幸せという呪縛

秋赤音

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秘密の契約

3.実験開始

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考えた結果、同棲生活の提案は実行されることになった。
両親は、反対するどころか、むしろ嬉しそうにしていた。
できちゃっても気にしないからね!…と言っていたが、
聞き流しながら内心は軽蔑に近い気持ちでいる。
今回のお試し同棲生活は十か月。
今住んでいる家とは別に借りる形で、最初の三か月は週末だけ。
一度話し合い、続けられるとだったら、さらに七か月は毎日。
別荘と自宅を行き来して、その後は長い別荘暮らしをする。
それが終わると、再び自宅だけの生活に戻る…それだけの話。

「こちらの紙は、終わるまで大切に保管してください」

同じものを二枚みせ、その片方を私に渡した。
正式なものらしくないそれには、簡単に必要なことが書いてある。
今頃、別の場所で、同じものを初音も見ているのだろう。
”言い出したのはこちらですので、
名義人と家賃支払いは男性側です。
家賃は、半分を現金で渡してください。
生活規則は、三つ。
話し合いを忘れず、嫌なことはハッキリ言うこと。
滞在中は、差しさわりない範囲で予定を共有すること。
浮気をしないこと。”

一字も逃さず読み、
用意していたファイルに入れて鞄に入れた。

「ありがとうございます。
改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

話し方は穏やかだが、動かない表情が視界にある。
互いに冷めた温度で、新しい生活が始まった。






証明実験から一か月が過ぎた。
やっと生活に慣れ始めたところだが、問題は起きていない。
少しずつ会話も増え、出だしは順調のように思う。
今日は、手料理で食べる夕飯の日。
週に一度は外食、一度は家で食べることになり、
約束は守られ五回目を迎える。

「この味付け、いいですね」
「先週に外食したお店で美味しいと言っていたものを、
参考にしました」
「そうでしたか。食べたいものがあれば、次もそうします」
「はい。そうしてください。
目安がないと、わかりませんので」

テーブルの向こう側。
口数少なく、もくもくと、もぐもぐと食べる夏空さんの姿がある。
今日は、先週に連れられ行った外食先で得た情報を頼りに
作ったものばかり。
どうやら成功したらしい。

食べ終えて片付けをしていると、
お風呂上がりの夏空さんは冷蔵庫から水を取り出し、
そのまま自室へ向かった。
ふと、足音が止まる。
一旦手を止め、視線を向ける。

「おやすみなさい。秋葉さん」

振り向くことはないが、確かに聞こえた言葉。

「おやすみなさい。夏空さん」

視線を戻し、手を動かしながら返事をする。
聞こえたのかは分からないが、再び足音がして、扉が閉まった。
洗い物を終え、手早くシャワーで身を清めると、
冷めないうちにと足早に自室へ向かう。
壁の向こうにいる人の眠りを妨げないよう、
静かに扉を閉め、ゆっくりベッドへ入る。

明日からはまた自宅に戻るが、
帰るたびに近況を聞きたがる親にうんざりだった。
自然と同じ夕食から足が遠のく。
最近は、仕事が終わってから、
初音と食事をして帰ることが多い。

「生活には慣れた?」
「まあ、なんとか。部屋が別で鍵付きだから、
少しは安心して過ごせてる」

肩の力を少し緩くした初音は、
嫌悪感を隠そうとするが失敗した顔で言った。

「私も。お願いしたことは守ってもらえてるし」
「よかった。私も同じだから安心してね。
近づかれないのが一番だもの。
最低でも三十センチは近づかないって、
普通だと、考えることすらない」

さっきとは嘘のように、頬を緩ませ微笑む初音。
話を聞き、私も安心した。

「だよね。変だと分かっているけど」

幼少期から成人するまでで得た異性に関わることは、
嫌悪ばかりで過ごしてきた。
内容はよくある些細な話だが、
当人には消化しきれない痛みでしかない。
初音も同じで、苦しさを分け合うように支え合い、
依存にも近い関係でここまできた。
それは、おそらく、これからも変わらない。

食べ終えたので頃合いを見て会計を済ませ、店を出た。
いつものように、それぞれの帰路へ行く。

「まあ、仕方ないよね。それなりに生きよう」
「うん。また明日」
「また明日」

手を振りあい、笑顔で別れ、背を向ける。
後ろから遠ざかる足音に名残惜しさを感じながら、
両親が寝静まっていることを祈り足を動かし続けた。

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