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82. 捨てられぬ思い (2)
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「まあ、かわいい」
みんな思ったはずの気持ちを言葉にしたのは胡蝶さんだった。
「枝に雪が積もるように小さな花が次々と咲いていきます」
飛田さんが説明をする。
「香りは微弱ですが、満開になるとスッキリとした匂いが鼻先でわかるくらい匂うはずです」
「満開が楽しみだわ。満開になったらお知らせするわね。ね、会長、みふゆちゃん」
「五分咲きくらいでもう一度見てぇな。そんときにも知らせてくれや、飛田」
「わかりました」
「また一緒に見にこようぜ、な?」
組長先生がわたしの頭にぽんと手をおいた。
「はい、楽しみにしています」
雪のように枝に咲くバラ。
スッキリした匂いか。どんな感じなんだろ。
冬の匂いかな。わたしの好きな。
わたし達は他にも研究中というバラを何種類か見せてもらった。
ハウスの外のバラ園に、他のベルばらシリーズがあるそうで、わたし達はそちらに移動することになった。
組長先生が足を止めた。
何かをじっと見ている。
「ここにあったのか・・」
胡蝶さんが気づいて、組長先生に返事をした。
「ええ、病気に弱い品種みたいで、室内栽培のほうがきれいに咲くわ。個人で品種改良して作ったバラじゃないかしら?病気には弱いけど、とても香りのいいバラよ」
「ああ、昔、トラックで売りに来てた奴がいてな、そいつから何鉢か買って庭に植えたんだ・・。そうか、・・大事に面倒見てくれてたんだな」
「当たり前よ。会長の大切なバラですもの」
組長先生はただじっと見ている。
うっすらとした柔らかなオレンジピンクのバラ。
胡蝶さんはわたしを手招きして、わたし達は先にハウスを出た。
ハウスには組長先生が一人残っている。
きっと大切な想い出のバラなんだろう。
それだけはわかる。
誰にでも触れられたくない大切な想い出がある。
それは組長先生も同じ。
大きなハウスの後ろ側にはバラ園があった。
イングリッシュガーデンとは違う、バラがメインの庭だった。
「規模は大きくないけどイングリッシュガーデンにはないバラがあるわ」
ハウスにはなかったフェルゼン伯爵とロザリー ラ モリエールが咲いている。
「ハウスにあったベルばらシリーズもこちらに移す予定なのよ。会長が来るまでガゼボでお茶をのんでましょうか」
胡蝶さんが微笑んだ。
惣領貴之がバラの前でじっとしていた。
京司朗は声をかけるのを一瞬迷ったが、「会長」と声をかけた。
貴之は「おう、どうした」と振り向かずに答えた。
「境家の話がまとまりました。今しがた三上から報告がきました」
「そうか、これでいろいろやりやすくなるな」
「はい」
「みふゆにバラを選んでてもいいぞと伝えてくれ」
「わかりました」
貴之は一度も振り向かなかった。
泣いているのではないかと京司朗は思ったが、貴之の心に触れることはしなかった。
京司朗は貴之の後ろ姿に一礼すると、静かにハウスから出て、バラ園に向かった。
再び独り残された貴之はポツリと呟いた。
「男ってのはどうしようもねえ生き物だぜ。なあ?弥生・・」
バラを目の前に貴之は涙していた。
貴之の妻だった、ただ一人の女性が育てていたバラ。
惣領 弥生 享年25歳。
胎児を宿したままの急逝だった。
庭の中の休憩スペースになっているガゼボには、テーブルと椅子、お茶とクッキーの用意がしてあった。
「会長が来るまでここでバラを楽しみましょう」
「奥様、僕はリハビリがあるのでここで失礼します。お嬢様、ごゆっくり楽しんでください」
わたしは「ありがとうございます」と言い、互いに会釈しあって、飛田さんはバラ園から出ていった。
それにしてもお嬢様という言葉は慣れない。
飛田さんと入れかわりに若頭がやってきた。
わたしに『バラを選んでていい』と組長先生からの伝言を携えていた。
「京司朗、お前も座りなさい」
「はい」
若頭に対する話し方を聞くたびに思う。
・・・胡蝶姐さん。
胡蝶さんはお茶を入れながら、若頭に
「境家の土地はどうなったの?」
と尋ねた。
「まとまりました。境家の田畑、山、すべて惣領家で引き取ります」
「そう、よかったわ。これで松田家と惣領家の山が繋がる形になったわね」
「はい。何かと便利になります」
「・・・」
わたしにはよく分からないが、なんか便利なんだろうな。
「林業も事業のひとつですからね」
若頭がわたしを見て言った。
「?!」心を読まれた!!
「別に心を読んだわけではないですよ」
「!」やっぱり読まれた!!
「いえ、そんな表情をしてたので」
若頭は涼しい顔をしている。
彼にとっては普通のことなのか。
この人のそばにいるときは気をつけよう。
家に帰ったら無表情の練習する。
組長先生がハウスから出てきて手を振ってる。
わたしも振り返した。
「俺にも茶をくれ」
いつもと変わらぬ振る舞いの明るい声。
だからわたしは、少し赤みを帯びた眼には気づかないふりをした。
「まあ、かわいい」
みんな思ったはずの気持ちを言葉にしたのは胡蝶さんだった。
「枝に雪が積もるように小さな花が次々と咲いていきます」
飛田さんが説明をする。
「香りは微弱ですが、満開になるとスッキリとした匂いが鼻先でわかるくらい匂うはずです」
「満開が楽しみだわ。満開になったらお知らせするわね。ね、会長、みふゆちゃん」
「五分咲きくらいでもう一度見てぇな。そんときにも知らせてくれや、飛田」
「わかりました」
「また一緒に見にこようぜ、な?」
組長先生がわたしの頭にぽんと手をおいた。
「はい、楽しみにしています」
雪のように枝に咲くバラ。
スッキリした匂いか。どんな感じなんだろ。
冬の匂いかな。わたしの好きな。
わたし達は他にも研究中というバラを何種類か見せてもらった。
ハウスの外のバラ園に、他のベルばらシリーズがあるそうで、わたし達はそちらに移動することになった。
組長先生が足を止めた。
何かをじっと見ている。
「ここにあったのか・・」
胡蝶さんが気づいて、組長先生に返事をした。
「ええ、病気に弱い品種みたいで、室内栽培のほうがきれいに咲くわ。個人で品種改良して作ったバラじゃないかしら?病気には弱いけど、とても香りのいいバラよ」
「ああ、昔、トラックで売りに来てた奴がいてな、そいつから何鉢か買って庭に植えたんだ・・。そうか、・・大事に面倒見てくれてたんだな」
「当たり前よ。会長の大切なバラですもの」
組長先生はただじっと見ている。
うっすらとした柔らかなオレンジピンクのバラ。
胡蝶さんはわたしを手招きして、わたし達は先にハウスを出た。
ハウスには組長先生が一人残っている。
きっと大切な想い出のバラなんだろう。
それだけはわかる。
誰にでも触れられたくない大切な想い出がある。
それは組長先生も同じ。
大きなハウスの後ろ側にはバラ園があった。
イングリッシュガーデンとは違う、バラがメインの庭だった。
「規模は大きくないけどイングリッシュガーデンにはないバラがあるわ」
ハウスにはなかったフェルゼン伯爵とロザリー ラ モリエールが咲いている。
「ハウスにあったベルばらシリーズもこちらに移す予定なのよ。会長が来るまでガゼボでお茶をのんでましょうか」
胡蝶さんが微笑んだ。
惣領貴之がバラの前でじっとしていた。
京司朗は声をかけるのを一瞬迷ったが、「会長」と声をかけた。
貴之は「おう、どうした」と振り向かずに答えた。
「境家の話がまとまりました。今しがた三上から報告がきました」
「そうか、これでいろいろやりやすくなるな」
「はい」
「みふゆにバラを選んでてもいいぞと伝えてくれ」
「わかりました」
貴之は一度も振り向かなかった。
泣いているのではないかと京司朗は思ったが、貴之の心に触れることはしなかった。
京司朗は貴之の後ろ姿に一礼すると、静かにハウスから出て、バラ園に向かった。
再び独り残された貴之はポツリと呟いた。
「男ってのはどうしようもねえ生き物だぜ。なあ?弥生・・」
バラを目の前に貴之は涙していた。
貴之の妻だった、ただ一人の女性が育てていたバラ。
惣領 弥生 享年25歳。
胎児を宿したままの急逝だった。
庭の中の休憩スペースになっているガゼボには、テーブルと椅子、お茶とクッキーの用意がしてあった。
「会長が来るまでここでバラを楽しみましょう」
「奥様、僕はリハビリがあるのでここで失礼します。お嬢様、ごゆっくり楽しんでください」
わたしは「ありがとうございます」と言い、互いに会釈しあって、飛田さんはバラ園から出ていった。
それにしてもお嬢様という言葉は慣れない。
飛田さんと入れかわりに若頭がやってきた。
わたしに『バラを選んでていい』と組長先生からの伝言を携えていた。
「京司朗、お前も座りなさい」
「はい」
若頭に対する話し方を聞くたびに思う。
・・・胡蝶姐さん。
胡蝶さんはお茶を入れながら、若頭に
「境家の土地はどうなったの?」
と尋ねた。
「まとまりました。境家の田畑、山、すべて惣領家で引き取ります」
「そう、よかったわ。これで松田家と惣領家の山が繋がる形になったわね」
「はい。何かと便利になります」
「・・・」
わたしにはよく分からないが、なんか便利なんだろうな。
「林業も事業のひとつですからね」
若頭がわたしを見て言った。
「?!」心を読まれた!!
「別に心を読んだわけではないですよ」
「!」やっぱり読まれた!!
「いえ、そんな表情をしてたので」
若頭は涼しい顔をしている。
彼にとっては普通のことなのか。
この人のそばにいるときは気をつけよう。
家に帰ったら無表情の練習する。
組長先生がハウスから出てきて手を振ってる。
わたしも振り返した。
「俺にも茶をくれ」
いつもと変わらぬ振る舞いの明るい声。
だからわたしは、少し赤みを帯びた眼には気づかないふりをした。
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