幸せという呪縛

秋赤音

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自己中心 ― 守られた自由

3.ありがとう

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父親譲りの白金の髪と、母親譲りの薄黄の目は、見るだけで分かる血縁証明。
得意も苦手もそれなりにあったが、両親が望む勉強の成績を叶えた。
興味がある仕事よりも暮らしの安定と両親が望む仕事を選び、それなりに成果を出している。
幸いにも、今のところ暮らしに不便はない。
ここまで育ててくれた両親に感謝もしている。
緒川 一樹は、どこにでもある、普通の人生を送っている。

成人した妹の汐竜と弟の風真が結婚して家を出た。
長男が残り両親と暮らす典型の三人だけになった家は、子供の頃に戻ったようだ。
当時より滑らかになった夫婦間の空気。
互いに浮気を認め合い、すれ違いが当たり前だったころとは違う。
一度は離婚し、新しい相手と時間を過ごして別れ、再び縁を繋いだ両親。
しかし、だからこそ、発生している問題がある。
長期休暇のたびに催促される、ある意味で成人の証とも言える出来事。
求められていることは分かっている、が。
しかし、私にとっては面倒でしかない。

「一樹。そろそろ恋人に会わせてほしいわ」

「そうだ。恋と愛は人生を豊かにする」

聞き飽きてしまった。
叶えない限り聞くことになるであろう台詞。
私のせいで、親心から言わせてしまっているであろう台詞。
成績も仕事も望まれることを叶える努力はできる。
しかし、恋愛と結婚だけは無理だ。

学生の頃に二度、告白してきた女生徒とお付き合いをしたことがある。
好きになろうとした。
時間を作ろうとしたし、たまには共に外出もした。
季節の行事に贈り物は欠かさなかった。
が、二度も振られてしまった。

「私のこと、好きになる気ないよね」

哀しい顔をさせたのは、私が彼女を避ける行動をとっていたからだった。
二度振られ、友人に相談して指摘され、初めて気がついた。
彼女からの誘いを三度に一度は断っていたのを思い出す。
いかにも学生らしい理由で、相手も「しかたない」と言うような理由だった。
心のどこかで、どうせいつか別れると思っている自分がいることにも気がついた。
それから、認めてしまえばある意味で気が楽になった自分を抱えて生きてきた。

「しばらくは、仕事のことだけを考えたいから」

残った食事を手早く腹に入れ、食器を片付ける。
部屋を出ようとすると、拗ねた母親の顔が私を見た。
よく手入れがされている弟と同じ色の薄金の髪と、自分を鏡越しに見てもある薄黄の目。

「またそう言って。良い人と出会える機会を逃すわよ」

機嫌が悪くなる母親を父親は、機嫌良く無言でなだめている。
自分と同じ白金の髪に血のつながりを嫌でも実感し、
母親を慈しむ深緑の目は弟と同じ色。
今ここにいれば助かる弟は、愛妻の実家にいる。
いない者を望むほど虚しくなる。

「独身の楽しさも知っている身だが、恋愛や結婚にも良いところはある。
少しでいいから、考えてほしい」

ある意味で説得力があり、ある意味で一番に説得力がない人が言う。
母親をなだめている父親は、最愛と宣言する母親を見つめながら言う。
一度は浮気をして母親を捨て、家に生活費と教育費用を入れるだけの父親だった人が言う。
離婚して、母親と再婚するまでは独身を貫いていたと語っていた。
しかし、恋人がいなかったわけではなかった、とも話していた。
母親は、子供に父親が必要だと言って再婚し、妹を生んだ。
浮気されて離婚し、父親と再婚して弟を生み幸せそうにしている。
両親の生き方を否定はしない。
だが、私はまだ聖人にはなれない。

今は思い出に変わった出来事に感情は無くなった、当時は心が荒れていた。
幼い頃に浮気をしている両親から向けられた「邪魔だ」と言う目と態度。
「生まなければよかった」と告げられた言葉。
四歳の自分には、とても苦しい言葉だった。
五歳になり、母親についていくしか選べなかった先に待っていたのは暴力。
当たり前だろう。
今思えば、別れた相手に似ているのだから嫌にもなったはずだ。
浮気相手だったらしい男性は、私のことを邪魔扱いしかしなかった。
毎日の暴言と、服で隠れる場所には青いシミがどこかに一つはある日々だった。
痛かった。
助けてくれる人は、いなかった。
六歳の時、妹が生まれた。
両親の興味が妹に注がれたおかげで、暴力はなくなった。
お金を渡され、両親と会話することなく自分の暮らしは自分で世話をした。
母親が作った料理も、優しい笑みも、髪を撫でる手も全て妹のものだった。
新しい父親が知らない香りを纏って帰るようになると、母親はさらに私で憂さを晴らした。
どこからか前の父親が現れ、新しい父親は妹に興味すら示さないまま離婚が成立した。
七歳の時、両親が再婚し、弟が生まれた。
再婚した元の父親と母親は、過去を振り返ったらしい行動をとっていた。
私たちを同じように慈しみ育てている、らしかった。
だが、つもりの部分に両親は気づいているのだろうか。
私を見ると、苦い顔をして笑いながら会話を避けていたことを。
二番目の父親の面影がある妹を見る目が、時々冷たかったことを。
弟に甘く、気づけば一心に愛情を注いでいたことを。

恋愛をして、長く同じ人と過ごせば結婚が見えてくる。
結婚すれば子育てを望まれる。
どれも、楽しい未来が考えられないんだ。
何度考えても、誰かを愛する方法が分からない。
世間で定番の愛情表現をするだけでは足りないことを知り、
ついに出口のない迷路になった。
こんな自分では、誰かと一緒にいることは、できない。
自分の世話すら満足にできていないのに、何を生んで誰の世話をすればいいんだろうか。
分からない。
分からない。
幸いにも、世間にでた私の評価は「仕事でのみ関わりたい人」に安心している。
何故か、世話好きな誰かが私の身辺を知っていた。
いつの間にか噂になって、個人的な交流は面倒な人扱いになった。
でも、よかった。
関わらなければ、悲しませることもないのだから。


両親に背を向け、扉の取っ手に手をかける。

「今の私には、無理です」

お父様、お母様。
生んでくれて、ありがとう。
私は、私なりに精一杯で人生を行きる。
長男としては望ましくないところもあるけれど、妹や弟のことはできるだけ守るから。
両親に困りごとがあれば、できるだけ寄り添うから。
これが、私にできる感謝の示し方だから。

扉を締める直前、背後でため息が聞こえた。
会話が面倒ではあるが、無視はしない。
今の自分にできる精一杯を返すだけだ。
自室に向かいながら、頭の中で仕事のことを考える。
たまには、妹と弟も一緒に懐かしい友人と会うのもいいかもしれない。
明日より先を脳裏に描き、眠る準備を始めた。
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