代償 ー願いの対価ー

秋赤音

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3.願い

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幼い深紅の瞳は、西天使の薄紅に自身が映らないことを内心で嘆く。
近くにいたはずの母親のように、手際よく異性を魅了するはずだった。
気づけば母親は知らない褐色肌の男性と密着し楽しそうに踊っていた。
母親の細く白い指先が男性と絡み、綺麗な濃淡がピタリと層を作って重なる。
そして、男性に連れられて人の気配が少ない方へと歩いていく。
羨ましい。
最高の手本だった。
私も、お母様のように在りたい。だが、西の天使は私を見ない。
無視はされないが、家族の虫除けに気を張っているらしい。
同じ顔をした麗しい幼い淑女は、表情が無い。
静かに佇み、彼に守られている。

「ねえ、天使と呼ばれる者同士、仲良くしましょう?」

ニコリとすることなく、瞬きもしない西の天使だが、立っているだけでも様になる。
残酷な程キレイだった。

「紅天使様。あなた様には、僕よりも相応しい方がいると思います」

「そんなこと…ぇ」

ダンスに誘うため、周囲に目を向けるとエリスが誰かと踊っている。
恋人と踊るような、甘くとろけた眼差しを向けられて。
腹の底が燃えた。
どうして、どうして

「どうしました?…妹姫様が、気になりますか」

彼が初めて興味をもってくれた気がした。
使えるものは使わないと惜しい。

「はい…心配です」

「どうすれば、安心しますか?」

「相手の方を知れば安心します」

彼は薄紅の瞳を細めた。初めて表情を変えた。
そして、微笑む。美しい様に見惚れた。

「よければ、手伝います。彼なら少し知っているので。シラハ、行こう」

「はい。お兄様」

ちょうど踊り終えた妹に近づいた彼は、談笑を始めた。
そして、私に気づいたように呼んでくれた。

「紅天使様は、一人ではありません。お兄様。
察して誘うのは嗜みだと教えてくれたことありますよね。レイヤ先生」

「そうだった。反省する。申し訳ない。
俺と踊ってくれますか?お姫様」

妹は、彼の隣から動かない。何を考えているのか、じっと見つめていた。

「はい」

差し出された手をとって踊る。
身を寄せられ、興味はないはずなのにドキドキした。
優美な音楽は遠く、触れている手と感じる熱い温度に眩暈がする。

「意外だった」

耳元にかかる吐息に驚く。

「ぇ?」

「貴女様は、彼を狙っているように見えたから」

「それは…そう、だけど」

「彼の気をひくために俺を使う?腹違いとはいえ弟だからね」

くすり、と笑った。
手段としては有りえるが、使いこなせるか不安だ。
全部を見通してバカにされている気分になった。

「あなた「レイヤ」

「レイヤ、様」

「レイヤ」

その声は甘く、思考を溶かしていくようだった。
今は譲る気配がない相手に合わせることにする。

「レイヤ…っ!」

急に強く抱き寄せられて、首筋を温かな何かが掠めた。
相手の指先だと気づく頃には肩に戻っていて、でも、熱い。

「なにを…「期待してそうだったから、嫌だった?」

そう、だが相手が違う。
しかし、見透かされている。居心地が悪いのに、嬉しくなる自分もいる。
どうしていいかわからない。
泣きそうだが、今は人前だから我慢する。

「…っ、違う…っ」

「そうか。残念」

寂しそうで色っぽい声にドキドキした。
踊り終えると、彼は柔く甘い笑みを残して会場から消えていた。

目的が果たせないまま舞踏会が終わった。
眠る直前、レイヤ様を思い出す。
あの声で名を呼ばれたい。
ブランカ、と。
どうして名乗らなかったのだろう。
熱い指先に触れて、唇を重ねて、それから。
ふと、お腹の奥がじくりと疼く。
違う。
ほしいのは、美しい白亜の天使。ハクト様
違う。
いえ、違わない。
思い出そう。
あの慈悲の美しい笑みが私だけに向けられるように。柔く甘い笑みが私だけを向くように。

「…っ、レイヤ、様…っ」

体は漆黒の悪魔を求めて疼き痛む。
そうよ。利用すればいい。
美しい白亜の天使ハクト様を得るために、漆黒の悪魔レイヤ様を使えばいい。
処女さえ守れば、どうとでもなる。
想像するだけで意識が白み、お腹の熱が弾けて溢れだす。
ほしい、もっと、あの声に求められたい。

「ぁ…っ、う…く、ぅんんっ、…は、ぁ…っ」

苦しい。
慰めるのも辛く、眠ることにした。
夢は願望を隠すことなく暴き、求めれば叶うかもしれなかった熱を身に受ける。
しかし、夢は夢でしかない。
翌朝になっても、笑った声が、艶のある囁きが耳に残って離れなかった。
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