幸せという呪縛

秋赤音

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自己中心 ― 閉ざした世界

4.守り合う人

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桐ケ谷 夏樹は、年が同じの誰よりも早く異性の魅力に目覚めた。
誰よりもではないかもしれないが、早い方ではあったのだろう。
良い目覚めであれば、と大人になった今では思う。
違う男に平然と愛嬌を振りまく女の怖さから覚えた俺には普通の恋が難しい。
大人になって納得したが、当時は同じ年の友人と感覚が合わないことで悩んだこともあった。
今は、開き直って自分の道を歩いている。
怖いなら、関わらなければいい。
しかし、結婚を強いられているので誰かは選ばなければいけない。
ならば、俺たち不義理の生きる証を守る里栖谷家の冬華様に守られ続けたい。
普通の世界では生きていけないから。
氷のような薄青の目が俺を見るたび、安心する。
静かな夜を魅せる深紺の長い髪が俺に振り向いたときに風でなびく様に期待する。
まだ、ここにいられると。
両親が「彼女に好かれたら許す」と言った契約結婚を目標に日々を生きていた。
死ぬまで安心できる新しい居場所がほしかった。

ある日、里栖谷家が縁談をもってきた。
里栖谷家の主人になった塔夜様は、
雪景色を閉じ込めたような白銀に冷たい温度を宿して俺を見た。
ご両親の纏う色を互いに纏い、冬華様と揃えたような手入れだが同性すらも引き付ける。
煌めく儚い雪のような白銀の髪。
俺に向けて紙を渡した瞬間、揺れた肩に合わせて頬をかすめた。
絵になる、と思った。
「生きる芸術」と呼ばれている里栖谷家の魅力に納得した。
彼らが特定の誰かと結ばれることを許されないのは、
誰もが容姿の良さを己のものにしたいからだろう。
「不義理の番人」でいるにも理由があるのかもしれない。
里栖谷家の男性は、望まれれば妻でない女性とも夜を共にしなければいけない噂がある。
弟の尚人は、本気で冬華様を狙うと言ったが俺には関係ない。
俺は俺の目的で進むだけだ。
塔夜様は、紙を渡すとすぐに背を向けた。

「その方は、夏樹様と同じ考えです。
普通に考えれば愛のない契約結婚ですが、夏樹様にも都合がいいはずです。
尚人様にも、合った縁談を渡しました。
不義理の子供だから幸せになれない、なんて俺らの代でなくします。
考えて、明日までに返事をください」

颯爽と消えた塔夜様。
書いてある内容は、俺が求めていたものだった。
子を産み育てる普通の夫婦では叶わない夫婦だけの同家別居生活。
家は詩季谷家が用意した場所に住む条件だが、
暮らしの支援は里栖谷家と詩季谷家が最後まで面倒を見てくれる。
今と同じ暮らしを、結婚しても続けられるんだ。
明日を待たないで立ち去った背を追った。


結婚して数か月が過ぎた。
詩季谷 樹華は、不義理の子として隠されていた子供だった。
詩季谷家の遺伝子を求めた母親は、結婚した夫を一方的に捨てて望み通りに身ごもった。
待っていたのは、世間では死んだことにされて幽閉生活。
子を身ごもってからは一度も外の光を見ることなく、命を終えた。
樹華は父親の血をひくので残されていたが、使い道がなく困った結果の結婚だったと話してくれた。
儚い煌めきの白銀を瞳に宿し、澄んだ泉のような深い青の髪は誰もを癒す。
両親と里栖谷家に守られ育った俺を憐れむことなく普通に接してくれるのは、とても気が楽だった。
暮らしの同居人として、友人のような関係になれたのは幸いだろう。
気が向けば食事に誘い、誘った方がもてなしの用意する。

「夏樹様。晩酌の用意ができました」

「樹華。着飾ってくれて、ありがとう。
俺も用意ができた」

互いに気持ちだけ着飾り、俺が誘ったので軽い食事と酒を用意した。

「なんとなく、話をしたくなった。
聞いてくれる?」

「はい」

穏やかな声に笑みを返し、始める。

「俺は、家族に未練があるんだ――」

今でも諦めきれずに探している。
日々を重ねるほど見つからないのは、父親である桐ケ谷 冬明と似たところ。
綺麗な青い目と深緑の髪は憧れだ。
今でも思い出せるなりたかった姿を思い描いた。

幼い俺は、鏡を見るのが嫌だった。
見れば分かる母親譲りの青緑の目と、母親でも父親でもない茶の髪が嫌だった。
捨て子かもしれない俺を、父親は無視することなく呼べば応えてくれた。
母親は、帰って食事をした後も部屋で仕事をする父親に遠慮がなかった。
だいたい一人、多くて二人。
姿を見たことは無いが、音と声で父親ではない男性と愛を伝えあっていた。
父親とは、同じ部屋で寝たこともないのに。
母親の寝室と俺の寝室は近く、聞こえてくる不快な音が聞こえない日はなかった。
幼い俺は父親に辛いことを伝えた。
すると、その日から「一緒に寝よう」と言ってくれた。
一人が不安なときは、仕事の部屋にいてもいいと居場所をくれた。

「夏樹。冬明はどこ?」

「お父様は仕事だよ」

母親の姫香は、美しい人だった。
青緑の目に艶やかな黒髪。
自分を引き立てる装いを知り尽くしたような姿は、作られた人形のようだった。
女性特有の豊かな胸を惜しみなく引き立て魅せる服装を好んでいた。

「そう」

用事が終わったらしく、ドレスの裾を優雅に見せつけ去っていった。
布で覆われていない背中の肌に赤い痣を見つけた。
おそらく、一緒にいた男性のどちらかがつけたんだろう。
食事会に呼ばれた友人の話いわく、俺と似た雰囲気の女の子がいる。
有栖谷家の長女の朱音様。
母親に聞くと、親を知っているし同じ敷地には住んでいるが会うことは無いと言う。
父親は浮気をしたんだ。
当時は決めつけ、母親への裏切りに怒った。
後日、両親に秘密で有栖谷家の庭を覗き見た。
男性に綾と呼ばれた女性は、綺麗な緑の瞳に男性を映して克樹と呼んだ。
女性に朱音と呼ばれた子供は、見た目でわかるくらい両親の特徴を持っていた。
男性の声には聞き覚えがあり、茶髪は鏡越しに見る自分とよく似ていた。
浮気をしているのは父親ではなく母親だと考え始めた瞬間だった。
家に帰る途中で過ぎた来栖谷家。
庭先から聞こえる男性の声に覚えがあり、そっと覗くと見覚えのある瞳を見つけた。
父親と同じ深緑の髪の男性は、弟の尚人と同じ茶の瞳をしていた。
疑った父親への申し訳なさと、母親の行動に怒る感情と哀しさ。
感情が体を巡りながら夢中で家まで走った。
見たことに後悔を抱きながら日々を過ごした。

父親は仕事で帰りが遅い日が増えた。
「物に触らなければ、仕事部屋と寝室の出入りは続けていい」と言ってくれていた。
しばらくして、俺たちに妹ができた。
一才違いのおかげか、あまり年の上下を気にしないで過ごした。
成長しても弟は変わらない態度で妹と遊ぶ。
俺には、できなかった。
三女の七美は、かつて見た有栖谷家の女性と同じだから。
有栖谷家の男性がもたない色で俺の憧れる父親の深緑の髪と、澄んだ緑の瞳。
まるで瑞々しい葉が寄り添うように引き立て合っている。
四女の七音は、母親と同じ青緑の目と父親と同じ深緑の髪を纏う。
しかし、俺は来栖谷家の男性も父親と同じ色をもつことを知っている。
淡い期待を抱いた。
父親は不義理ではあるが、母親も大切に想っていると。
期待は外れ、三女の七美だけを連れて父親は母親の傍から離れた。
噂いわく、有栖谷家と来栖谷家の女性と親しくしている。
三家で会う機会があっても、俺は何も見ないことにした。
何をすることもできないまま、時間は過ぎるばかりだった。

学び舎を卒業した翌日の休日。
父親が仕事でいない母親は子供だけを集めた。
母親と一緒にいる男性は、有栖谷家と来栖谷家にいた人だった。
優しい笑みを浮かべる母親を愛でるような目を向ける男性たち。
母親は、俺たちを見て表情を最上級だと感じる嬉しそうな笑みに変えた。

「お母さんね、好きな人がいるの。
今は理由があって一緒にはいられないけれど、とっても幸せよ。
隠しててごめんなさい。
本当の親を紹介するわ。
七美だけは、私が生んだ子供ではないの。
お父様は冬明よ。
私は、養母としてあなたを守るから安心してね。
夏樹のお父様は有栖谷 克樹様。
尚人と七音のお父様の来栖谷 春人様。
あなたたたちのおかげで、お母さんは愛する人といられる幸せを知ったの。
ありがとう」

言いたいことを告げ終えたらしい母親は、男性を連れて場所を移った。
足音から察すると、母親の私室がある方向だった。


「―――。
母親は、とても自由な人だった。
取り巻く環境を全て使って、自分が心地よく生きる方法を選んでいたんだ。
父親は大人になった俺に謝ってきて、教えてくれたんだ。
母親とは政略結婚で、本当は母親と弟が結ばれるべきだったと。
好きでもない人に触れられるのは嫌だと、子供を作らない約束だったと。
でも、母親は約束を守らなかった。
愛する人が夫の不義理で悲しむ姿に我慢ができなくなった、と」

父親はが苦い顔で懺悔していたのを思い出す。
七美と同じ年の子供が来栖谷家と有栖谷家にいると言った。
別れる最後まで晴れた笑みで話すことは無かったが、後悔はなかった。
見送る背中を支え合う二人の女性と優しい視線を交わす父親の幸せを願った。
きっと、皆、愛する人と一緒にいる幸せがほしいだけだった。

「そう、でしたか」

「そう、だったんだ」

「皆、幸せになりたかっただけ、なんですよね」

ぼんやりと呟かれた言葉に覇気は無く、虚無を見ているような目は何もない宙を見上げていた。
同じように宙を見上げると、ふいに頬へ樹華の指先が触れた。

「一人で、泣かないでください。
生涯の友人にくらいは、少しくらい甘えてもいいと思いませんか?」

「だったら、樹華も俺に甘えるのが条件だ」

「わかりました。夏樹、頭を撫でてください」

「こう、か?」

初めての行いでゆっくりになる手で、言われたとおりに動かしてみる。
手入れが整っているのがよく分かる指通りの滑らかな髪だ。

「はい。そのまま、続けてください」

言葉が途切れても続けていると、思い出した。
母親に一度も撫でられたことがないことを。
それでも知っているのは、過去にどこかで見て知ったから。
心地よさそうに目を閉じている樹華を見るのは心地よかった。
自分たちの幸せを続けよう、と自分が自分の心に強く誓った。

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