を聞くと、「外泊が終わったら教える」と言われた。

七日後。
個室に戻ると、医師が驚いた。
「まずは検査をします」と言われたので、慣れた順序を終わらせる。

後日。
残った検査も終え、ベッドに戻る。
頂いたラジオから流れる音を聞きながら本を読んでいると、彼がきた。

「ね、退院できるって「まだ、決まっていません」

明るい声に重なった医師のため息。
彼は私の傍にきて柔らかく微笑む。

「これからは、ずっと、一緒にいられるね」

ラジオは音楽から時世に変わった。

『ーと、寒さは続く見込みです。
ー…日、児童虐待で逮捕された夫婦は容疑を否定しており、「あれは必要な行いだった」と述べました。
妻は親族から生んだ男児に会わせてもらえないことで精神が病んでいたことから、刑期の判断は慎重に検討する方針です。現在は妊娠中で、出産のため入院が決まっています。
-…日から、始まった』

「通院は続けてくださいね」

「はい」

流れる音を説明する医師が止めた。
やはり先に切っておくべきだったのだろう。
つけ直すことはしない。
医師の説明と彼の声は、とても嬉しそうな様子だった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】義理の妹と甘い夜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:17

【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:476

【R18】星屑オートマタ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:179

【R18/完結】幼なじみとスイカと×××

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:21

うちの娘と(Rー18)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:185

真夏の夜の夢だけじゃなかった。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:26

【R18】金色の空は今日も月に恋してる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

【R18】女嫌いの医者と偽りのシークレット・ベビー

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:475

処理中です...