幸せという呪縛

秋赤音

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後で悔やむから後悔です

3.換わり、変わる

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夢だと、分かっている。
それでも、楽しかった思い出は、
何度見ても色褪せることはない。


「先生。分かりません」

「どこですか?」

『また機会があればお願いします』と、
表情も言葉も柔らかいのに感じる拒絶感。
その瞳に見えた何かが気になった。
だから、『家族の見舞いのついで』に会いに行く。
何度か一方的な逢瀬を重ねるうち、少女の面影がある女性が初めて名乗った。
『咲妃』と。
それから、俺は咲妃に『先生』と呼ばれるようになった。
同じ年でも初めて見る根気強さを持つ咲妃。
問題と向き合う咲妃は教えがいがあり、
時間はかかっても問題を解いていく。
教えることで教わることも多く、楽しい。
俺が学校の授業で聞いたことを話すと、咲妃は楽しそうに聞いてくれた。
『先生』から『恋人』にしてほしいと願ったのは俺だった。

「り、お…里王、先生」

「咲妃?今、俺に『先生』卒業したんだけど」

「…里王」

戸惑う咲妃に『お試しから始めよう』と提案し、
期日を迎えて恋人になれた日は個人的な記念日だ。


目を覚ますと、自室の天井が見える。
重い体を起こして身支度をする。
咲妃と一緒に聞いた医師の話を思い出しながら、学校へ向かった。

根気はいりますが、
少しずつ症状が改善していけば、日常生活が可能になるでしょう。

驚いた表情の咲妃の手は冷たかった。
病室まで送ると、特別に面会が延長された。
売店で継承を買って一緒に夕食を食べ、咲妃が眠るまで傍にいた。

放課後。
部活動でにぎわう学校を駆ける。
また、甘いお菓子を買ってみた。
そして、

「失礼します」

「どうぞ」

少しは元気になっていればいいと思いながら、
今日もドアを開ける。

「咲妃」

『やり直し』の方法を探すうち、今ある幸せを改めて思い知る。
咲妃の願いとは逆の願望は我儘だと思う。
しかし、願いを聞き入れた後悔と
自覚した我儘で行う順序が変わる。 
『やり直し』で失うかもしれない幸せ。
『やり直し』たとして、
必ず改善が約束される保証がない旅に出ようとする咲妃を止めたことに後悔はない。
あとは、咲妃が決めたことを応援するだけだ。

「里王。それ…」

定位置の椅子に座ると、袋を見せる。

「一緒に食べたいから、買った。
つき合ってくれるか?」

「そんなに、美味しかった?」

「咲妃と一緒だから、美味しかった」

「…そうですか」

咲妃は、今にも泣きそうな顔で笑った。

二人でお菓子を食べ、今度はお茶も買ってくる約束をした。
病室を出ると表面を歩く馴染みの看護師がいた。
俺を見ると愛想のいい笑顔を向ける。

「里王さん。ちょうどどよかったです」

「はい?」

「よかったら、きてください。
咲妃さんの部屋から見えますから」

「ありがとうございます」

看護師は『花火観覧のご案内』と書いてある紙を、
抱えている束から一枚とって渡してきた。
忙しそうに早歩く背を見送る。

当日。
特別面会で通された病室には、浴衣を羽織る咲妃がいた。
椅子に座ると、咲妃は照れたように微笑む。

「可愛い」

「よかった。初めて現物を見た。
看護師さんが、プレゼント…ってかけてくれた」

ふと、電気が消える。
非常灯がつくと、まもなく窓の外から音がした。
色とりどりの華が次々に瞬く光で暗い空を鮮やかに彩る。
見晴らしが良いとは思っていたが、
ここまで綺麗に見られるとは思っていなかった。

「来年は屋上で、みたい」

「そうだな」

咲妃は、窓から視線を外す。
こちらを向いている晴れやかな笑顔に、咲妃は何かを決めたんだと思う。
それが『やり直し』だとしても、俺は俺の意思で行動する。

「だから…先生が言っていた治療、一度やってみる。
『やり直し』は保留にする。
せっかく調べてくれたのに、ごめんね」

その言葉に驚いた。
しかし、憂いの無い笑みに成功を確信する。
手を強く握る咲妃の手を解き、包みこむ。
すると、身を預けるようにその指先から力が抜ける。
咲妃が頑張ったなら、俺もそれに応えたい。
決めたことを、伝えたい。

「わかった。
その花火、一緒に見ていいか?
咲妃の夫として」

「え?」

驚く咲妃は視線をさ迷わせている。

「俺、もう、咲妃がいないと生きていけない。
だから、傍にいてほしい」

「わ、私も…」

里王がいないと生きていけない、と。
身を寄せられて、小さな声で囁かれた言葉。
そのまま、そっと抱きしめる。

「咲妃。ありがとう。
俺、とても幸せだ」

私も…と、涙声の咲妃は腕の中で、幸せだと微笑んだ。
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