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哀しても、愛してる
4.知らない場所
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僕は、呪いのせいで声の会話が難しい。
思った通りに話すと、言葉の意味が反転して伝わるから。
だから、外では筆談しかしない。
迷惑をかけたくないから、友人も恋人も作らない。
和気あいあいとした行事が一切なく、
勉強に集中できる学び舎なのでそれでもよかった。
たった一人を除いて。
最近、話すようになった雪城さん。
休んだ分の講義の内容を知ろうと先生を探すが出会えず、
初めての危機に困っていたとき、初めて会った人。
きっかけは勉強だが、だんだんと勉強でないことを話すことも増えた。
放課後はできるだけ図書館へ行く。
雪城さんがいれば一緒に、いなければ一人で勉強をする。
図書館通いは入学してからずっとしているが、
雪城さんがいないと寂しい気持ちになるようになっていた。
「久音は、雪城 奏さんと声でお話したい?」
休日に雪城さんが参考書選びを手伝ってくれることになった前日。
お母さんが、僕に聞いた。
それは、無理だと分かっていても、消えてくれないままの僕の願い。
知らない誰かと声で話しているところを見るたびに膨らんでいく気持ち。
思い出すだけで息が苦しくなる。
"無理。僕は、外で話したらいけないから"と、ボードに書いた。
「方法はある。雪城 奏さんが秘密を守ってくれる前提だけどね。
あとは、久音が辛い気持ちを我慢できるか」
僕は、思わずお母さんの腕をつかんだ。
話したい!話せるなら、話したい。
「書くか、話してくれないと分からないわよ」
その言葉で我にかえる。
急いでボードに書いた。
"雪城さんは約束を守れる人だよ。僕は何をすればいい?"
「話すときは、家にいるときだけ。
伝えたい意味と反対の言葉を使うこと。
お勉強のお礼がしたいし、明日、連れてきてね」
「わかった」
「わからない、って聞こえる」
「わからない」
「そうそう。練習、頑張ってね。おやすみ」
晴れ晴れとした笑顔で寝室へ向かったお母さん。
僕はすぐに自室へ戻る。
「わからない」
「嫌い」
「好き」
「美味しくない」
静かな部屋に溶けるのは、僕の声だけ。
好意を伝えるために否定して、否定したいときは肯定する。
気持ちとは逆のことを言う苦痛を初めて知る。
翌日。
なんとか、1日が終わった。
今は、雪城さんと声で話せた嬉しさが心一杯に広がっている。
来週も、勉強を教え合うことになった。
とても楽しみだ。
その日の夜、食事を終えて片付けるお母さんの隣に立つ。
「お母さん。お菓子、作る。教えて、ください」
「あら。いいわよ。材料は、いつでも揃っているし」
「ドライフルーツ、ある?」
「あるわよ。待ってね」
片付けしている手を止めたお母さんは、棚を探し始めた。
僕が片付けの続きをする。
「確か…あった。手順は言うけど、手助けはしないよ」
「ありがとう」
二人で片付けを終え、その日は眠った。
約束の前夜、お母さんの指導で作ったお菓子。
見た目が綺麗とは言えないそれを、
お母さんは嬉しそうに試食した。
「美味しい。明日が楽しみね」
不安と期待を胸に眠り、
目覚めた僕を待っていたのは、想定外だった。
「私たち、急用ができたので同席が難しいのよ。
夜までには戻るから。夕飯は、自分で用意してね」
「ずっと行きたくないレストランに行けないから、楽しくない。
お土産を、持って帰らないよ」
半年先まで予約が埋まっているレストランに行けることになった両親は、
花咲く笑顔で支度をしている。
そして、見慣れない綺麗な装いの両親を玄関まで見送った。
「掃除、しない」
あっという間に約束の時間になる。
待ち合わせ場所から家に戻る途中、
爽やかな風が隣を歩く雪城さんの髪で遊んでいる。
そういえば、昨日、雪城さんはどこかで誰かの髪を結っていた気がする。
女性同士だからできる触れあいが羨ましい。
空の青さに眩しさを感じながら歩き、家に着く。
玄関を開けて、雪城さんに入るように促した。
「おじゃまします」
雪城さんが靴を脱いだのを確認し、後ろ手に鍵をしめる。
会ってまず聞いたのは、"両親が不在でもいいか"。
雪城さんは、僕の家に不都合がなければいいと言った。
その無防備さに、僕は危機感と淡い期待と悦びを抱いた。
なんとなく、内から溢れるその感情は良くない気がした。
「お茶、いれる。椅子に座って待っていて」
「ありがとう」
テーブルに一人で待つ雪城さんを改めて見る。
それで、今日は二人きりだと実感した。
なぜか、ドキドキする。
「美味しい。ドライフルーツが入ってて甘い」
初めて誰かのために作ったお菓子は、
生まれた目的を果たした。
美味しそうに頬張る雪城さんに見惚れる。
「覚えててくれたのね。ありがとう」
雪城さんは嬉しそうに笑った。
同時に、僕の心臓が大きく跳ねた。
本題の勉強は、いつものように順調だ。
最近、雪城さんの苦手は僕が得意なことだと知る。
力になれることが増えて嬉しかった。
勉強会が楽しく終わる。
満足そうな様子の雪城さんに心が温まる。
ドライフルーツ入りの焼き菓子は、綺麗になくなった。
前に言っていたことを覚えている自分を褒めたい。
そして、ちょうどよく材料がそろった奇跡に感謝した。
「見送り、する」
遅くならないうちに、安全に帰ってほしい。
「ありがとう」
先に行くよう案内すると、雪城さんは玄関へ歩き進む。
靴を履き終わるのを待っていると、
手入れの行き届いている髪が目に入る。
沸き起こる触れたい衝動に戸惑う。
そして考える。
どうして触れたくなるのか。
どうして雪城さんのために何かしたくなるのか。
どうして、雪城さんに呼ばれるだけで心が温かくなるのか。
「嫌い」
好き。
僕は、雪城さんが、好き、なんだ。
どんな好きかは、分からないけど。
「白崎さん?行こう?」
「雪城さん。僕ね。雪城さんが、好き」
「うん。私も好きだよ。大切な友達だもの」
「ありがとう」
僕なんかが、好きになって、ごめんね。
でも、好きでいてくれて、ありがとう。
でも、友達だと、言ってもらえて嬉しくて。
でも、なぜか、寂しい。
どうしてだろう。
「あ…名前」
呼び方が違うせいかもしれない。
両親がいる前で呼ばれた名前は、
とても心地よかった気がする。
「うん?」
「僕の、名前、久音って呼んでほしい」
戸惑いながら、呼ばれた名前に、また心臓が跳ねた。
改めて聞くと照れてしまうが、やはり嬉しい。
僕の心の何かが満たされていく。
自分の変化に戸惑いはあるが、
変わり始めた何かを感じながら、
帰り道のドアを開けた。
珍しく車の量が多い中での、二度目の見送り。
整備されている広くもなく、狭くはない歩道を歩いている。
後ろから荒い音が近づいてくる。
いつもより半歩だけ遠い雪城さんは、車道に近い。
僕が近寄ると、距離をとられている気がする。
「あ」
嫌な感じがした直後、
車が歩道に寄りながら駆けてくる。
僕は精一杯に雪城さんの腕を引き寄せた。
車の音が通り過ぎていき、長い一瞬が終わった。
「車が、走ってきたの?」
雪城さんさんの声がする。身体が強張り声がでない。
力いっぱいでうなずいた。
「助けてくれて、ありがとう」
離れるように促され、雪城さんの顔が見えるように離れる。
見下ろすと、不安まじりに微笑む雪城さんがいた。
生きている。
よかった。
思うのは、ただ、それだけ。
「おかげで、生きているから。泣かないで」
言われて初めて気づいた。
雪城さんが生きている証の温かさを確認しながら腕を離して、
涙を指先で拭った。
心配をかけたくなくて、気にかけてくれることが嬉しくて、
笑みがこぼれた。
安全のために車道側へ移動して、進行方向を指先で示す。
「ありがとう。またね」
別れの時に言われた言葉に驚いた。
でも、嬉しくて、雪城さんに手を振った。
背を向けて歩き出した雪城さん。
遠ざかる姿を、見えなくなるまで見送る。
指先に残る雪城さんの温度に、心が揺れた。
僕が守りたい。
そう、強く思った。
ふと、歩いていた雪城さんと目が合う。
迷惑だっただろうか。
でも、見つけてもらえて嬉しい。
友達だからいられる距離に安心して、
どうしようもないもどかしさを感じた。
僕を見る雪城さんに手を振り背を向ける。
知らないの感情を抱きながら戻る道は、
初めて見る景色のようだった。
その三日後。
寝る前に、詞音を部屋へ呼んだ。
「久音がわざわざ呼び出すとは、珍しい。
どうした」
たった一人の幼馴染に、同性だから言えることまで、
自分の感情に起きていることを話した。
思い返すだけで怖くなり、声には出せなかった。
「はあ…最近、似たような話を聞いた。
誰とは言わないが。
呪いがなんだ。筆談でどうにかなっているだろう。
自分の先祖がかけたから強くは言えない。
でも、友達作るな…とか、そういうことはないから。
思っていること、相手に言ってみろよ。
四方八方に愛振りまいて迷惑かけているわけではないし。
最悪、記憶を消すとかできるから」
ため息をつきながら、あっさりと話す詞音。
"記憶を消す?"
それが意味することに手が震えて、
ボードに書く文字が歪んだ。
「うん?当然だろう。
約束が守られなかった時の方法は、用意してある。
だから、頑張れ。
幼馴染として、三代を見守ってきた者として応援している。
わかったら、さっさと寝ろ」
促されるまま、布団に入る。
思いのほか疲れていて、睡魔はすぐにやってきた。
「ごめんね。ありがとう」
瞼が降りる直後、詞音は笑っていた、気がした。
翌日。
いつもの図書館。
人の気配がない空間に、その人は、いた。
僕に気がついて、ふわりと笑う。
そして、隣の席に座るよう促した。
「来週は試験だね」
その言葉にうなずく。
さっそく出てくるのは、指先で示された空欄の問題。
書いては消して、考えた跡が見えた。
「これ、わかる?」
肯定の返事を、うなずくことで返す。
雪城さんはそれに安堵したように、肩から力をぬいた。
「ありがとう」
ゆるりと微笑む表情に、思わず息をのんだ。
そして、決心する。
"試験が終わったら、聞いてほしいことがあります。いいですか?"
雪城さんはノートの端に書いた文字をみて、驚いた表情で僕をみた。
そして、一度深呼吸をした後、何かを書いた。
"聞かせてください。
私も、試験が終わったら聞いてほしいことがあります。
いいですか?"
ふと、不安そうな瞳の雪城さんと目が合った。
"ありがとう。僕も、雪城さんのお話、聞きたいです。
まずは、この問題を解くことからだけど"
「そうだね。お願いします」
勉強に集中し始め、真剣な表情に変わる雪城さん。
手伝いをお願いしたい問題を後で聞こうと思いながら、
まずは目の前のことに集中する。
思った通りに話すと、言葉の意味が反転して伝わるから。
だから、外では筆談しかしない。
迷惑をかけたくないから、友人も恋人も作らない。
和気あいあいとした行事が一切なく、
勉強に集中できる学び舎なのでそれでもよかった。
たった一人を除いて。
最近、話すようになった雪城さん。
休んだ分の講義の内容を知ろうと先生を探すが出会えず、
初めての危機に困っていたとき、初めて会った人。
きっかけは勉強だが、だんだんと勉強でないことを話すことも増えた。
放課後はできるだけ図書館へ行く。
雪城さんがいれば一緒に、いなければ一人で勉強をする。
図書館通いは入学してからずっとしているが、
雪城さんがいないと寂しい気持ちになるようになっていた。
「久音は、雪城 奏さんと声でお話したい?」
休日に雪城さんが参考書選びを手伝ってくれることになった前日。
お母さんが、僕に聞いた。
それは、無理だと分かっていても、消えてくれないままの僕の願い。
知らない誰かと声で話しているところを見るたびに膨らんでいく気持ち。
思い出すだけで息が苦しくなる。
"無理。僕は、外で話したらいけないから"と、ボードに書いた。
「方法はある。雪城 奏さんが秘密を守ってくれる前提だけどね。
あとは、久音が辛い気持ちを我慢できるか」
僕は、思わずお母さんの腕をつかんだ。
話したい!話せるなら、話したい。
「書くか、話してくれないと分からないわよ」
その言葉で我にかえる。
急いでボードに書いた。
"雪城さんは約束を守れる人だよ。僕は何をすればいい?"
「話すときは、家にいるときだけ。
伝えたい意味と反対の言葉を使うこと。
お勉強のお礼がしたいし、明日、連れてきてね」
「わかった」
「わからない、って聞こえる」
「わからない」
「そうそう。練習、頑張ってね。おやすみ」
晴れ晴れとした笑顔で寝室へ向かったお母さん。
僕はすぐに自室へ戻る。
「わからない」
「嫌い」
「好き」
「美味しくない」
静かな部屋に溶けるのは、僕の声だけ。
好意を伝えるために否定して、否定したいときは肯定する。
気持ちとは逆のことを言う苦痛を初めて知る。
翌日。
なんとか、1日が終わった。
今は、雪城さんと声で話せた嬉しさが心一杯に広がっている。
来週も、勉強を教え合うことになった。
とても楽しみだ。
その日の夜、食事を終えて片付けるお母さんの隣に立つ。
「お母さん。お菓子、作る。教えて、ください」
「あら。いいわよ。材料は、いつでも揃っているし」
「ドライフルーツ、ある?」
「あるわよ。待ってね」
片付けしている手を止めたお母さんは、棚を探し始めた。
僕が片付けの続きをする。
「確か…あった。手順は言うけど、手助けはしないよ」
「ありがとう」
二人で片付けを終え、その日は眠った。
約束の前夜、お母さんの指導で作ったお菓子。
見た目が綺麗とは言えないそれを、
お母さんは嬉しそうに試食した。
「美味しい。明日が楽しみね」
不安と期待を胸に眠り、
目覚めた僕を待っていたのは、想定外だった。
「私たち、急用ができたので同席が難しいのよ。
夜までには戻るから。夕飯は、自分で用意してね」
「ずっと行きたくないレストランに行けないから、楽しくない。
お土産を、持って帰らないよ」
半年先まで予約が埋まっているレストランに行けることになった両親は、
花咲く笑顔で支度をしている。
そして、見慣れない綺麗な装いの両親を玄関まで見送った。
「掃除、しない」
あっという間に約束の時間になる。
待ち合わせ場所から家に戻る途中、
爽やかな風が隣を歩く雪城さんの髪で遊んでいる。
そういえば、昨日、雪城さんはどこかで誰かの髪を結っていた気がする。
女性同士だからできる触れあいが羨ましい。
空の青さに眩しさを感じながら歩き、家に着く。
玄関を開けて、雪城さんに入るように促した。
「おじゃまします」
雪城さんが靴を脱いだのを確認し、後ろ手に鍵をしめる。
会ってまず聞いたのは、"両親が不在でもいいか"。
雪城さんは、僕の家に不都合がなければいいと言った。
その無防備さに、僕は危機感と淡い期待と悦びを抱いた。
なんとなく、内から溢れるその感情は良くない気がした。
「お茶、いれる。椅子に座って待っていて」
「ありがとう」
テーブルに一人で待つ雪城さんを改めて見る。
それで、今日は二人きりだと実感した。
なぜか、ドキドキする。
「美味しい。ドライフルーツが入ってて甘い」
初めて誰かのために作ったお菓子は、
生まれた目的を果たした。
美味しそうに頬張る雪城さんに見惚れる。
「覚えててくれたのね。ありがとう」
雪城さんは嬉しそうに笑った。
同時に、僕の心臓が大きく跳ねた。
本題の勉強は、いつものように順調だ。
最近、雪城さんの苦手は僕が得意なことだと知る。
力になれることが増えて嬉しかった。
勉強会が楽しく終わる。
満足そうな様子の雪城さんに心が温まる。
ドライフルーツ入りの焼き菓子は、綺麗になくなった。
前に言っていたことを覚えている自分を褒めたい。
そして、ちょうどよく材料がそろった奇跡に感謝した。
「見送り、する」
遅くならないうちに、安全に帰ってほしい。
「ありがとう」
先に行くよう案内すると、雪城さんは玄関へ歩き進む。
靴を履き終わるのを待っていると、
手入れの行き届いている髪が目に入る。
沸き起こる触れたい衝動に戸惑う。
そして考える。
どうして触れたくなるのか。
どうして雪城さんのために何かしたくなるのか。
どうして、雪城さんに呼ばれるだけで心が温かくなるのか。
「嫌い」
好き。
僕は、雪城さんが、好き、なんだ。
どんな好きかは、分からないけど。
「白崎さん?行こう?」
「雪城さん。僕ね。雪城さんが、好き」
「うん。私も好きだよ。大切な友達だもの」
「ありがとう」
僕なんかが、好きになって、ごめんね。
でも、好きでいてくれて、ありがとう。
でも、友達だと、言ってもらえて嬉しくて。
でも、なぜか、寂しい。
どうしてだろう。
「あ…名前」
呼び方が違うせいかもしれない。
両親がいる前で呼ばれた名前は、
とても心地よかった気がする。
「うん?」
「僕の、名前、久音って呼んでほしい」
戸惑いながら、呼ばれた名前に、また心臓が跳ねた。
改めて聞くと照れてしまうが、やはり嬉しい。
僕の心の何かが満たされていく。
自分の変化に戸惑いはあるが、
変わり始めた何かを感じながら、
帰り道のドアを開けた。
珍しく車の量が多い中での、二度目の見送り。
整備されている広くもなく、狭くはない歩道を歩いている。
後ろから荒い音が近づいてくる。
いつもより半歩だけ遠い雪城さんは、車道に近い。
僕が近寄ると、距離をとられている気がする。
「あ」
嫌な感じがした直後、
車が歩道に寄りながら駆けてくる。
僕は精一杯に雪城さんの腕を引き寄せた。
車の音が通り過ぎていき、長い一瞬が終わった。
「車が、走ってきたの?」
雪城さんさんの声がする。身体が強張り声がでない。
力いっぱいでうなずいた。
「助けてくれて、ありがとう」
離れるように促され、雪城さんの顔が見えるように離れる。
見下ろすと、不安まじりに微笑む雪城さんがいた。
生きている。
よかった。
思うのは、ただ、それだけ。
「おかげで、生きているから。泣かないで」
言われて初めて気づいた。
雪城さんが生きている証の温かさを確認しながら腕を離して、
涙を指先で拭った。
心配をかけたくなくて、気にかけてくれることが嬉しくて、
笑みがこぼれた。
安全のために車道側へ移動して、進行方向を指先で示す。
「ありがとう。またね」
別れの時に言われた言葉に驚いた。
でも、嬉しくて、雪城さんに手を振った。
背を向けて歩き出した雪城さん。
遠ざかる姿を、見えなくなるまで見送る。
指先に残る雪城さんの温度に、心が揺れた。
僕が守りたい。
そう、強く思った。
ふと、歩いていた雪城さんと目が合う。
迷惑だっただろうか。
でも、見つけてもらえて嬉しい。
友達だからいられる距離に安心して、
どうしようもないもどかしさを感じた。
僕を見る雪城さんに手を振り背を向ける。
知らないの感情を抱きながら戻る道は、
初めて見る景色のようだった。
その三日後。
寝る前に、詞音を部屋へ呼んだ。
「久音がわざわざ呼び出すとは、珍しい。
どうした」
たった一人の幼馴染に、同性だから言えることまで、
自分の感情に起きていることを話した。
思い返すだけで怖くなり、声には出せなかった。
「はあ…最近、似たような話を聞いた。
誰とは言わないが。
呪いがなんだ。筆談でどうにかなっているだろう。
自分の先祖がかけたから強くは言えない。
でも、友達作るな…とか、そういうことはないから。
思っていること、相手に言ってみろよ。
四方八方に愛振りまいて迷惑かけているわけではないし。
最悪、記憶を消すとかできるから」
ため息をつきながら、あっさりと話す詞音。
"記憶を消す?"
それが意味することに手が震えて、
ボードに書く文字が歪んだ。
「うん?当然だろう。
約束が守られなかった時の方法は、用意してある。
だから、頑張れ。
幼馴染として、三代を見守ってきた者として応援している。
わかったら、さっさと寝ろ」
促されるまま、布団に入る。
思いのほか疲れていて、睡魔はすぐにやってきた。
「ごめんね。ありがとう」
瞼が降りる直後、詞音は笑っていた、気がした。
翌日。
いつもの図書館。
人の気配がない空間に、その人は、いた。
僕に気がついて、ふわりと笑う。
そして、隣の席に座るよう促した。
「来週は試験だね」
その言葉にうなずく。
さっそく出てくるのは、指先で示された空欄の問題。
書いては消して、考えた跡が見えた。
「これ、わかる?」
肯定の返事を、うなずくことで返す。
雪城さんはそれに安堵したように、肩から力をぬいた。
「ありがとう」
ゆるりと微笑む表情に、思わず息をのんだ。
そして、決心する。
"試験が終わったら、聞いてほしいことがあります。いいですか?"
雪城さんはノートの端に書いた文字をみて、驚いた表情で僕をみた。
そして、一度深呼吸をした後、何かを書いた。
"聞かせてください。
私も、試験が終わったら聞いてほしいことがあります。
いいですか?"
ふと、不安そうな瞳の雪城さんと目が合った。
"ありがとう。僕も、雪城さんのお話、聞きたいです。
まずは、この問題を解くことからだけど"
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