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同じ傘の下で
1.守りたい人
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シア・ギルテは、サンルーナ国の商人貴族だった。
家名が無くなり、オーウィン国の平民になっても六男が見る景色に大きな差は無い。
むしろ、形だけの何かが無くなって少し、いや、かなり気楽になった。
一点の曇りとなっている後悔を除いて。
だが、唯一の後悔も偶然の再会で晴れた。
実験の協力という、実質あ断れない巡り合わせは僕にとって幸いだった。
もう二度と、ただ守られるだけでいなくていい。
傷を負った体を抱き上げても、もう咎める者はいない。
目の前で傷を負う前に、自分よりも華奢な背中と小さな手を、堂々と守ることができるから。
偶然の逢瀬から一年が過ぎ、偶然にも再会した舞踏会。
その後、実験のために夫妻となって子を成す命令がされた。
珍しく見送りに、しかも満面の笑みで僕を送り出す両親への違和感の回答だろう。
おそらく、彼らは知っていた。
対価の中に協力金があったが、今頃一部を手にして歓んでいるだろう。
売られた。
すでに跡取りが決まり、問題なく生きている家の六男らしい末路。
自分たちが生き残るための手段に選ばれてしまった。
過去の自分なら気にしていたことだが、今は目の前にいる可憐な護衛のおかげで心穏やかだ。
伝える気も、機会もないが、売ってもらえたことに感謝している。
雇われ護衛から無関係者に、そして妻になったリディ。
買い物の途中、揃って小さく鳴った腹の音に従い、近くにある店を選んだ。
美味しそうに食事を食べている姿に思わず顔が緩む。
「シアさん?」
口にいれたものをのみこんだリディが僕を見た。
全てを無にする澄んだ白い目が、緊張感の無い柔らかな眼差しで自分を映している。
こてんと首を傾げ、新緑を閉じ込めたような髪が揺れた。
幸せだ、と心から思う。
「美味しいですか?」
「とても。そちらの食事も気になります」
じっと目を輝かせて皿をみるリディの方へ、少しだけ皿を寄せた。
個別に出されたそれぞれ好みの料理を分け合い、他愛ない言葉を交わす。
家名があるときにはできなかった。
主人の命令では意味がなかった。
「交換です。そちらの料理をここに、少しだけください」
「はい。ありがとうございます」
手際よく、美しく皿に盛られた料理。
作業が終わった合図に寄せられた皿を眺め、受け取る。
会計は自分、主人と呼ばれるのも自分。
他者から見れば家名があるときと同じだが、自分の中では根底から違う。
立場が違えば、全てが違う。
主従だったからもどかしかった苦い思い出も、今だから一緒なら楽しく分かち合える。
主従でないから、と言い聞かせても直りきらない様付けすら愛しい。
店を出て、買い物の続きをするために歩く。
後ろではなく、隣にいるリディと一緒に。
「「どちらも、美味しいですね」」
目が合うと、出た言葉に笑みがこぼれた。
すると、リディがとても楽しそうに笑みを深くするから、つられて頬が緩む。
「でしたら、どちらも、今度、家で作りますね。
同じにすることは難しいですが」
「近づけることはできるかもしれません。
僕も手伝います」
「ありがとうございます。
楽しみですね」
空になった皿の数だけ増えていく思い出。
一人で後悔を煮詰めていた時間も、いつか、少しくらい優しい色に変わるだろう。
リディと穏やかに、のんびりと過ごせるように、今とこれからを見ながら歩こう。
「僕も、楽しみです。
リディ、愛しています」
「シアさん?わ…私も、ぁ、愛して、ます」
不意に手を繋がれ、照れたのだと分かる赤い耳。
さらに、潤んだ目と目が合った。
ここが道中でなければ、抱えてベッドに連れていたかもしれない。
夕食を抜くことはしないが、リディが自らの足で歩いていたかは約束できない。
繋がった手をひき、リディの体を寄せて、無防備な頬に口づけた。
家名が無くなり、オーウィン国の平民になっても六男が見る景色に大きな差は無い。
むしろ、形だけの何かが無くなって少し、いや、かなり気楽になった。
一点の曇りとなっている後悔を除いて。
だが、唯一の後悔も偶然の再会で晴れた。
実験の協力という、実質あ断れない巡り合わせは僕にとって幸いだった。
もう二度と、ただ守られるだけでいなくていい。
傷を負った体を抱き上げても、もう咎める者はいない。
目の前で傷を負う前に、自分よりも華奢な背中と小さな手を、堂々と守ることができるから。
偶然の逢瀬から一年が過ぎ、偶然にも再会した舞踏会。
その後、実験のために夫妻となって子を成す命令がされた。
珍しく見送りに、しかも満面の笑みで僕を送り出す両親への違和感の回答だろう。
おそらく、彼らは知っていた。
対価の中に協力金があったが、今頃一部を手にして歓んでいるだろう。
売られた。
すでに跡取りが決まり、問題なく生きている家の六男らしい末路。
自分たちが生き残るための手段に選ばれてしまった。
過去の自分なら気にしていたことだが、今は目の前にいる可憐な護衛のおかげで心穏やかだ。
伝える気も、機会もないが、売ってもらえたことに感謝している。
雇われ護衛から無関係者に、そして妻になったリディ。
買い物の途中、揃って小さく鳴った腹の音に従い、近くにある店を選んだ。
美味しそうに食事を食べている姿に思わず顔が緩む。
「シアさん?」
口にいれたものをのみこんだリディが僕を見た。
全てを無にする澄んだ白い目が、緊張感の無い柔らかな眼差しで自分を映している。
こてんと首を傾げ、新緑を閉じ込めたような髪が揺れた。
幸せだ、と心から思う。
「美味しいですか?」
「とても。そちらの食事も気になります」
じっと目を輝かせて皿をみるリディの方へ、少しだけ皿を寄せた。
個別に出されたそれぞれ好みの料理を分け合い、他愛ない言葉を交わす。
家名があるときにはできなかった。
主人の命令では意味がなかった。
「交換です。そちらの料理をここに、少しだけください」
「はい。ありがとうございます」
手際よく、美しく皿に盛られた料理。
作業が終わった合図に寄せられた皿を眺め、受け取る。
会計は自分、主人と呼ばれるのも自分。
他者から見れば家名があるときと同じだが、自分の中では根底から違う。
立場が違えば、全てが違う。
主従だったからもどかしかった苦い思い出も、今だから一緒なら楽しく分かち合える。
主従でないから、と言い聞かせても直りきらない様付けすら愛しい。
店を出て、買い物の続きをするために歩く。
後ろではなく、隣にいるリディと一緒に。
「「どちらも、美味しいですね」」
目が合うと、出た言葉に笑みがこぼれた。
すると、リディがとても楽しそうに笑みを深くするから、つられて頬が緩む。
「でしたら、どちらも、今度、家で作りますね。
同じにすることは難しいですが」
「近づけることはできるかもしれません。
僕も手伝います」
「ありがとうございます。
楽しみですね」
空になった皿の数だけ増えていく思い出。
一人で後悔を煮詰めていた時間も、いつか、少しくらい優しい色に変わるだろう。
リディと穏やかに、のんびりと過ごせるように、今とこれからを見ながら歩こう。
「僕も、楽しみです。
リディ、愛しています」
「シアさん?わ…私も、ぁ、愛して、ます」
不意に手を繋がれ、照れたのだと分かる赤い耳。
さらに、潤んだ目と目が合った。
ここが道中でなければ、抱えてベッドに連れていたかもしれない。
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