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待ち合わせは物語で
2.春の風
しおりを挟む一人きりの家に帰る。
高校進学を機に父親の言う通り実家から出た。
言われたときには、
名義も家賃の支払いも父親が契約を終わらせていた。
卒業するまでは自分が払う、と言っていた。
今頃は、新しい母親と楽しく過ごしているだろう。
幸せそうで、なによりだ。
俺が唯一安らげる本の世界に、新しい風が吹いている。
時折、偶然に会う女子生徒と同じ本を順番に借り、
感想を言い合うことが日に日に増えた。
新しい読み方を知ることができて、面白い。
その女子生徒は後天的にストレスで声がでないそうで、
筆談が会話の手段だ。
初めは授業ノートの隅だったが、
最近はよく会うので、勝手に専用のノートを作った。
放課後に、もし会えば、使うために。
持ち歩くようになった新しい一冊には、
空白にすら楽しさが詰まっている。
ある日。
放課後になり図書館へ向かっていると、
誰かと話している女子生徒を見かけた。
どうやら授業連絡らしく相手は声で話をして、
女子生徒はうなずいたり手ぶりで返事をしている。
相手が去ると、女子生徒は歩き始めた。
その背に、ゆっくりと近づく。
「こんにちは」
女子生徒の五歩後ろで立ち止まる。
俺の声に振り向いた女子生徒は、小さくお辞儀をした。
「今から?」
図書館の方角を手で示すと、
女子生徒はしっかりとうなずいた。
「一緒に行こう」
女子生徒が再び歩こうとすると、前方に人が通る。
その人は周囲を見ていないようだ。
ぶつかる、と思った。
「わっ」
「…!」
腕の中で喉が鳴る音がした。
「花風さん、いたの?ごめんね。
怪我は…ないみたいね」
足早に去った人は、同じ制服を着ていた。
どこかの教室の誰かだろう。
「怪我は?」
静かに首を横へ振る女子生徒、
花風さんというらしい人の反応を見て離れる。
「ごめん。驚かせたよな」
曖昧に微笑む花風さんは、図書館を手で示す。
「そうだな」
いつものように借りていた本を返し、新しい本を選ぶ。
先に座って読み始めている花風さんの向かいへ座ると、
俺に気づいたらしく視線を向けてくる。
花風さんは、何か借りたらしく鞄へ本を収めている。
俺がノートを出すと、
ペンを持った花風さんは何かを書き始めた。
そろそろ帰る時間なので、
空白が少し埋まったノートを鞄へ収めると、
窓の外から音がした。
小雨が降り始めたらしい。
鞄の中に持ち運び用の傘があることを確認する。
「これ、よかったらどうぞ」
鞄から傘を出して渡そうとするが、
勢いよく首を横に振っている。
「では、傘を持っていますか?」
この問いにも首を横へ振る。
「だったら。図書館の本のために、使って?」
すると、花風さんはメモ帳をポケットから出した。
後日返すから、名前を教えて
私は、花風 咲
見せられた紙には、
見慣れた文字がそう言っている。
俺は、風音 林
待ち合わせは、図書館で
見せられた紙を預かると、文字の下に書き足した。
それを返すと、花風さんは、
しっかりと俺を見てうなずいた。
花風さんが傘を使っていることを見届けた後、家に帰る。
あとは寝るだけにして、本を読み始めた時、
ふと思う。
互いの名前を直接聞いたのは、初めてだと。
改めて意識すると、
あのとき思わず抱きとめた腕に熱が生まれた気がした。
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