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他様生
0.変わった世界に消える
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目が覚めたら、知らない世界だった。
待ち行く人々は、皆が筋肉質で。中肉中背でも、細くても、整った体つき。整いすぎている、と思った。
3日ぶりに会った彼女と夕食を終え、ホテルに入る。ベッドへなだれ込むと、互いにゆっくりと服を脱がせながら口づけを交わす。腰を境目に分かれているボディスーツに包まれた肉体をなぞれば、彼女は蕩けた笑みを浮かべる。
「いいよ。脱がせて」
胸元から出てきた小さな鍵。手を握られ、施錠がある場所へと導かれる。初めてのことに興奮した。大切な物を壊す背徳感と、自分だけが認められている特別さで、知り尽くしているはずの場所が新しく感じる。脇腹にあるファスナーと、レースと同化している鍵穴を、一緒に解錠した。すでに滴る密を眺めていると彼女は微笑む。
「ほら、貴方も」
彼女がそっと撫でた自分の下半身。衣服で隠れているが、異物を着ている。なぜか、平然と。貞操帯を付けていた。
「そ、うだな」
「今日はアタシが脱がせたい。いい?」
「いいよ」
鍵の場所を、なぜか、知っている。鍵を渡した彼女の手が、ゆったりした作りのスラックスへ触れた。露わになった自身もすでに用意はできていて。
知っているとおりに触れる。けれど、避妊は、なぜか断られた。
いや、当たり前だ。
「大丈夫。元気に産んで、美味しいもの食べよう」
「そう、だな」
懐妊で祝い金がもらえて、産んでももらえて。育てるのが難しければ、孤児院へ渡す。
自分の、彼女の行動に、記憶の当たり前に違和感を覚えた。が、快楽で流れていく。いつもの日常が壊れていく。知っている日常が過去になっていく。深くまで繋がりたがる彼女へ、何度も達しては強請る彼女へ、応じる間に常識感覚が追いつく。微笑む彼女は、まるで自分の全てを肯定しているようで、救われる。
数ヶ月後。無事に出産した彼女は産んだ母親としての最小義務期間を終えて、赤子を孤児院へ渡した。
仕事が終わった後。約束の待ち合わせ場所で会った女の顔をする彼女と、今日もホテルへ向かう。
事の始まりは、いつもの日常からだった。
いつものように電車が揺れている。
立ったまま、昨夜の疲れでうっかり寝てしまっていたらしい。
もう少しで混み合う時間だからと、犯罪の危険と冤罪に怯える。
今日も無事に目的の駅に降りるけれど、相変わらずの人混み。
信号は赤。正しく止まる群れと、群れの一部にいる自分。
見慣れたはずの風景で、見慣れない電子公告の宣伝を見つけた。
ぱっと見るだけだと下着の宣伝に見えた男女が、無表情で立っていた。ドレス姿のグラマーな女性と、スーツ姿の筋肉質な男性。下着姿に切り替わると、女性はボディスーツ姿に。男性は、ショートパンツ姿へと変わる。だが、自分の知る下着には無い小さな装置が腰に沿って付けられている。『貞操帯が軽くなりました。装置が小さくなり、オシャレな着こなしへ。』再びドレスアップされた男女は、優美に微笑んでいた。
なんだ、あれは。
おそらく数秒の広告の最後に、見慣れた日用雑貨用品会社と肌着生産会社や成人向け玩具会社が並んでいた。
初めて見るはずなのに。
なぜか、知っている。
信号が青に変わり、慣れた会社への道を歩く。
通り過ぎる店の中に、孤児院の宣伝もあった。保育園や幼稚園と同等か、超える数だった。
堕ろすより生む事を推奨され、秘密出産の案内と補助金やお祝い金制度の宣伝があった。
人類が肉体の特徴から開放されるには、得られる事よりも管理が大変で費用と危険が高い。おそらく、男性が女性と同じ費用効果で妊娠出産するのは難しい。女性が孕ませる機能を持つことも、男性と同じ量や質の筋肉がつくことも難しい。趣味嗜好は共有できても、個体差を除けば肉体の特徴は共有できていない。それでも、進むしかない。
近くには犯罪の罰と通報先の宣伝もあるが、犯罪者の遺伝子登録と監視の方が色鮮やかだった。
見慣れた建物に安心した。登録制の貸出仕事場は、転勤を減らした有り難いものだ。見慣れない社会制度の宣伝を通り過ぎ、よく知る衛生管理用の機械が動く音を聞きながら入室。
各完全個室の作業デスクだが、隣人を遮る壁は万能ではない。規則的に揺れ、不規則的に高い声が聞こえる。今日も、誰かが艷やかな息抜きをする気配を伝える。
早く仕事を終わらせて、彼女に会いたい。
煩悩混じりの愛を糧にして、与えられた出産申請書類と孤児委託書を捌いていく。
いつか、また自分も出すだろう。だが、これでいい。自分も彼女も子供の世話をしている暇はない。愛情が湧いて、また、万が一の事故や預けた先で死ぬかもしれない可能性に苦しむよりは。だから、これでいい。
待ち行く人々は、皆が筋肉質で。中肉中背でも、細くても、整った体つき。整いすぎている、と思った。
3日ぶりに会った彼女と夕食を終え、ホテルに入る。ベッドへなだれ込むと、互いにゆっくりと服を脱がせながら口づけを交わす。腰を境目に分かれているボディスーツに包まれた肉体をなぞれば、彼女は蕩けた笑みを浮かべる。
「いいよ。脱がせて」
胸元から出てきた小さな鍵。手を握られ、施錠がある場所へと導かれる。初めてのことに興奮した。大切な物を壊す背徳感と、自分だけが認められている特別さで、知り尽くしているはずの場所が新しく感じる。脇腹にあるファスナーと、レースと同化している鍵穴を、一緒に解錠した。すでに滴る密を眺めていると彼女は微笑む。
「ほら、貴方も」
彼女がそっと撫でた自分の下半身。衣服で隠れているが、異物を着ている。なぜか、平然と。貞操帯を付けていた。
「そ、うだな」
「今日はアタシが脱がせたい。いい?」
「いいよ」
鍵の場所を、なぜか、知っている。鍵を渡した彼女の手が、ゆったりした作りのスラックスへ触れた。露わになった自身もすでに用意はできていて。
知っているとおりに触れる。けれど、避妊は、なぜか断られた。
いや、当たり前だ。
「大丈夫。元気に産んで、美味しいもの食べよう」
「そう、だな」
懐妊で祝い金がもらえて、産んでももらえて。育てるのが難しければ、孤児院へ渡す。
自分の、彼女の行動に、記憶の当たり前に違和感を覚えた。が、快楽で流れていく。いつもの日常が壊れていく。知っている日常が過去になっていく。深くまで繋がりたがる彼女へ、何度も達しては強請る彼女へ、応じる間に常識感覚が追いつく。微笑む彼女は、まるで自分の全てを肯定しているようで、救われる。
数ヶ月後。無事に出産した彼女は産んだ母親としての最小義務期間を終えて、赤子を孤児院へ渡した。
仕事が終わった後。約束の待ち合わせ場所で会った女の顔をする彼女と、今日もホテルへ向かう。
事の始まりは、いつもの日常からだった。
いつものように電車が揺れている。
立ったまま、昨夜の疲れでうっかり寝てしまっていたらしい。
もう少しで混み合う時間だからと、犯罪の危険と冤罪に怯える。
今日も無事に目的の駅に降りるけれど、相変わらずの人混み。
信号は赤。正しく止まる群れと、群れの一部にいる自分。
見慣れたはずの風景で、見慣れない電子公告の宣伝を見つけた。
ぱっと見るだけだと下着の宣伝に見えた男女が、無表情で立っていた。ドレス姿のグラマーな女性と、スーツ姿の筋肉質な男性。下着姿に切り替わると、女性はボディスーツ姿に。男性は、ショートパンツ姿へと変わる。だが、自分の知る下着には無い小さな装置が腰に沿って付けられている。『貞操帯が軽くなりました。装置が小さくなり、オシャレな着こなしへ。』再びドレスアップされた男女は、優美に微笑んでいた。
なんだ、あれは。
おそらく数秒の広告の最後に、見慣れた日用雑貨用品会社と肌着生産会社や成人向け玩具会社が並んでいた。
初めて見るはずなのに。
なぜか、知っている。
信号が青に変わり、慣れた会社への道を歩く。
通り過ぎる店の中に、孤児院の宣伝もあった。保育園や幼稚園と同等か、超える数だった。
堕ろすより生む事を推奨され、秘密出産の案内と補助金やお祝い金制度の宣伝があった。
人類が肉体の特徴から開放されるには、得られる事よりも管理が大変で費用と危険が高い。おそらく、男性が女性と同じ費用効果で妊娠出産するのは難しい。女性が孕ませる機能を持つことも、男性と同じ量や質の筋肉がつくことも難しい。趣味嗜好は共有できても、個体差を除けば肉体の特徴は共有できていない。それでも、進むしかない。
近くには犯罪の罰と通報先の宣伝もあるが、犯罪者の遺伝子登録と監視の方が色鮮やかだった。
見慣れた建物に安心した。登録制の貸出仕事場は、転勤を減らした有り難いものだ。見慣れない社会制度の宣伝を通り過ぎ、よく知る衛生管理用の機械が動く音を聞きながら入室。
各完全個室の作業デスクだが、隣人を遮る壁は万能ではない。規則的に揺れ、不規則的に高い声が聞こえる。今日も、誰かが艷やかな息抜きをする気配を伝える。
早く仕事を終わらせて、彼女に会いたい。
煩悩混じりの愛を糧にして、与えられた出産申請書類と孤児委託書を捌いていく。
いつか、また自分も出すだろう。だが、これでいい。自分も彼女も子供の世話をしている暇はない。愛情が湧いて、また、万が一の事故や預けた先で死ぬかもしれない可能性に苦しむよりは。だから、これでいい。
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