輪廻の終わりで

秋赤音

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守られる街

呼べない音

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この街は治安がとても良い。開発が進んだ場所が増えて、旧街地と呼ばれるようになった今でも。何かあっても、すぐに警察が動く。困ったことがあれば、補助ボランティアが動く。大きな被害になる前に問題を解決してもらえるから、小さな子から老人まで安心して暮らせる素敵な街。
『ただし、両目の色が違う人には近づくな。望まれれば祝福しろ。守り人と共存することが街の近郊を守る術だ』
先代からの言い伝えが忘れ去られようとしている街で、守り人である街の管理者の末裔は静かに暮らす。


美しい夕暮れが作るブランコの影。人の気配も無くなった。影も地を覆い尽くす影と同化して、星が瞬き始めるとサヨナラのサイン。出会った頃から変わらない、寂しくて安心する悲しい時間。

「また来週。カラスさん」
「また来週」

明日、拠点を変える。少し遠い公園を探そう。
きっと、そうすれば会わなくなる。
私は、あなたに返せる何かを持っていないから。
あなたに二度目のウソをついた。



出会いは、同じ時間のある日だった。両親がそれぞれに恋人を連れ込む家。給仕を目的に引き取られ養子の私がやるべき仕事は夕方まで。夜の家に居場所はなく、中途半端にハグレる私は外に居場所もない。遠くに行く度胸もなくて、でも逃げ場がほしかった。ハルカ家に生まれる予定の子の名前は、花と風と海。真剣に考えていた団らんが温かいのは、お腹にいる命だけ。秋の私は掃除のために横切るだけで睨まれる。
だから、公に開けている公園にいる。寝袋さえあれば何とかなる。
ベンチに座って冬空を見上げていると、仕事帰りらしい装いのあなたが視界に入ってきた。同じ時間をよく通る人。名前は知らないけど顔は知ってる人は、不審に見えて声をかけるにしても度胸がある人だと思った。

「寒くないですか?」

当たり前の事を、改めて聞くのだと。寒さも暑さも慣れてしまって忘れていたけど。本来なら寒い環境だった。

「まあ。星が綺麗なので」
「星が好きですか?」

好き?あれは、害がなく無心になれるだけの煌めき。

「まあ」
「そうですか」

あなたは公園を出ていく。帰る場所がある人だから当たり前。
ベンチをベッドにして、暗闇色の寝袋ごしでも冷たい背も気温に慣れる。星を見上げていると、足音がする。よくこの時間にランニングをする人だろう。暗いから顔は知らないけど、心のなかでガンバッテネとお祈り。今日も通り過ぎるんだろう。
ではなかった。私の前で止まった。ついに命の危機か。公園だからしかたない。まあ、いいか。誰かの腕が伸びてくる。

「天体観測はいいんですが、顔だけ暗闇に浮いているみたいで怖いです」
「はい?」

ランニングする人と仕事帰りは同じ人で、度胸のある人で、変な人。
気まぐれだろうから、最初で最後だと思っていた。
誰か分かれば不思議なもので、相手も挨拶をしてくるようになった。無視をする理由もないから返事をして、仕事帰りを見送って。
名前を聞かれたから、カラスとテキトウに返す。あなたはハルアキと名乗った。
カラスさんと呼ばれ、一週間に三回はあなたのランニングの休憩に少しだけ座って他愛無い話をする。
遊具を道具に筋トレに付き合う日もあった。
端っこ同士に座るベンチ。
日ごとにあなたの温度が近くなって、心地良い沈黙も習慣になって。
「寒いです。あ、これあげます」と、ベンチの真ん中でジャレつきながら身を寄せた日もあった。もらったネックレスは宝物で、常に持っている。
「カラスさん、冷たいです」と、冷えている私の手を持って涼をとるあなたがいた。
私よりも星の伝承に詳しいようで、面白可笑しく話をしてくれる日もあった。

「見えにくいと感覚が研ぎ澄まされていいですね。カラスさん」
「そういうものですか。ハルアキさん」
「そういうものです。カラスさんもしますか?」
「結構です」
「また、来週」

本当に帰っていくあなた。
あなたは楽しそうに笑う。それだけで、温かくなる。ここが寝袋なら安眠に違いない。
少しずつ、毒されていた。
患っていると気づいたときには、遅かった。
あなたが通るかもしれない場所で星を眺める、同じことなのに、何かが違う。

うっかり家の内情を言ってしまった後のある日、あなたは言った。
「カラスさん。よければ、一緒に暮らしませんか?返事はいつでもいいです」と。「丘の上に冬夏と書きトウカと読む表札があります。空が広く星がよく見える場所に家です。住み込みで給仕をお願いするだけです」と。
返事は、沈黙で。どうせ家なんてどこも同じ。でも、必要とされるならいいかとも思った。

返事をしないまま季節は一周したある日。珍しく異性を連れたあなたが通る。絵になる景色。生き生きとした顔で難しい話をしていた。私は公園にいる無名の誰かになる。
なのに、一瞬だけ私を見て微笑むから、私はカラスになる。

「トウカさん、知り合い?」
「そう。知り合い」
「そういえば、トウカさんの家に行きたいなっ。豪邸に一人暮らしって寂しいでしょ?カリンさんが良いなら、私もいいよね?」

軽く流された話題。難しい話をするより固い声の異性のお連れ様と、柔らかな声の返事のあなた。お連れ様は私を振り返り眉を寄せていた。


あなたには良い人が、いる。
当たり前だ。
住み込みで給仕が求められたんだ。
でも、今の私にはできない。
あなたを大切にするために別れようと思った。
私はあなたに身を寄せる程に、あなたの大切な誰かを無自覚に傷つける。
『愛してる』になる前に離れよう。
『好き』なのは自分だけ。
否定されないから居心地が良いだけの依存心と、お別れしよう。


何度か拠点の公園を変えたのに、星空であなたを見送る日々は続いている。
なぜだろう。
あなたはベンチから立ち上がる。

「カラスさん。また「ハルアキさん。どうして、ここが分かるんですか」

あなたはため息をついた。座り直して、私を見た。私は、返事が怖くて目をそらす。地面だけを見る。

「気になりますよね…始めから話します。
幼い頃からの婚約者がいましたが、浮気されました。
報復に身辺調査をしていたら、相手は既婚者です。しかも、揃って堂々の浮気をしています。そして、養子がいて成人しても給仕係をさせている」
「全部知っていて、近づいたんですね」
「はい。カラスと名乗ったあなたを懐柔し、弱点を探そうとしましたが」

言葉が切れた。続きを待っていると、あなたは立ち上がる。私の前に座り、射るような目と合った。

「途中で、報復そのものに興味が無くなりました。贈ったネックレス、持っていてくれて嬉しいです。カラスさん」
「どうして、知ってるのです」
あなたは同じデザインのキーホルダーを見せてくる。片手に置かれ、手ごと包み込まれた。あなたの手は、こんなときでも温かい。
「弱点を探すのに贈ったんですが、収集される音や位置情報はある意味で有益でした。どこにいても同じ状況なら、自分がもらってもいいかなと思いまして」
「それが、報復ですか?」
「報復の手伝いなら、一緒に住んでもらえますか?」
どうしてそうなるのか、わからない。
どうして給仕のために私をそばに置こうとするのか、わからない。私でなくても、給仕だけなら困らないはず。
やはり報復。養子でも両親には違いなく、応じるべきだろうか。相談しようにも、どう言えばいい?
「そうですね。一緒に家へ行って、堂々と許可をもらってもいいですね。どうですか?」
沈黙をいいことに、まるで私は一緒に住む前提になってきていないか?
「カラスさん。ハルアキは嘘の名前です。本当は、冬夏春。トウカは本当の名字です」

ハルアキさんは、ハルさんは、秋がない人。だから、どうした。名前なんてそういうものだろう。

「秋が揃えば、寂しい家も、眺める景色も綺麗だろうと。小さい頃に、弟のカリンと話をしていて。カリンは冗談でしたが、自分は今でも探しています」

他人からすれば『くだらない』こだわりの一つ。なのに、私には、今の私には特に刺さる。

「カラスさん。今度、カリンがカラスさんに会いたいからくると言いまして。言い出すとイノシシの如くです。ごめんなさい。あ、カリンは歌う鈴です」
「ここは公園だから、いつ、誰が来ても良い場所です。謝ることはないと思いますが」
「そうですね。そうでした。では、また来週。カラスさん」
「また来週。ハルアキさん」

立ち上がって去るあなたを見送る。
カリンは弟さんだとわかって安心してしまった。
ネックレスは置いていこう。

あなたとの繋がりは、捨てた。
家から反対側までわざわざ来た。
なのに。どうしているのだろう。
知らない異性が無邪気に抱きついているのを放置する私もどうかと思うが。

「カラスさん、見つけた。あの兄さんが囲おうとしてるからどんな「カリン、あの別邸は本来出入りが禁じられているだろう」

あなたは、静かに怒っている。

「あ、あばばば。カレンは女男だけど、僕は心身ともに健全男子だよ。義理とはいえ兄さんの心配はさせてよ。聞いてて心配だったけど、元気そうな子で良かった」
「ありがとう、カリン。目的は達成できたか?」

目の前で兄弟喧嘩をしているあなたは、初めて見る顔。眺めようにも、今度はなぜかあなたに抱きしめられているから見えない。

「あの、はるあ「カラスさん。弟のカリンです。いつか一緒に歩いていたのは、カリンの姉です」

話をしようにも、二人がけのベンチは三人だと狭い。なぜかあなたの膝の上に座ることになった。「暖が取れて良いので気にしないでいい」と言うあなたは満足そうに笑うから、まあいいかと思う。
嵐のように終わった時間と「また来週」。

一人きりになった公園。
少しだけさみしい。
どうして、あなたは私の場所がわかるのだろう。
ハルアキさん。トウカ、ハルさん。
呼べない名前は、音にもならない。
背中に感じた温度は、今も残っている気がして温かい。
疲れと戸惑いは星空に預けて、寝袋に入ってようやく一呼吸できた。
少し生地が薄くなってきた寝袋に替え時を感じ、久しぶりの街歩きの予定を立てながら目を閉じた。
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