幸せという呪縛

秋赤音

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秘密の契約

6.契約しますか

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証明実験を始めて、ついに約束の十か月が過ぎた。
初音は、その日に婚姻届けを出したと、電話で聞いた。
親族と顔合わせを兼ねた食事会が
結婚披露宴だと言っていた。

そして、その日、私たちも婚姻届けを書いた。
出すのは、十一か月目になった日に決めた。
一か月の間、本当にいいのか考える時間を作るためだった。
約束の日に提出した後、行った結婚披露宴の形式は、
初音と同じだった。

「お披露目も終わり、本当に夫婦になりました。
これからは、名前で呼びませんか?
電話に出るときなどは、今まで通り『夏空』ですが」

「そうですね。苗字、同じですからね」

最近は、お互いの私的なことが、
自然と会話の中に混ざるようになっていた。
それが当たり前になり、無言の空間も気まずくない相手。
仲のいい友人と呼んでいいと思う程度には、
ある程度のなにかを共有している気がする。

「はい。これからも、契約通り、
よろしくお願いします。枝折さん」

迷いなくサラッと呼ばれた名前に驚いた。
初めて異性に名前を呼ばれたのもあるが、
その柔らかな響きと微笑みが眩しかった。
互いの手には、約束が書かれた紙がある。

「はい。かいと、さん」

戸惑いながら、その目を見ると、戦地にいる必死さがあった。
そう。ここが始まりだ。
これからは、現実世界を
『仲のいい夫婦』として生きなければいけないのだから。
家に帰れば、
おそらく約束されている穏やかな生活が待っている。

適度な間の先で差し出された手を握り、
盟友のごとく、誓うように一度だけ強いが合わさった。




その日、電話があった。

「枝折、結婚おめでとう」

初音は、元気そうな声で祝福を告げた。

「ありがとう。初音は、元気してる?」

「うん。元気だよ。
十か月の同居からの結婚だから、
生活ペースが同じなのは気が楽かも」

初音が言うことは、自分も実感していることだった。
おかげで、環境の変化による体調不良とは縁遠いと思う。

「よかった。それは同感。
十か月のおかげだよね」

「ねえ、聞いてほしいことがあるんだけど」

ふいに、初音の雰囲気が沈んだ。

「うん?」

なるべく声を落として、続きを聞く姿勢を示した。

「私、できたかも…しれない。
話した方が、いいのかな?」

それは、とても重要な話だった。
答えは決まっている。

「うん。話した方がいいと思うよ。
大切なことなら、なおさら」

珍しかった。そして、その変化が嬉しかった。

初音は、何をしても器用にそこそこの結果を出す。
何でもできるから憧れられて、
何でもできるから可愛くないと捨てられ続けた。
それを聞くたび、相手に怒りを覚えながら、
すがるように伸ばされる手をとり一緒に泣いた。
繰り返すたびに、割り切りと諦めが早くなって、
ついには何の期待もしなくなった。

そんな初音が、真剣に悩み、
相手に何かを期待している様子が、とても嬉しかった。

「そう、だよ…ね。
ありがとう。私、がんばる」

少しだけ明るさのある声に安心した。
経過を経て結婚した冬城さんが、
少しずつ前を向いて歩く初音の傍にい続けることを祈った。

「私も、がんばる。
何があっても、一緒だよ」

「うん。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」

数日後、明るい声で良い報告が届いた。
それからは、電話が来るたびに漂う不安と楽しみが混ざる様子と、
増えていくご主人と過ごす楽しい話。
一年後が、
初音にとって幸せな時間になると予感した。

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