輪廻の終わりで

秋赤音

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守られる街

蓮咲く音

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『フユとハル』の種付から三ヶ月の猶予が過ぎ、妊娠していないことが確定した。
あの遺伝子を引き継ぐことに思うことがない事は無かった。育て方さえ良ければ、きっと素敵な存在になったとは思うけれど。宿らなかったことに安心している自分がいる。

あの男は、怖かった。
様々な経験はしてきたが、縛られるのは何度かあった。だが、刃物を近くに置かれたのは初めてだった。「刺激は媚薬だ」と男は鋭い眼差しで私を見下ろしていた。殺されるかと思った。歌鈴は、仕事から帰っていない。春は、公認の相手に異論は言い難い。慣れた暴力のような行為に耐え、体内で男の熱が弾けるのを感じ、繋がりが解かれて終わったことに安堵した。
翌日。書類仕事を終えて休憩しようと部屋を出ようとするが、監視役でありお見合い相手に止められる。そのまま、ソファに押し付けられて。刃物が器用にドレスだけを割いた。そっと首筋に当てられた刃先が動く度に痛かった。初めてのことで考えるより先に声が出て、気づけば衣装室にいた。いくら護身術を覚えたところで、やはり権力には抗えない。まだ、その時ではない。

暴漢は、屋敷から消えた。
今は綺麗に着飾った義妹の秋様と、婚約者になった歌鈴が傍にいる。
春が仕事か帰るのは、夜分になることが多い。
帰ってきたら、美味しいお茶を入れましょう。秋様は覚えが早くて、教えるのも楽しい。着せ替えし合うのも慣れ、心地よい時間が増えた。

仕事部屋も、一人きりではなくなった。秋様に後ろで補佐を頼み、隣には歌鈴がいる。弟で監視役にしては近い距離に不思議な感覚に慣れるのは難しいが、心地は良い。
目が合ったので笑みを返す。

「姉さ…華蓮」
「無理しなくてもいいのよ。今まで通り「いえ。僕がそうしたいので。華蓮、姉さん」
「良いわね。外では互いに名を呼ぶとして。家の中では、気が向けばそのように。家族の形が増えただけよ。今だって姉でもあるのに、寂しいわ。ねえ、歌鈴」

春は、当面の間と言った。秋様の師として、歌鈴の婚約者としていられる期限は、定まっていない。猶予期間を終えたから、婚約者としての仕事も増えるだろう。でも、怖くない。歌鈴なら、きっと、思いの話し合いを諦めなくて良いと信じられる。

「そうだね。華蓮は僕の大切な姉さんで、婚約者。今まで以上に大事にするだけだ。ありがとう、華蓮姉さん」
「ありがとう。私も、今まで以上に大事にするわ。歌鈴が家族でよかった」
「姉さん…僕も、華蓮姉さんが家族でよかった」

私の手を取った歌鈴が、指先へキスをくれた。嬉しくて、その手を引き寄せて真似をする。

「続きは、今夜…かしら?歌鈴」
「そ、う…ですね、はい」
「緊張するわ」
「僕も…でも、優しくする。怖いことがあれば、言ってほしい」

指を絡めれば、優しく握り返してくれる歌鈴。穏やかな時間が続けばいいのに。音もなく書類の分類が終わった紙束が置かれていく。秋様は、良い補佐として育っている。

「ありがとう。約束するわ」

惜しみながら手を離し、作業に戻る。
日常のティータイムも、夕食も、いつもと同じなのに、少しだけ違う。少しずつ変わっていく。優しい速さに今は救われている。

夜。監視役付きの寝室。でも、監視役は秋様だからいてもいなくなるような存在。ソファで秋様にお茶を頂き、待つ。何かあれば、今は私が守らなければいけない。
秋様は隣に立っている。歌鈴が来れば、ベッドから見えない壁の端に立ってもらう。念のため、椅子も用意してある。そのうち春が戻ってくるから、連れて行くだろう。
ドアがノックされ、声で歌鈴だと分かる。秋様がドアを開けると、歌鈴も身支度を終えた様子で入ってきた。鍵が閉められる。
秋様は、足音無く移動した。息を殺すのも自然に出来ていて、公園暮らしは修練にもなるみたい。心得を習おうかしら。
ふと、歌鈴が微笑む。

「姉さんはさらに護身術の教えを求められそうだけど?秋様も基本は無意識に身に着けてるし、恐怖心が上回らない限りはただの手合わせだね」
「歌鈴?」
「顔に書いてある。何年一緒に暮らしてると思ってるの?」
「そうね。さすがは自慢の弟だわ」

いつものように笑みを返すと、隣に座った歌鈴が私の手に触れて、指を絡めた。握り返すと、固く微笑む歌鈴の喉が鳴る。緊張しているのはお互い様みたい。少し肩の力がぬけた。

「自慢の、婚約者も加えてもらえるよう、頑張ります。華蓮、姉さん」
「もう十分に自慢しても良いと思っていますわ。歌鈴」

弟の歌鈴にはしない、感謝と、二つの意味で家族としての愛を込めて頬へキスを贈る。初めてかもしれない。必要なかったから、求められなかったから、したことがなかった。

「歌鈴。私、心を込めたキスをしたことがないかもしれないわ。だって、必要なかったんですもの」

驚いた歌鈴は、私にそっと近づいて肩を抱く。耳元で歌鈴が小さく笑う。

「奇遇だね。僕も。必要なかったので」

頬を撫でられ、顔を上げると目が合った。

「華蓮、の初めて、僕にください」
「いいわ。歌鈴の初めてを、私にくれる?」
「はい。感謝と、二倍の愛を込めて、あげます」

歌鈴は、蕩けるような笑顔で告げた。思わずつられて笑う。

「素敵ね。私も今、同じように気持ちを込めたわ」

キスは温かく、何度でも交わしたくなる気持ちがわかった。する意味を、初めて見つけた。二人目の彼は優しかったが、私はあくまで妻の代わりだったようで、いつも遠くを見ていた。そういえば、事中は顔を見たことがない。

「何を考えてる?」

少し拗ねた声。でも穏やかで、辛そうな顔。どうして、歌鈴が泣きそうなの?

「わかるの?」
「なんとなく」
「気になる?」

少し考えて、おそらく、いろんな言葉を飲み込んでいる。

「少し、寂しい」
「あとで話すわ。今は歌鈴ね」
「ありがとう」

まるで本に描かれた恋人のように、触れるだけのキスを繰り返した。ゆっくりと深くなって、胸の奥が熱くて、苦しい。
互いに素肌を晒すが、私の体は綺麗と言い難いのを思い出した。ドレスで隠せるところには傷痕だらけ。

「あまり見ないで」
「どうして?もしかして…傷のこと?」
「そう。本来なら、きっと好まれるものではないわ」
「かもね。でも、僕にとっては華蓮姉さんが頑張って生きてきた証。僕はその傷も含めて、愛したいと思う」
「歌鈴…ありがとう」

抑えが難しく、高揚する感情。
泣いてしまっても、歌鈴は許すように抱きしめてキスをくれる。
優しい触れ合いから、求めるような深く強い感触へ変わる。それでも自分本位になり過ぎない気遣いが優しく、捕まえるような鋭い目に見惚れる。
歌鈴を痛みごと受け入れたいのは私も同じで。
互いの意思と温度が巡る感覚は、離れがたくなるほど心地良いなんて。
私を見てくれている、都合の良い人形ではない私まで包まれている安心感。こんなものを知ってしまったら、知る前には戻れない。
次に他の相手をするときは、辛くて泣くかもしれない。
そっとベッドへ組み敷かれて、首筋に水が落ちる。

「確かに、泣くかもしれない」
「歌鈴?」
「僕。もう、華蓮姉さんとしかしたくない。繁殖者としては欠陥だね」

自虐的に笑う気配がした歌鈴の頬を撫で、目が合うと触れるだけのキスをする。驚いた歌鈴だが、困ったように微笑んだ。

「私も、同じだから…そのときは一緒に罵られるわ」
「華蓮姉さん…相手を変えなくていいよう、お願いしよう。一緒に」
「そうね。そうしましょう」

慣れているはずの愛撫もなぜか心地よく、心から続きを願って溺れた。意味もなく、ナカで何度も果てることを許してしまう。
戸惑いながらでも、求めてしまう。
これが恋なら、毒性が強すぎる。確かに病と呼ぶに相応しい。

朝、温かさで目が覚めると歌鈴の腕に抱かれていた。

「おはよう。華蓮、姉さん」
「おはよう。歌鈴」

掠れた声に心臓が跳ねた。ふと、事中を思い出してお腹の奥も熱くなる。
気づかれたのか、そっと腰を撫でられた。甘く電流が走った感覚に力が抜け、悲鳴が出そうで、飲み込んだ。

「我慢しないで。華蓮姉さんの全てを、僕は受け入れる。僕も、我慢しないけど」

昨夜の名残が熱る体は、組み敷かれることを受け入れ、歌鈴がくれる愛撫に反応を返す。撫でられて、心地よい。自分から誘うように擦り寄せる。欲深い覚えはなかったのに、初めてのことで驚く。

「歌鈴っ、でも、…っ朝。食事…ぁあっ、指、気持ち良い…歌鈴に触られるの、気持ち良いわっ」
「僕も、華蓮姉さんに触られるの…良すぎて、繋がりたい…受け入れてくれる?」

押し当てられた男の証に体の奥が震えた。トロリと受け入れる準備までしている。心も体も、歌鈴のことしか考えられなくなりそう。怖いのに、ほしい。

「少し、だけ。仕事もあるから…ぁんっ、んぁ…はっ、ぅ、んっ…歌鈴の、熱い…っ」
「姉さんが、僕を熱くするんだ。僕が華蓮姉さんを熱くするように、ね」

歌鈴を受け入れると、簡単に絶頂までが近い。天が見えない空へ上り続けるよう。
自分からも求めて、歌鈴からも求められ、やめ時が見えなくなる。
異常事態だとわかっているが、心地良くて逃げる気が起きない。

「あぁああっ、んんっ…は、ぁあっ、とまらないっ、歌鈴っ、歌鈴んっ、とめてっ、イかせてっ、歌鈴でイきたいぃいっ」
「華蓮、姉さんっ…僕も、僕もぉっ」
「ぁあっ、いいわっ、一緒に…一緒にぃっ」

歌鈴が私の体内で動いている。もし命が宿ったなら、名を考えて幸せを願うくらいはいいだろうか。

「…っ、………っ、……っ、はぁ…っ」
「ぁ………っ、…は、ぁ……っ……っ」

歌鈴は、惜しむようにキスをくれた。触れるだけを繰り返して、私を強く抱きしめる。温かい。抱き返せば、耳元で嬉しそうに笑った。

「ねえ。華蓮姉さんが何度も選んでいた唯一の人は、珍しく優しい人だったよね。僕達にも優しかった」
「そうね。優しい人だった。私はおそらく愛妻の代わりだったけれど。歌鈴と春のことも気にかけてくれて…生きる術も教えてくれたから、師匠、かしら?」
「師匠。確かに…僕も、姉さんには秘密の勉強を教えてもらったことある」
「え?なにを?」

ふと、まだ繋がっているナカに圧迫感が戻る。なにが、こうさせたのか?わからない。が、見上げる歌鈴は遠くを見て悔しそうに、でも澄んだ笑顔を浮かべている。

「歌鈴?」
「僕は、僕の人生をかけて華蓮姉さんを幸せにしたい。一緒に、幸せになりたい。そのために、勉強も武術も頑張ったんだ」

抱き起こされて、歌鈴の足の上で向き合うように抱きしめ直される。体の奥深くまで一つになって、苦しいのに、気持ち良い。

「あっ…武術?んっ…っ、護身術では、なくて?いつの間に…っ?」
「男同士の秘密の約束ってやつだから、姉さんにも秘密。ね、動いてもいい?華蓮姉さん」

耳元で囁かれて、体中が震えた。戻った理性は再び星になって消えていく。

「動いて、いいわっ…歌鈴の自由に、して…あっ、ふぁっ、ぁああんっ」
「華蓮、姉さん。僕は、たぶん、ずっと…自覚はしてなかったけど」

歌鈴に下から強く突かれて、揺さぶられて、熱くて、気持ち良くて、ずっと快楽に浮いている。途切れる意識が歌鈴を見失いそうになって、縋りついても許されて、与えられて、気が狂う。壊れる。新しい関係で言葉を交わし、目線が重なり、抱かれるたびに、変わっていく。歌鈴は弟で、いつも私の近くにいる家族で。歌鈴、歌鈴、歌鈴。離れるなんて、考えたこと、なかった。お見合い相手ではなくて、婚約者の歌鈴。傷だらけの私でも良いと言ってくれた歌鈴。弟だけの時より大切にするから、一緒にいてくれる?どうすれば、一緒にいられるの?歌鈴、歌鈴、歌鈴。ねえ、歌鈴。

「歌鈴っ、ずぅっと、一緒、に、い、てね…っ」
「華蓮、姉さ、んっ………っ……っ」
「ぁ、歌鈴っ、あぁっ、んあぁああっ……っ」

熱い。熱い。ゆっくりと穏やかになっていく快楽ごと包まれる。歌鈴が近い。確かめようと、頬を撫でる。首筋を撫でる。

「姉さん。華蓮、姉さん…ずっと、大切な家族でいるからね。大好きだよ」
「歌鈴。大切な家族…ありがとう。私も大好き」

少し、眠っても許されるだろうか。少し、少しだけ、疲れた。恋も愛も相手に同じを願うのは、怖い。もう、今より変わりませんように。また目覚めても、歌鈴が大切な家族でいてくれますように。



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