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待ち合わせは物語で
3.予感
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[図書館では静かにしましょう。]
壁にはられている掲示通りに静かな空間。
先に来ていたらしい本を持つ彼と机へ向かう。
隣り合わせに椅子へ座ると、借りた折り畳み傘を返す。
すると、ノートには"ありがとう"と書かれた。
その表情はとても嬉しそうで、不思議な気分になった。
気持ち悪い。黙れ。目障りだ。
何を言っても帰ってくる両親からの言葉に慣れてきた頃、
私の喉は音を出す仕事を放棄した。
両親は困ったような顔をしたが、
難ありな子供に献身的な親を演じることにしたらしい。
外で聞く親の話は評判が上がって、
そんな両親の心労を減らせるのは私だと大人は言う。
手をかける私は、まるで悪者のようだった。
私は、勉強の世界に引きこもった。
同級生は、何故か私の家のことを知っていて、それでも変わらない態度。
結果から言うと、私にとっては救いだった。
筆談の返答にも嫌な顔をせず付き合ってくれている。
つかず離れず、
クラスメイトらしいやりとりで穏やかに授業を全て終えると、
必ず図書館へ向かう。
最近、時折だが、偶然に会う男子生徒と話すと、趣味が似ていることを知った。
同じ本を順番に借り、感想を言い合う。
両親には秘密の楽しみになっている。
自分とは違う読み方や感じ方を知ることができて、新鮮な気分になる。
彼と過ごす時間は心地よいと思う。
あっという間に時は流れ、
心地よい風は爽やかな湿りを帯びる風に変わる。
ある日の休日。
朝、両親に一人暮らしをするよう言われる。
契約は済んでいて、今日荷物を移すと言われた。
私は、言われた通りに荷物と共に移住する。
昼食後。
数字だけの表札を見ながら最小限の隣人に挨拶をして、
初めいなかった左隣へもう一度行く。
来客を知らせる音が部屋の中で鳴った後、
扉が開くと私服姿の風音さんが出てくる。
部屋からは美味しそうな香りがする。
こんにちは。
今日、隣に引っ越してきた花風 咲です。
よろしくお願いします。
用意していた紙を見せると、
風音さんは驚いた後で嬉しそうに微笑んだ。
ふと、自分のお腹が空腹を訴えた。
恥ずかしくて、つい俯く。
こんなとき、声が出せたらすぐに弁解できるのに。
「よかったら、一緒にお昼どうです?
少し作りすぎたので」
その申し出は空腹にありがたいが、
恋人でもない異性の部屋に入るのは気が引けた。
彼を信用していないわけではないし、
禁止する人は誰もいないが、
行動に移すことが私にはできない。
しかし、お腹の音は止まらない。
ここは、早く帰ろう。
ありがとうございます。でも、
帰ってすぐに食べますから。
「すぐに食べるなら…そうだ。少し待ってて」
私の返事も聞かずに慌てて部屋へ戻った彼。
戻ってくると、その手には綺麗に盛られた料理がある。
「空腹で作るのも大変だろうから、
よかったらどうぞ?」
ありがとうございます。
美味しそうな香りがする料理をお腹が求めて鳴く。
誤魔化せないし、せっかくの好意なので受け取る。
「お皿は後日でいいので返してください。
俺も食べるので、失礼します」
嬉しそうな笑みは、ゆっくりと閉められた扉で見えなくなった。
私も部屋へ戻ると、さっそく頂いた。
できたての温かさもだが、優しい味付けがお腹を満たしてくれた。
お皿を洗い、お茶を入れて椅子へ戻る。
ふと、違和感を覚えた。
つかの間のやりとりを思い出す。
私は、文字を書いていないのに言葉が通じていた。
その場には彼の声しか聞こえていない、はずだ。
違和感の正体を確かめるには、今度聞くしかない。
お茶を飲み干すと、再び洗い場へ向かう。
借りたお皿は後日、返すなら放課後の後だろう。
図書館でなくても会えると思うと嬉しくなった。
後日。
放課後に図書館で会い、同じ道を歩いて帰る。
扉の前で待ってもらうと、
急いで部屋に戻ってお礼に焼いたお菓子とお皿を持ち出る。
「これ…」
美味しかったです。
ありがとうございます。
あえて、口を動かした。
私の声は出ているのだろうか。
出ていないなら、彼は私の言葉を読んでいることになる。
「美味しかったなら、よかったです。
お菓子、いただきます」
言葉が通じた。
まるで声で話す人同士のようだ。
明るい声の彼に、紙を見せる。
私の声、聞こえているんですか?
それを見た彼が表情を変えた。
気まずそうに紙を手に取った。
ポケットから出されたペンで何かを書いている。
いいえ。口の動きを読んでいます。
両親がよく口を開閉するだけで言葉を言うので、慣れました。
さっきは、
『美味しかったです。ありがとうございます。』
ですかね?
違っていたら、ごめんなさい。
その文字は少しだけ震えていた。
彼の顔色も少し良くない気がする。
はい。合っています。
読んでもらえて助かりました。
あのとき、お腹がすいて書く余裕がなかったので。
返事を書いて見せると、
彼は安堵したように息を吐いた。
わずかに戻った顔の血色に安心する。
「よかった。
俺、用事があるのでそろそろ…
ありがとうございます」
一瞬、大切に抱えられているお菓子に視線を向けた彼。
嬉しそうな笑みに心臓が跳ね、思わず目が止まる。
彼の足音が遠くなり、扉が閉まる音で
見惚れていたことに気づく。
部屋へ戻ると、まだ落ち着かない鼓動に願った。
これ以上、何もないことを。
壁にはられている掲示通りに静かな空間。
先に来ていたらしい本を持つ彼と机へ向かう。
隣り合わせに椅子へ座ると、借りた折り畳み傘を返す。
すると、ノートには"ありがとう"と書かれた。
その表情はとても嬉しそうで、不思議な気分になった。
気持ち悪い。黙れ。目障りだ。
何を言っても帰ってくる両親からの言葉に慣れてきた頃、
私の喉は音を出す仕事を放棄した。
両親は困ったような顔をしたが、
難ありな子供に献身的な親を演じることにしたらしい。
外で聞く親の話は評判が上がって、
そんな両親の心労を減らせるのは私だと大人は言う。
手をかける私は、まるで悪者のようだった。
私は、勉強の世界に引きこもった。
同級生は、何故か私の家のことを知っていて、それでも変わらない態度。
結果から言うと、私にとっては救いだった。
筆談の返答にも嫌な顔をせず付き合ってくれている。
つかず離れず、
クラスメイトらしいやりとりで穏やかに授業を全て終えると、
必ず図書館へ向かう。
最近、時折だが、偶然に会う男子生徒と話すと、趣味が似ていることを知った。
同じ本を順番に借り、感想を言い合う。
両親には秘密の楽しみになっている。
自分とは違う読み方や感じ方を知ることができて、新鮮な気分になる。
彼と過ごす時間は心地よいと思う。
あっという間に時は流れ、
心地よい風は爽やかな湿りを帯びる風に変わる。
ある日の休日。
朝、両親に一人暮らしをするよう言われる。
契約は済んでいて、今日荷物を移すと言われた。
私は、言われた通りに荷物と共に移住する。
昼食後。
数字だけの表札を見ながら最小限の隣人に挨拶をして、
初めいなかった左隣へもう一度行く。
来客を知らせる音が部屋の中で鳴った後、
扉が開くと私服姿の風音さんが出てくる。
部屋からは美味しそうな香りがする。
こんにちは。
今日、隣に引っ越してきた花風 咲です。
よろしくお願いします。
用意していた紙を見せると、
風音さんは驚いた後で嬉しそうに微笑んだ。
ふと、自分のお腹が空腹を訴えた。
恥ずかしくて、つい俯く。
こんなとき、声が出せたらすぐに弁解できるのに。
「よかったら、一緒にお昼どうです?
少し作りすぎたので」
その申し出は空腹にありがたいが、
恋人でもない異性の部屋に入るのは気が引けた。
彼を信用していないわけではないし、
禁止する人は誰もいないが、
行動に移すことが私にはできない。
しかし、お腹の音は止まらない。
ここは、早く帰ろう。
ありがとうございます。でも、
帰ってすぐに食べますから。
「すぐに食べるなら…そうだ。少し待ってて」
私の返事も聞かずに慌てて部屋へ戻った彼。
戻ってくると、その手には綺麗に盛られた料理がある。
「空腹で作るのも大変だろうから、
よかったらどうぞ?」
ありがとうございます。
美味しそうな香りがする料理をお腹が求めて鳴く。
誤魔化せないし、せっかくの好意なので受け取る。
「お皿は後日でいいので返してください。
俺も食べるので、失礼します」
嬉しそうな笑みは、ゆっくりと閉められた扉で見えなくなった。
私も部屋へ戻ると、さっそく頂いた。
できたての温かさもだが、優しい味付けがお腹を満たしてくれた。
お皿を洗い、お茶を入れて椅子へ戻る。
ふと、違和感を覚えた。
つかの間のやりとりを思い出す。
私は、文字を書いていないのに言葉が通じていた。
その場には彼の声しか聞こえていない、はずだ。
違和感の正体を確かめるには、今度聞くしかない。
お茶を飲み干すと、再び洗い場へ向かう。
借りたお皿は後日、返すなら放課後の後だろう。
図書館でなくても会えると思うと嬉しくなった。
後日。
放課後に図書館で会い、同じ道を歩いて帰る。
扉の前で待ってもらうと、
急いで部屋に戻ってお礼に焼いたお菓子とお皿を持ち出る。
「これ…」
美味しかったです。
ありがとうございます。
あえて、口を動かした。
私の声は出ているのだろうか。
出ていないなら、彼は私の言葉を読んでいることになる。
「美味しかったなら、よかったです。
お菓子、いただきます」
言葉が通じた。
まるで声で話す人同士のようだ。
明るい声の彼に、紙を見せる。
私の声、聞こえているんですか?
それを見た彼が表情を変えた。
気まずそうに紙を手に取った。
ポケットから出されたペンで何かを書いている。
いいえ。口の動きを読んでいます。
両親がよく口を開閉するだけで言葉を言うので、慣れました。
さっきは、
『美味しかったです。ありがとうございます。』
ですかね?
違っていたら、ごめんなさい。
その文字は少しだけ震えていた。
彼の顔色も少し良くない気がする。
はい。合っています。
読んでもらえて助かりました。
あのとき、お腹がすいて書く余裕がなかったので。
返事を書いて見せると、
彼は安堵したように息を吐いた。
わずかに戻った顔の血色に安心する。
「よかった。
俺、用事があるのでそろそろ…
ありがとうございます」
一瞬、大切に抱えられているお菓子に視線を向けた彼。
嬉しそうな笑みに心臓が跳ね、思わず目が止まる。
彼の足音が遠くなり、扉が閉まる音で
見惚れていたことに気づく。
部屋へ戻ると、まだ落ち着かない鼓動に願った。
これ以上、何もないことを。
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