幸せという呪縛

秋赤音

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始まらない御伽噺

1.嵐の前触れ

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この婚約は、まだ計画の途中だ。
10歳の頃、それは偶然から始まった。
当時、両親が結婚を意識しながら
率先して引き合わせてくる女性たちにうんざりしていた。
両親の都合でよく会う機会のある幼馴染の華紅夜  姫羅も、
同じ感情を抱えていることを知る。
そして、俺たちは思いついた。
両親が仲良く交流する子供の俺たちが好意を持ち合えば、
不要な異性交遊は減るかもしれない…と。
試してみると確かな手ごたえがあった。
姫羅も同じく手ごたえがあることから、
面倒事を遠ざける虫よけ相手になると、互いに約束した。
子供なりにできることを続けていこうと決心した。
同時に、俺はその日から初恋を封じた。
思惑通りに事は進み、時は流れて、あっという間に15歳。
封じた初恋は、箱の中でゆっくりと、確実に育っていた。
気づいたときには、優しく淡いものだけではなくなっていた。
独占欲、嫉妬…ほの暗い感情も芽生えて、大きくなっていた。
今の立場にいられることを心から嬉しく思っている。
それでも、隠し通さなければならない。
たとえ、婚約者になったとしても。

寮にある共有電話。
夕食を終え、寝る時間までくつろいでいると寮長に呼び出される。
電話がきていると言われて出ると、
相手は久しく会っていない母親だった。

「姫羅ちゃんとは上手くいってる?」

「はい」

「よかったあー。卒業したら、すぐにでも結婚したいわね。
私たちみたいに遅いと大変よお。
遊ぶなら、どうとでもなる学生のうちが一番よ。
もっと遊んだらいいのにー」

甲高い声が耳を通り抜ける。
不快でしかない音は、いつも、いつでも、
一方的に自分の人生観を押し付けてくる。

「結婚の時期は、姫羅と相談します。
あと、俺は姫羅がいればいいので遊びは結構です」

「そうよねー。
私たちは散々遊んだ末の結婚だったからなあ。
まあ、気が変わったらいつでも言ってよねえ。
異性は姫羅ちゃんだけではないからあ」

毎度と繰り返される言葉にうんざりする。
両親は、異性遊びに興味を示さない俺が気に入らないらしい。
どう切ろうか考えていると、
少し離れた場所から、寮の消灯を告げる鐘が聞こえる。

「消灯の時間になったので、切ります」

「そう。元気そうでよかったわあ。
和真、おやすみなさい」

その挨拶に答えることなく、電話を切る。
静かな空間で音を立てないよう、黙って礼をして電話を返す。
皇は静かに笑って手を振り、俺を見送っていた。




「和馬」

自室の扉を開けて入ろうとすると、一歩後ろから小さな声が俺を呼んだ。
突然のことに、思わず息をのんだ。
夜分に異性へ声をかけること…
姫羅が俺を選んだ嬉しさと、その行動の危うさに。
衝動を抑え、姫羅と俺の間にある一歩を埋める。

「姫羅。どうしました」

小さな耳元で囁く。
周りに響かないよう小声で、姫羅にだけ聞こえるように。

「少し、お話聞いてくれますか?
眠れなくて、ですね…」

姫羅がそっと近づいてきて、俺の耳元で要件を離す。
申し訳なさそうに、しかし確かな甘えを含んだ声が心地よい。

「はい。部屋に行きましょうか?
眠くなったら、すぐに休めます」

「いえ。よかったら、和真の部屋がいいです。
私のお隣さんはそろそろお休みになると思うので」

「わかりました。
確かに、俺のお隣さんは起きていることが多いですからね。
どうぞ」

おそらく、今の俺たちを傍から見ると、
夜分に部屋の前で会う恋人同士だろう。
近づいてきた姫羅の背にそっと手を添え一緒に部屋へ入るよう促す俺は、
子羊を迎える狼そのものだ。
その気はないが、誤解を生んでも仕方ない状況になっている。

「どうぞ」

促した通りに椅子へ座った姫羅は、俺を見る。

「はい。お話、ですが。家のことです。
私の兄が、結婚します。
華紅夜の跡取りは、予定通り兄に決まりました。
日々の暮らしはそれぞれに恋仲の方と過ごすそうですが、
三家の了承で成立したので問題ありません。
私は跡取りではないですが、そのようにしてもいいと…。
母が、つい先ほど、それを伝えに電話をくれました」

「そうですか。おめでとうございます。
姫羅にとっては…あまり楽しいお話なかったようですが」

細く小さな手でできている拳は、
指の先が白くなるほど力が込められている。

「はい。楽しくないですね。
面倒ごとが起きる前に手伝っていただきたいことがあります。
和真にしかお願いできないことです。
私と恋愛ごっこをしてください。
両親に、私たちが相思相愛だと思わせたいです。
母が言いました。
今時で清純なままの交際なんて、本当に愛し合っているの?
よさそうな人を探すから付き合ってみなさい…と。
もちろん恋愛をする気はないですが、
妥協してくれなさそうなので…。
いらない虫が寄ってくる前に、
好き合っている証明をすればいいと思いました」

相変わらず、だと思った。
恋愛主義の両親は、それを無自覚に子供へ押し付けてくる。
子供の幸せを願い、幸せになれる方法として…すべて善意で。
直前の迷惑でしかない言葉を思い出す。
同じようなことを言っていた。
これは最高の提案だった。
姫羅は、いつも、ちょうどいい。
時も、内容も。

「奇遇ですね。賛成です。
俺も、さっき同じようなことを言われました。
少し面倒ですが、よくいる恋人の真似で納得して小言が減るなら…。
俺からもお願いします」

「ありがとう。よろしくお願いします。
少しずつですが、今まで以上に恋人らしく振舞いますが…
まずは、どうすればいいですか?」

そう、困ったように、可愛らしく首をかしげて言った。
自分も経験豊富ではないので、答えが難しい質問だ。
ふと、冷たい風が吹いた。
一瞬だけ通り抜ける寒さに、姫羅を見た。
同じように寒そうな様子なので、毛布を渡そうと近づいた。
毛布を肩にかけながら、ふと、気がつく。
さっきまでは、三十センチは離れている距離にいたことに。

「まずは、物理的な距離を縮めませんか?
俺と姫羅、さっき三十センチは離れてました。
いつもこうですが、恋人らしく…なら、
おそらく、せめて今の半分…ですかね」

「確かに。
さっきの距離だと、友人と話す距離の方が近いかもしれないです。
恋愛に不慣れな私でもできそうですし…
明日からは、なるべく近くで話すことを心がけます」

「俺も、近くにいることを心がけます。
傍にいるときは、必ず…姫羅のすぐ近くにいます」

見上げられた柔らかな笑みが、今までで一番近いところにある。
手を伸ばせば、その柔肌へすぐに届きそうな距離に緊張した。
どうか、胸の高鳴りが伝わっていませんように…。
姫羅には、いつも通りの俺に見えてることを祈った。

「ありがとう。
ふぁ…ぅ。ごめんなさい。
安心したら、眠くなってきました…」

目先であくびをかみ殺す姫羅。
その瞼は、今にもゆっくりと閉じようとしている。

「部屋まで運んで送ります。
どうぞ、おやすみなさい」

いつものように抱き上げようと、
かけた毛布ごと、足と背中に手を添えようとする。

「か、ずま…、いつも、ありが、と」

姫羅から伸ばされた腕が、俺の肩に触れた。
眠気を必死に抑えながら話す姿に、
なんとも言えない感情が沸き起こる。
腕の中で聞こえ始める規則的で静かな寝息が、
冷静さを保つ手伝いをしてくれた。

姫羅を部屋へ運び終え、自室に戻る。
わずかに残っている姫羅の香りが、
恋愛ごっこが夢ではないと教えてくれていた。
こうなると、己に言えることは一つだけ。
理性、がんばれ。
甘い誘惑しかなくなるであろう未来を、複雑な感情で思う。

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