幸せという呪縛

秋赤音

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秘密の契約

7.延命時間

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結婚して三年が過ぎた。
両家の両親から催促されている孫のことを適当にやりすごしながら、
穏やかな家庭内別居生活が続いている。
互いに話すようになった個人的な話。
その量は日に日に増えている。
たまにある、話し合えば解決する範囲の問題が、
互いに初心を思い出させてくれる良い機会となっていた。

「…枝折さん。調味料、変えた?」
「はい。口に合いませんでしたか?」

今日の夕食は、失敗した。料理にこだわる海斗さん。
調味料を一つでも変えると、すぐに気づく。
新しい調味料にするときは相談してほしい…そう言っていたのに。
微妙な顔をして、静かに首を横に振る様子に一安心した。

「…そうでした。相談なしに変えて、ごめんなさい」

「いいえ。気をつけてくれているから。
今回は食べれるものだったので、よかったです。
これは美味しいから、前のと交互に使ってもいいかもしれない…
あとで、見たいです」

笑顔でそう言った。
おそらく、今度の休みはこの調味料を使って一緒に料理をすることになる。
海斗さんは、料理の味が急に変わるのが苦手だと言っていた。
予め知っていれば大丈夫だから…と言われたので、それからは
相談して買うことが多い。

「はい。片付けのときに見せますね」

静かに素早く二度うなずいて、
そのまま食事を食べることに集中し始めた。
もぐもぐ、黙々と楽しそうに食べる姿に、
癒し系小動物を思い出した。


翌日。
一緒に海斗さんと買い物へ行った先で、初音を見かけた。
向こうもこちらに気づいて、どちらともなく距離が縮まる。

「枝折、久しぶり。元気してる?」
「元気。初音は?」
「まあ、それなりに元気。
透夜も一緒に家事や子供の世話をしてくれてるおかげだよ」

すっかり良い妻で母親の初音は、幸せそうに笑った。

「…あ、いた。初音、リンゴ。
秋葉さん、こんにちは」

少し先から三つのリンゴを手に持った冬城さんがきた。
手に持っていたものを、初音が持っているカゴに入れ、
その流れでカゴも持って行った。
行く先は会計所のようだ。

「透夜、ありがとう。
そういえば、枝折は透夜と会うの久しぶりだったね。
枝折がいたから、透夜と出会えたし、頑張り続けていられるよ。
ありがとう」

冬城さんは初音の言葉に一度足を止めてうなずき、
再び目的地へ歩いて向かった。
見ていて微笑ましい。

「それなら私も同じだよ。
初音がいるから、今がある。ありがとう」

死と隣り合わせだったあの日は、きっと分かれ道だった。
その道に至るのことができたのは、頑張り続けて
思い切った発想ができる初音がいたからだった。
今も、妻として、
二児の母として懸命に生きる姿に勇気をもらっている。

後ろから、
買い物袋を持った冬城さんがこちらへ来ているのが見えた。

「初音」

優しい声で呼ばれ、
それに応えるように振り向いて微笑んでいる。

「お母さんが迎えに来てくれるから、またね」
「うん。またね」

足並みをそろえて歩き、二人は店をでた。
目で追っていると、
出た先で車から顔を出す幼い子供たちと対面する姿が視界に入る。

「二人とも、楽しそう」
「そうだね。よかった」
「うん」

最後まで目だけの見送りはせず、
買い物の続きを再開して家に帰った。

「さて、始めましょうか。
料理は手順と時間も大切ですからね。
今日も協力して、楽に美味しく頂こう」

「はい。よろしくお願いします」

エプロン姿の海斗さんは、腕まくりをして食材に挑む。
私は、必要な調味料を出した後に、
焼くだけにしておいた下ごしらえの終わっている肉にとりかかる。

うちはうち、よそはよそ。
幸せの形は、産まれた命の数だけ存在するはずだ。
ある程度の型は決まっていても、全て同じにはならないから。
私が今過ごしている時間は、動物本能とは真逆かもしれない。
自分ではない者に示された”よくある幸せ”ではないかもしれない。
それでも、後悔はしていない。
これからも、海斗さんや初音に救われながら、
死を迎える日までを生きていこうと思った。

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