幸せという呪縛

秋赤音

文字の大きさ
54 / 147
後悔、先に立たず

4.明日へ向かって、

しおりを挟む

台所へ立つのが普通になり、
"仕事一筋な祖父"ではなくなったが、
幼い自分によく話を聞かせることは、
変わらなかった。
変えたくなかった。
退職すると、家事…特に料理を頑張っている。
その後の祖母が最後まで続けていることだからだ。
体操も欠かさない。
残り時間が一年の出来事。

平凡で穏やかな日々は続き、
ついに、死の世界が間近に迫ってきた。
何となく、体の調子がおかしい日が増え、
好んでいた庭の手入れは諦めた。
お金を払って、専門家に頼んでいる。
それでも、料理と掃除と体操は続けている。

「おじいちゃん。草とったよ」

「ありがとう」

子供の自分が、
自ら声をかけてくれたのをきっかけに、
草取りは孫の仕事になった。
たまに来たとき、楽しそうに
必ず行って帰っている。

「おじいちゃん。
またお勉強で一番になれなかった…。
どうしたら、一番になれるのかな?」

落ち込んでいる自分に、
覚えがあった。
おそらく、
今が"あのとき"かもしれない。

「仕事や勉強が、すべてではない。
好きなことを思いきり楽しむのも、
大切なことだ。
相手の気持ちを考えて、友人や家族を大切にしなさい」

祖父の体で過ごし、改めて実感できたことを、同じ言葉で伝える。
きっと、先の自分は、
この言葉を胸に刻み生きるのだろう。

そして、穏やかな日々に終わりがきた。
いつものように眠り、
ふとした違和感で目を覚ます。

背中の冷たさを避けようと、
起き上がる。
いつからか分からないが、
自分は何もない空間に横たわっていたことを知る。
立ち上がり、周囲を見渡していると、
はらりと一つ、羽が落ちてきた。
見上げると、見覚えのある姿がある。

「お疲れ様。覚えている?
ナツって言います。天使です。
無茶振りした自覚はあるから、
今さらだけど謝る。
ごめんなさい。
そして、ありがとう」

「どういたしまして?
それなりに、楽しかった。
ありがとう」

素直な気持ちを伝える。
意外だったのか、返事に驚く天使。

「巻き込まれたのに…まあ、いいか。
今から、元の体に戻します。
目を閉じてください」

事務的に案内を読み上げるような説明に従う。
すると、空気が揺らいだ。

「おじいちゃんのことは、まかせて。
弟に会えて嬉しかった。
元気でね。鷹広」

遠くなる意識の中、
優しいつぶやきが聞こえた気がした。
そういえば、会ったことはないが、
兄さんの名前は確か






「たーかーひーろ。
朝です。ご飯です」

聞きなれた声に目を開けると、
お母さんが少しだけ怖い顔をして、
部屋の入り口に立っていた。

「はい。おはようございます」

「うん。おはよう。
冷めるから、早くきてねー」

なんとなく、長い夢を見ていた気がするが、
どんなだったかは、覚えていない。
考えるのをやめて、両親の待つ食卓へ急ぐ。

「おはよう」

まだ少しぼんやりしたまま、部屋を移動すると、
明るい声が聞こえた。

「お父さん。おはようございます」

待たせていた両親は、
早く席につくよう、手振りで促した。

「さあ、ご飯にしよう」

「「「いただきます」」」

なぜか久しぶりに会う気がした両親は、
とても、元気そうだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敏腕SEの優しすぎる独占愛

春咲さゆ
恋愛
仕事も恋愛も、兎に角どん底の毎日だった。 あの日、あの雨の夜、貴方に出逢うまでは。 「終わらせてくれたら良かったのに」 人生のどん底にいた、26歳OL。 木崎 茉莉 ~kisaki matsuri~ × 「泣いたらいいよ。傍にいるから」 雨の日に現れた、30歳システムエンジニア。 藤堂 柊真 ~Todo Syuma~ 雨の夜の出会いがもたらした 最高の溺愛ストーリー。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...