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秘密の契約
9.訪れた安息
しおりを挟む透夜と出会い、結婚して十年。
10歳男女の双子と8歳の息子になる子供たちが、
庭で透夜とかけっこをしている。
開けっぱなしているので、台所まで
楽しそうな声が絶え間なく聞こえる。
食事ができたので、火を止めたことを確認し、
縁側へ向かう。
「ご飯、できたよー」
「「「はーい!」」」
夕食後。
透夜が子供たちをお風呂に入れている間に食器の片付けを済ませ、
枝折に電話をしてみる。
なんとなく声が聞きたくなった。
「はい」
電話が繋がった瞬間、明るい声が聞こえた。
「なんとなく、声が聞きたくて」
「うん。私も、同じことを考えていた」
「最近どう?
私は家事や子育てばかりだけど、意外と楽しい。
子供たちがよく透夜の実家に行くので、
最近は、たまに透夜と二人で外出しているの」
「うちは相変わらず。
あ…料理を一緒にすることが普通になったかも。
やっぱり時間を使うなら、気の合う人とがいいね。
楽しいよ」
「わかる。気の合う人が一番だよね」
枝折の楽しそうな声を聞くと安心する。
本当に、せっかく時間を使うなら、
できれば気の合う人が一番だ。
今思えば透夜と出会う起点になったあの日は、
やけになっていた。
明らかに無謀なことなのに、
それでも枝折は一緒にいてくれた。
枝折とは長い付き合いだ。
家が近所で顔見知り、親同士は仲が良い。
私たちは自然とよく話すようになっていた。
依存するようになったきっかけは、よくある失恋だった。
普通にしているだけで、
なぜか何でも”それなり”の出来になる私。
苦手なことはあるが、そこに目を向けられることがなかった。
色んな感情が向けられるようになり、
性別を問わない妬みが絶たない毎日になっていた。
事実におまけがついた噂が回り、
『なんでもできる春里さん』が定着した頃から、
私は壊れ始めていたのかもしれない。
当時付き合っていた人たちには、すべて振られた。
肉体関係になることを頑なに断っていたからかもしれない。
そう思っていたが、告げられた理由は違った。
『なんでもできるから』だった。
まあ、仮に思っていたとしても、露骨な下心は口にはしないと思う。
一人目の恋人は、
『なんでもできて可愛くない。少しは頼ってほしかった』。
人を頼ることができないのは、私の弱点の一つだ。
言葉を胸に、さらなる成長をしようと思った。
それから時間が経ち、二人目の人と時間を過ごす。
苦手な分野のことを少しずつ人を頼ろうとしたが、
それは嫌そうな顔をしながらすべての人に拒否された。
『あなたならできるから大丈夫よ』と。
恋人の最後の言葉もそうだった。
『何でもできるんだから、俺がいなくてもいいだろう』。
三人目は、これで最後にしようと、
経験を生かして自分なりに頑張った。
受け入れてもらいやすい物の頼み方も覚えた。
苦手も少しは克服できている。しかし、だめだった。
その人は別れ際に
『なんでもできると思っていたのに、がっかりした』と。
あの日の夕食は味がしなかったのを、鮮明に覚えている。
落ち込んだまま食べていると、両親の表情が変わる。
『まさか、また振られたの?
あなたが合わせればいいこともあったでしょう。
できるはずなのに、どうしてしなかったの?』
両親は、できないのがおかしい…と
責めるような口調でそう言った。
私なりにできることはしてきた、と、
心の叫びを伝えれば『嘘ね』と言われ、
『悪い子』だと怒鳴られた。
誰もが私に『都合のいい理想』を求めている気がした。
考えることも、応えることにも疲れてしまった。
そんな中、すべての私を受け入れてくれたのは枝折だけだった。
どんな時も話を静かに聞いてくれて、
得意なことも苦手なことを否定せず、
時には一緒に怒ったり泣いたりしてくれた。
枝折といるときだけは、ただの『春里 初音』になれる。
あの日もそうだった。
学生でなくなったと同時に結婚の催促が始まり、
さらに孫の催促が加わった頃だ。
いるだけで心強い存在に背中を支えられながら、
根気はいるがやれるだけやってみた結果が、
冬城透夜との出会いだった。
「そういえばさ。冬城さんのどこが良いと思ったの?
無理に話さなくていいよ。
これからのために、
夫婦先輩から話が聞ければなーと思っただけだし」
「『当たり前ができる人がいい』って言われた、から。
まさか、ああなるとは思わなかったけど…」
条件にあった『当たり前ができる』という曖昧な言葉に、
どうとでもなれと開き直って、
あえて枝折といるときと同じようにした。
すると、軽蔑されるどころか、
むしろ追いかけられることになった。
これは結婚当初に話したことがあるので簡略することにした。
「そっか…それで、ね。
まあ、初音、そういう感じだもん。
信号は色の規則通りで、必ず安全確認して渡るし」
「え?そこ?人通りない時もしてたら、
先に赤で渡る親に融通が利かないって、言われたけど…」
「それは良いところだよ。
私は、そういうの大切だと思うけどね。
できそうで、できないから」
一人で納得する枝折。
その声には安堵がある気がした。
「枝折。もしかして、ずっと心配かけてた?」
条件のことは誰にも言わない約束なので、
そこを省いて話したせいかもしれない。
決め手はなんだったのか?という話は、
初めてだと気づいた。
「まあ、うん。一応?
もちろん、初音が決めたことに異論はないけどね。
大切にしてもらってるのは話の気配にあったし」
どういうことだと聞こうとすると、
お風呂場から足音がした。
そろそろ出てくる時間だ。
「ごめん、お風呂の時間だから、今日はこれで…。
ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。
おやすみ」
「おやすみ」
電話を切った後、慌てるような二つの足音がこちらへ近づいてくる。
そのあとに、ややゆっくりな音がもう一つ。
「「おかーさん、どーぞ」」
「ありがとう」
湯上りで頬を赤くした双子が、仲良く同時に、
順番が来たことを教えてくれた。
「初音。冷めないうちに、どうぞ?」
「ありがとう」
透夜が、眠そうな末っ子を抱えながらそう言った。
順番に髪を乾かし始める音を聞きながら、
支度していた着替えをもって、
冷えないようにと綺麗に閉まっている扉をあけた。
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