幸せという呪縛

秋赤音

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秘密の契約

8.温かな暮らし

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結婚して五年を迎えた。
契約書の約束は作ったときよりも増えた。
約束とそれに関わる思い出は、優しさや気遣いが当たり前だと
慢心しそうになる自分への良い薬となっている。
二人で過ごした時間を振り返る品となり続けるだろう。

「あ…」
「はい」

いつものように朝食を共に食べる。
私たちに会話はなく、互いに黙々と食べるだけ。
だが、誰かと食べる食事の良さを教えてくれたのは
透夜と枝折さんだった。

調味料が使いたいので取ろうとするが、少し遠い。
枝折さんの近くにある目的の物は、歩いてくるわけもなく。
現実逃避をやめて、
お願いしようと口を開くと同時に差し出される物。

「ありがとう」
「いえ」

そう言って、枝折さんは再び箸を手に取り黙々と食べ始めた。
綺麗な所作は、枝折さんの尊敬しているところの一つ。
教えてもらおうとしたことはあるが、断られた。
習わなくても綺麗だと思います…そう、言っていた。
あの時の綺麗な微笑みは今でも覚えている。

「何ですか?」
「いえ。何でもないです」
「そうですか」

無意識に見つめていたらしい。
律儀に一度箸を置き、小首をかしげて聞いてきた。
私の返事を聞くと、再び食べ始める。

「今日は、いつ帰りますか?」
「…今日は、夕方には戻ります。
あくまで休んだ人の穴埋めなので、状況次第だと、
もっと早いかもしれません」

今朝までは完全休日だったが、
それは朝食ができるまでの話。
少し遅めの朝食を頂こうとしたとき、急な仕事が入った。
私は、久しぶりに普段できない箇所の掃除をする予定だ。
二人でする予定だったが、おそらく、なんとかなるだろう。

「わかりました。気をつけて行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」

枝折さんは空になったお皿を流し台へ持っていき、
そのまま手に取りやすい場所にある仕事鞄を持って玄関へ向かった。
自分も空いた皿を持っていき、二人分の洗い物をする。

今があるのは透夜のおかげだ。
あの日の外出に誘ってくれたから、こうして過ごしている。
両親からの子供の催促は、直接的な言葉から、
あいまいでいながら刺すような強さになっていた。
面倒ではあるが、適当にやり過ごしながら、
二人きりの穏やかなルームシェア生活が続いている。


掃除が一段落すると、突然になる電話。
相手は透夜だ。

「はい」
「ごめんけど、買い物を頼まれてくれないか?
いるものはメールで送るから」
「わかった」
「ありがとう」

終始まで慌てた様子の透夜から、本当にきたメール。
内容は、一人前の大人向けの食事と子供用の食事やおやつが二食分。
そういえば、今日は春里さんが一人で実家に帰る日だった気がする。
この間の電話で『一人で子守だ…』と嘆いていたような。

枝折さんも、初音さんをよく気にかけている。
といっても、買い物を頼まれればできる範囲で応じる程度だが。
私も、透夜のことなので枝折さんと同じようにしている。

「春里さん、もしかして今日は帰らないのか?」

たまに、こういうことがあった。
その時も、今日と同じだった。
後日、小さなお菓子がお礼で届いた記憶がある。
今回もそうかも…と勝手に納得しながら、出かける支度を終えた。
安全確認を二度して、最後に玄関を閉める。

買い物をして玄関先まで届けると、
片手に何かを持ったままで
それを受け取る透夜は疲れた顔をしていた。

「海斗、ありがとう。これ、気持ちだけど。
初音、長男と次女と一緒にご両親のところに泊まることになってさ。
一人で三女と外出して、買い物しながら守りきれる自信もないので…」

「大変だね。できることがあれば、手伝うから言ってな」
「ありがとう。またな」

渡されたのは、おそらくお菓子だ。
帰宅するときがちょうど枝折さんが帰る頃なので、
互いに好きな飲み物を用意して休憩するのもいいかもしれない。


共に世の中を生きる盟友の好みを思い出しながら、
わが家へ向かって、優しい風がそよぐ街を歩いた。

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