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恋嵐
2.癒しの時間
しおりを挟む「烈華。そっちは任せた」
「和人はそちらを…あと、こちらの仕上げをお願いします」
「・・・」
和人と住んでいる家。
珍しいことではないが、只今、
美味しい香りが、空間いっぱいに漂っている。
世間では顔が良いと言われている男二人が、
目の前で楽しそうに料理をしている。
浮兎は、盛りつけの補助くらい。
正直、やることが、ほぼ、ない。
「浮兎。一流が来たら、必ず教えてください」
「一流。来るって言って、だいたい来れないけどな」
「和人!」
どこか安心したように言う和人に、思わず大きな声をあげてしまった。
しかし、烈華は静かに微笑む。
何かの感情に耐えながら。
「治水は時間がかかりますから…仕方ありません。
最近は火事も多いですから、よく呼ばれてますね」
どこか言い聞かせるような声で話す烈華の背中には寂しさがある、
気がする。
「だから、こうして食事に誘ってるんだろ。
どうせ食べるなら、一人より俺たちと一緒が楽しい。
作ったお菓子は持って帰れば、疲れた一流でも食べられる」
「和人…ありがとうございます」
「べ、別に…料理の段取りが上手いから人手になるだけだ。
早くできたら、早く浮兎も食べられるから」
少しだけ頬の赤い和人は、作業の手は止めないまま、
烈華を見ないように視線をそらしている。
おそらく、照れている。
烈華が素直にお礼を言うことも珍しいから。
そろそろ全てが完成する。
そんな時、小さな音で三度叩かれるドア。
「こっちは任せろ」
「こちらは任せてください」
二人が急ぐように揃って言うので、早足で玄関へ向かう。
「こんにちは」
そして、一流の声がする。
浮兎はドアを開けると、疲れた様子の一流を椅子に案内する。
「お疲れ様」
「ありがとう。
そろそろ、少しだけ落ち着きそう…」
「体に気をつけてね…」
一時的に仕事が増える大変さを知らない浮兎には、その大変さに同調ができない。
だから、一流の体調を気にかけるだけに決めている。
風は基本的に自然任せで、水のように特別管理は必要ない。
無風の時は仕事増えるが、疲労度は少ないことが多い。
見張らしの良い、目的地を俯瞰できる場所からが多いからだ。
その場所はわりと決まっていて、移動慣れも早い。
「ありがとう…さすがに、街の端まで行くのは疲れるわ。帰りは特に」
治水の場合は、流れに沿って行う。
場所も様々で、定期的に見直しや点検が必要で、時期も限られる。
安全のためにも必ず移動がある。
その体の疲労と心労が重なるのが、帰り道。
浮兎も経験はあるので、気持ちはわかる。
「わかる…あ、できたみたい」
二人は、両手いっぱいに料理皿を抱えている。
それは手際よくテーブルへ並べられた。
「食べていい?お腹すいた」
和人が烈華に許可をとっている。
作った人権限、というやつだろう。
「少しくらい待てないのですか。
今度は一緒に食べられますね」
「そう、だな…うん」
少しだけ顔が青くなる和人。
そう。食事の恨みは怖い。
以前のことだが。
和人と一緒に食べたくてとっていた浮兎のお菓子を、
和人が先に食べたことがある。
その時は、街を一部半壊させる喧嘩になった。
「仕事が落ち着いたら、私にもご馳走させてね」
「だったら、一流のお菓子が食べたい!
透明でモチモチの中に甘い味のある丸いやつ」
遠慮してばかりだと一流が気にするので、あえてお願いをする。
すると、一流はとても嬉しそうに笑うのだ。
気を遣わせてごめんね、と目を伏せて謝られるよりは良い。
「わかった」
その様子を、烈華が嬉しそうに眺めている。
普段は穏やかだが、一流のことで暴走する烈華はとても怖い。
「お腹すいた…」
「うん。ごめんね」
うなだれている和人は、
気にするな…と音はなく口元を動かすだけで私に伝える。
「では」
「「「「いただきます」」」」
和人の合図で始めた食事。
そのあと、当然のように出てくるお菓子とお茶。
片付けは任せろ、と反論する余地なく台所へ向かう男性たち。
なので、遠慮なく頂くことにした。
「美味しい。癒される…」
一流の表情から疲労が抜けていく。
体の疲れは眠ればいいが、気分も同じとは限らない。
だから、楽しい食事やお菓子はとても大切。
「甘い物は最強だね…」
器が空になった頃。
片付けを終えた和人がきた。
「ごちそうさまでした」
「美味しかったよ」
「それはよかった」
空になった器と、浮兎たちの様子をみた和人は嬉しそうに笑う。
同時に、和人の後ろから烈華が静かな足音でこちらにくる。
「当然です。私たちが心を込めて作りましたからね」
「だな」
烈華がニッコリと笑う。
その言葉に和人が深くうなずく。
「いつもありがとう」
一流は女神のような笑みを浮かべた後、
そのまま瞼を閉じた。
背もたれに寄りかかり眠り始める。
「そろそろ帰ります。
次の順番は我が家ですね。
楽しみにしています」
烈華は慣れた手つきで一流を抱き上げ、優美に微笑んでいる。
「今日も送るよ」
和人が移動魔法を出す準備をする。
「助かります」
「気持ちは分かるからな。せーの!」
合図と共に光となって消えた二人。
今ごろは、自宅の中だろう。
「雨季がくるまでに終わらせないと、って大変だよね…」
「だよな…光や風は、ほとんど天の恵みだし、足りないところを補うだけ。でも、水は手をかけられる。手入れをして防げる被害もあるからな」
疲れきっている一流を思う。
能力があるからできることがある幸せ。
しかし、それは他との釣り合いがあってのことだろう。
元気でいること、心が穏やかになれる時間を作ること。
どれも幸せには欠かせない。
「誰もが穏やかに過ごせる世界…難しいね」
「そうだな。なんで一流ばっかり…って思うこともある」
実際は、一流ばかりに負担がかかっていることはない。
が、目の前で見る様子に、思うこともある。
だから、浮兎にできることを考えてするだけだ。
「でも、一流は浮兎たちが守る…だよね!」
「そうだな!浮兎のことが一番だけどな!」
そう言いながら、浮兎を抱きしめる。
「和人…自分のことも大切にしてね」
「それは…うん。お互いに、な」
浮兎の額に一瞬だけ触れた柔らかな感触の先を目で追う。
和人は柔らかな眼差しを浮兎に向けていた。
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