幸せという呪縛

秋赤音

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秘密基地

1.予感

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叔父の家を借りて二日目だと、カレンダーをみて確認する。
今日が休日でよかったと思う。
手に持っていた水を置き、
朝食を作ろうと台所に立つと、電話がなる。

「はい」

「蓮さん。千です。
急で申し訳ないんだが、今からそちらへ人が来るので、
一階で迎えてください。
住まいは、三階に決まっています。
よろしくお願いします」

「わかりました」

「蓮さんと似たような境遇の女性です。
蓮さんとは、幼馴染と聞いています。
生活能力に問題はありません。
助け合って暮らしてください。
では、失礼するよ」

電話が切れると、同時に呼び出し鈴の音が聞こえた。
急いで一階へ行くと、よく見知った女性がいた。

「おはよう。改めまして、奏絃 咲です。
叔父さんから聞いていると思うけど、
しばらくの間、よろしくお願いします」

女神のように柔らかく微笑む幼馴染の咲は、
俺と悩みを共有する同士でもある。

「おはよう。臨時管理人の草原 蓮です。
こちらこそ、よろしくお願いします。
叔父から聞いてる。部屋へ案内するから」

「ありがとう。
両親が、夢の手伝いをしてこいって言ってたけど…意味分からない。
叔父さんには何か考えがあるみたいだけど、一人になれたから助かってるの」

一階を施錠して、目的の三階へ内階段を使って向かう。
咲の穏やかな声が何もない場所へ響いている。

「わかる。俺も助かってる。
一階まるごと一人分って、すごいよな」

「本当にね。あ…楽器の練習は一階でするから安心してね」

「え?俺は気にしないから。
三階でやればいいだろ。
音が漏れても、タダで演奏聴かせてもらってる気でいるから」

「なにそれ。
まあ、本人がそういうなら、そうさせてもらうね。ありがとう」

背中越しに聞こえる声は楽しそうだ。
部屋の鍵を開けると、そこには広い空間が広がっている。

「広い!ねえ、ここで演奏するから蓮は歌ってよ?楽しそう」

「俺が音感ないの知ってるだろ。
聴いて楽しむだけにする」

「そう?残念」

突然の無茶振りを回避して安堵した直後、一階の呼び鈴が鳴る。

「お願いしていた荷物かも。
叔父さん、面倒見が良いわよね」

「運ぶの、手伝う」

「ありがとう」

一階へ降りると、叔父さんが荷物を持ってきている。

「蓮さん。咲さん。あとは任せます」

「「ありがとうございます」」

叔父さんは、穏やかな笑みを浮かべて颯爽と去った。
荷物を運び終わると、そのまま三階で昼食作ることになった。

「簡単なのでいい?」

「いいよ。疲れたし」

お湯を入れて待つこと三分。
あっという間に食べ終えたそれらを片付ける。

「夕食はどうする?」

「よければ、まとめて作るけど?一人分って案外面倒でしょ?」

長椅子に座り、お茶を飲む。
母親同士の仲がよく、昔はこれも当たり前だった。
女性同士のえげつない愚痴を背景音楽に、
積み木や画用紙で遊んでいた記憶がよみがえる。
咲が楽器を演奏し始めると女性たちの愚痴はやんだ。
俺に歌うよう促す咲に応えて歌うと、咲はとても嬉しそうだった。

「では、お言葉に甘えて。
面倒だからな。明日は俺が作る」

「ありがとう。万年新婚って、面倒ね。
おかげで呼吸が合う素敵な演奏ができて、仕事も円満なのよね。
まあ、不仲よりは良いのよ…でも、常に傍にあると疲れるわ。
おかげで、少女漫画も女子の会話も面白くない」

不満が爆発したように、ぐったりと天井を空虚に見上げる咲。
気持ちがわかるので、気休めになりそうな言葉がわからない。

「大変だな」

「そうよ。大変なの」

深いため息をついた後、なにか思い出したように立ち上がる咲。

「叔父さんからピアノの調子を見るよう頼まれていたの。
調律師の方が来る前に、少しでも動かしてほしいんですって。
一階にあったでしょ?一緒にきて」

「わかった」

ゆっくりと階段を降りて再び一階へくる。
咲は迷わず白い布に覆われている物へ近づいた。
自然と楽器に目が向くのは、
さすが楽器屋の娘さんだと思った。
俺は、見えていても見過ごしていた。

「換気しよう?」

「そうだな」

窓を開けると、白い布が宙を舞う。
光沢のある黒い物体が現れた。
鍵盤を守る蓋をゆっくりと開けた咲は、
鍵盤の端から端までをなぞる。
澄んだ声が口ずさむ歌と共に流れ始めた懐かしい音楽。
聞いていると、そこへ心地よい中低音が重なる。
音の先を見ると、窓の向こうに青年が立って歌っている。
曲が終わると、咲も青年を見た。

「こんにちは。ごめんなさい。
懐かしかったので、つい…良い音ですね」

「ありがとうございます。楽しかったです。綺麗な声ですね」

照れたように笑みを浮かべた青年と咲は視線を交わしている。
完全に、同じ音楽を共有する二人の世界だ。

「ありがとうございます。
よかったら、また来てもいいですか?」

「借りているので分かりません。聞いてみます」

楽しそうな雰囲気は一転し、しんみりとした空気が流れている。

「借りている?誰にですか?」

「さんです」

「草原 千さん?僕、その方を知っています。
僕から聞いてもいいですか?」

「はい。いいと思います」

「わかりました。ありがとうございます」

晴れた笑みで去った青年の姿が見えなくなるまで目で追った咲。
はっとした後、再び演奏に戻る。
聞こえてくる歌声に、少しだけ切なさを感じた。
咲は、今、何を考えているのだろうか。
考えたところで分かるわけもなく、
初めて聞く咲の声を心に刻んだ。
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