輪廻の終わりで

秋赤音

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他様生

誰かが影に落ちるだけ

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産む、働く。無理なら、自分の身を売ればいい。親がそうしていたように。
だが幸いにも、今は遺伝子という武器がある。
売春よりはマシだろう。
合法で、社会貢献できて、お金がもらえる。批難されても、悪いことをしていると思ったことはない。ようやく、自己責任で選べる結果に暮らしの採算が追いつき始めたんだ。
障害の有無も、心身の性別も、既婚者も、未婚者も、どのように生産性へ貢献したか。
実力主義が評価されて、めでたい。
人間社会の終わる始まりになったとしても、社会に選ばれた結果だ。

協力者と、一部の資料を回し見る。明後日の会場と参加者を確認する。全員が子無しの独身状態。出産経験や遺伝子提供の経験者ばかりの交流会。
ケガをして働けなくなり困っている人を助ける仕事。
お互い収入を得るために、仲介するだけの仕事。

「お客様は、半々ですか。合コンできますね」
「当社は、あくまで合コン先を紹介するだけです」
「そうでした。飛び入り参加があってもいいですね?公共の場を借りていますし」
「もちろんです。公共の場なので、マナーよく使って頂ければ問題ありません」
「よろしくお願いします」

何も、知らない。
何があっても誠実に対応するだけだ。

清潔で安全で、更衣室や化粧室も綺麗になった公共のトイレや銭湯。
だが、広まった偏見のせいで周知されず利用者が少ないまま。運営者が変わる前は使っていた心身同性者と異性愛者も、今ではほとんど使わない。同性愛者や心身異性者だけでは、赤字経営から抜け出せない。ボロボロに古びたままの識別サインは、体の性別だけで判断しなくなった象徴にも思えた。
誰にでも使ってもらおうと、公共風呂やトイレの宣伝をしたい新しい管理者は試行錯誤だ。税金で管理されているから他人事ではない。
世のため人のため、格安価格で遺伝子提供の説明会を行うだけだ。

当日。いつものように事務所の机で、仕事用端末を開く。会場に選ばれた公共トイレの映像を眺めながら、異常なしを確認する。個室の中はプライバシー保護のため映らない角度で音声のみ聞こえ、画面の大半には隣接する化粧室が映される。

やや不満そうな彼女を連れた男性が、男性用トイレに入る。混む前に一番手前の個室を選び、彼女を押し込んで鍵を閉める。一般客だろう。
「気を遣う場所ね」
「まあまあ…無料で使えるんだからさ」
「まあ、ね」
どうやらお金が無いらしい。有料の性別分けトイレに行く余裕がないのは大変だ。公共トイレも女性用は混みやすい。
お金がないと、選びたくても選べない。静かに家でデートしていれば、お互い不機嫌になることもなかっただろう。

「あー、あー…てすてす」
講習会が始まった。男性用トイレが会場の参加者は、全て男性。心が男性なら、体が女性でも問題ない。
「皆様、本日はご参加ありがとうございます。内容は配った紙面通りです」
ちょうど一般客も出た。トイレの表には『清掃中』の立て札が置かれた。
ひと通りの説明を終え、参加者は休憩しようと、していた。
「ぁ…っ…はっ…ぁの…すいません。予約なしでも、いいですか?」
息を切らした女性が入ってくる。息を吐く度、豊かな胸が揺れる。走ってきたのか汗ばんだ肌と赤い頬。雨が降っていたのか、濡れた靴。体のラインに張り付き透けたワンピースも艶めかしい。
「はい、どうぞ」
体の本能には逆らえないのか、男性たちはパッと見て目をそらす。
「あっ…ありがとう、ございますっ」
女性が転倒した音と、支えようと体が当たる音がする。会場の後ろ側にいた男性の正面へ胸を押し当て、肩へ寄りかかるような姿勢で目を開けた女性。微笑んでお礼をしたが男性の変化に気づき、目を見開いて伏せる。
「すみませ「いいなぁ…ぁ、よければ資料を見せてください」
「はい、これです」
女性は、時々うっとりと男性の股間を見つめる。男性たちも講習に集中している女性を見つめる。
微妙な空気のまま、休憩にはいる。
再開され、講演者に紹介された男女一人ずつが入ってきた。そして、遺伝子提供の実演を行う。当然、採取の方法まで。血液検査や採血、精子と卵子と受精卵の提出方法まで。
実演した男女は精子と卵子の採取で、結果的に互いの性感も高めることになる。受精卵は体外受精か、一度は性交しなければいけない。
無事に採取を終えた会場は、淫らな雰囲気に飲まれたまま。参加者の股間はおそらく大変だが、あくまで自己責任だ。
一部の参加者は、化粧室で身なりを確認している。
懇親会に向かう用意をしているのだろう。
さあ、楽しいパーティを始めよう。

「あのっ」
「資料、ありがとうございました」
「いえ。はい…あのですね」
男性は、帰ろうとする女性を引き止める。
「よければ、一緒に申請へ行きませんか」
「私と?どうして、ですか?」
驚いた女性は、目を伏せながらも笑みを浮かべる。
「私は、その胸が欲しかった。今は体を受け入れて生きていますが…私なら、あなたの辛さが少しはわかる気がするので」
「ぅ…嬉しい、です…ありがとうございます」
女性に抱きつかれた男性は、鎮まったはずの下半身が再び目覚めそうになるのを堪える。
「なにか、私にできるお礼をさせてください。興味はあっても、一人だと行く勇気が出なかったので」
「い、いえ。お礼は結構ですから……っ」
女性は男性の耳元へ口を近づけた。
「大丈夫です。私も男です。男の悦ぶこと、わかります。女の体で良かったと、思いました。懇親会の後、どうですか?」
「は、い…ありがとうございます」

誰もいなくなった場所に残ったのは、最全席にいた男と同じ背丈の男装女。壁に押し付けられた男は怯えたように女性を見つめて、首を振っている。
「いいでしょう?気持ち良くなって、ナカで出すだけでいいので。体は女のままなので、ノーマルな方でも安心です」
女性はすでに性交する準備をしていたようで、下半身は無防備だ。女の蜜壺が男の貞操帯ごと飲み込もうと、音を立てながら下半身が密着する。
「いやいやいや。ノーマルとかではなく、体は大事に、ひぃいいっ…ぅくっ」
「しっかり勃起して…ぅ、ん……ぁ、はっ、んふふふっ…気持ちいい、ですねっ」
「締めるなぁっ、でるっ、でるっ…っ」
「いいですよ。たくさん、たくさん、出す練習しましょうね」


女性用トイレから出てくる参加者にも変化がある。講義の前は余所余所しかった同士が、少しだけ打ち解けていた。中には、このあとホテルへ行きそうなくらい親密になっている参加者もいる。
トイレは密室ゆえに、安全でリラックスできる場であればいい。化粧室では身なりを整えながら、気持ちも整えられる場になるといい。
だが、不穏な気配がした。帰ろうとした女性が、個室へ押し込められる。押し込んだ女装の男はすぐに鍵を閉めた。間もなく悲鳴が聞こえてきた。
「やめて、お願い…ここから出して」
「大丈夫。これでも心は女性だから、怖がらないで。せっかくの縁なので、申請する前に採取する前の練習をしましょう」
「はぃ?男の腕力も使える人に、なにがわかるのよっ…社交辞令もわからないの?怖いからっ、扉を開けてっ、ここから出してよっ、誰か助けてっ」
女性は大きな音をさせながら抵抗しているが、逃げられていない。他の参加者は、すでに立ち去っている。誰も、厄介事に関わりたくないのだろう。
「お願い、私を受け入れて?さっきは、あんなに優しくしてくれたのに…どうして、どうしてっ」
同意のないキスの音は、激しくなるばかり。力で押さえつけられたらしい女性は、貞操帯が壊されても最後まで相手を拒絶した。
だが、事件にはならないだろう。訴えても、無駄だろう。公は少数派の味方だ。
証明が難しい心の在り様まで、全てが受け入れられる社会。いつでも誰かが犠牲になって社会は回るから、今回は異性愛者や心身同性者だっただけのことだ。
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