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秘密基地
0.解放
しおりを挟む何もかもを魔法の力で解決して依存する世界。
電力で動いていた文明の利器たちは、
魔法で動かせるものだけが残った。
動作は変わらず、
魔法使いでなくても暮らしていける便利な時代。
誰かの犠牲で成り立っているらしいが、
その誰かに気にして暮らす者は少ない。
明るい兆しがない時代で、
誰もが自分の暮らしを守るので手一杯だ。
一人では苦しいばかりだと、誰かと手をとり合い助け合う道を選ぶ人もいる。
母親もその一人だ。
再婚。
今度は暴力男ではなく、優しい男だ。
母親だけでなく新しい父親も、伴侶の暴力から解放されて、
今は穏やかな暮らしを過ごしているそうだ。
それは良い。素晴らしい。
しかし、一つだけ、本当に一つだけ。
俺にとっての問題が一つだけ、ある。
「あなた?はい、どーぞ」
「…ん。美味しいです」
「よかったです。あなたのために頑張って作りました」
休日。
朝の掃除を終えて、間食にはちょうどよい時間。
毎週恒例の光景。
俺は遠慮するが、
気を遣わないでほしいと言われて、結局は同席することになる。
正直、疲れる。
隣で繰り広げられる新婚のような。
実際に新婚だが、正直なところ居心地が悪い。
俺が邪魔をしている気分に、自分勝手になっている。
両親に言えば否定されるのは目に見えている。
気を遣われるのも不快なので黙っているが、
やり場のないモヤモヤ感もそろそろ限界だ。
電話がなる。
ちょうどいいので逃げるように、呼び出し音へ出る。
「はい」
「こんにちは。草原 千です。
お休みのところ、申し訳ない。
ちょうどよかった。
蓮さんにお願いがあります。
わし、実は家を買ったんだが。
予定が変わって、しばらく住めなくなってしまってな。
代わりに住んでくれないか?」
「いいんですか!?引き受けます!すぐにでも」
「あ、ああ…ありがとう。
では、今すぐこれるか?
駅前の喫茶店で待ち合わせとうことで」
今の俺に都合が良すぎる展開だ。
困惑する叔父だが、今は言葉を選ぶ余裕はない。
早く、ここから出たい。
砂糖菓子に埋もれたような空間から、一刻も早く。
「はい。俺こそ、ありがとうございます。すぐに行きます」
電話が切れる。すぐに支度をする。
「蓮。どちら様だったの?」
「千叔父さん。俺に用事だって。
今から会うことになった。いってきます」
「気をつけて、いってらっしゃい」
「気をつけてくださいね」
約束の喫茶店。
すでにきていた叔父さんは、俺を見つけると手を振った。
「蓮さん。急な申し出を受け入れてくださり、ありがとう。
ある目的のために買ったはいいんだけれどね。
家は使ってないと傷みが早いから。
とりあえず、期間は一年間です。
ご両親には、わしから話そう。
その間に荷物の用意をお願いします」
「わかりました。俺こそ、助かります。
一人暮らし、してみたかったんですよ」
俺に穏やかな笑みを向ける叔父さん。
一人暮らしの願望も嘘ではない。
同級生にはそういう奴もいて、少し羨ましかった。
目的がなんであれ、俺に頼まれたことをするだけだ。
「良い経験になると思う。
他の学生さんも呼ぶ予定だから、完全に一人ではないけれど。
もし、誰かがきたときは、協力して暮らしてください」
「はい。もちろんです。
よろしくお願いします」
すぐに移動し、叔父さんと家へ戻る。
予定通りに事は進み、複雑な表情の両親に見送られた。
食材も買い、叔父さんの運転で目的の場所へ案内してもらう。
「荷物はここに、鍵も渡しておくから。
建物の案内は、これを読んでください。
管理人さん、お願いします」
「はい。こちらこそ、お願いします」
上機嫌に帰る叔父さんを見送り、もらった紙をみる。
とりあえず、一階へ置いてある荷物を住まいになる二階へ運ぶ。
作業を終えると、用意されてある長椅子に座る。
改めて紙を読む。
親切に周囲の地図まである。
「学校が近い」
学校から近いのは予想外だったが、嬉しい誤算だ。
一階は共有場所。
お店のような内装だった。
二階から六階は住まいで、七階は屋上。
おそらく、叔父さんの目的のためには、全て必要なものなんだろう。
「疲れた」
荷物を持って階段を何度も往復したせいだろう。
さすがに辛い。
親切に最低限度の家具や家電があるので、困ることはない。
適当に食事を作り、片付け、風呂へ入る。
すべてが静寂で、少しだけ安心した。
持ち込んだ本を読んでいると、あっという間に深夜になっていた。
初めての家で、初めて使うベッド。
目を閉じると思い出すのは家のこと。
「今頃、自由に過ごせているかな」
お手洗いへ起きると、隣の部屋から
息を殺したような艶のある声が聞こえてきた時間だ。
気を遣われていた。
おそらく、今も気を遣われている。
しかし、同居していれば気配を殺すのも限界がある。
それなりに勉強もしているので、嫌でもわかってしまう。
両親も、結局はただの男女でしかないので、分かっているつもり。
だが、親のそういう気配はできるだけ見たくなった。
一度だけ、ホテルへ行ってほしいと頼んだことがある。
それからは、ますます気を遣われるようになった。
申し訳なくて、謝った。
日に日に募る性への嫌悪感は相談する気もなかったが、
自分でもどうにかするのを諦めた。
「よかった」
ベッドの近くに置いた小さい冷蔵庫を見て思う。
父親に言うと、母親に秘密で買ってくれた。
愛し合う人たちは、幸せでいてほしい。
母親なら、なおさら。
「おやすみなさい」
考えることをやめた。
自分の暮らしに専念できるんだから。
翌日。
ベッドから起き上がるが、体が固まった。
起こっているかもしれない最悪に身構え、台所へ向かう。
が、誰もいない。
見慣れない空間に思い出す。
「引っ越したんだった」
変わった予定をうっかり伝え忘れると、
居間や台所でヤっている両親の音や気配と遭遇したことがある。
近づいたところで気づくので、見たことはない。
その日は夕飯まで冷蔵庫に向かわないようにしていた。
うっかりミニ冷蔵庫の中身を切らして降りたときに限って遭遇していたので、
渇いたままの喉で半日過ごしたのは笑い話にしよう。
「これで、水が自由に飲める」
喉をとおっていく水に、解放されたと初めて実感した。
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