【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

文字の大きさ
120 / 278

120. 女神 (4) 遭遇

しおりを挟む
.




熊が威嚇の唸り声をあげている。
矢口の指先に力が込められた。

京司朗と高城が身構える。

最初に異変を感じたのは矢口だった。
熊が威嚇を解き、周囲を気にし始めたのだ。

京司朗と高城も野犬の動きに疑問を持った。

野犬達も熊と同じく、周囲を気にして後退りを始めたのだ。

野犬の先頭に立っているシェパードとドーベルマンが何かに向かってしきりに吠えている。

「まだ何かいるのか?」
京司朗が言うと、
こえぇこと言わないでくださいよ仙道さん」
高城が口元を少しあげて笑って言った。

犬は吠え続ける。
吠え続ける犬の声に混じって、音が聞こえた。


リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・

リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・


「なんだ?なんの音だ?」
高城が周囲を見回した。
音が近づいてくる。


リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・

リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・


「鈴・・?」
京司朗には聞き覚えのある音色だった。

━━━━神楽舞の鈴の音に似ている

九歳だった京司朗を引きとったのは、代々続いた神社の仙道家だった。仙道家は、惣領家の神社だ。仙道家の子供として暮らすようになってから、神事での神楽舞を目にすることが度々あった。
巫女として選ばれた少女や女性が舞う巫女舞はいとも神秘的ではあった。ただ、京司朗は神にも仏にも興味がなかった。神秘的であっても、深く関わることはついぞなかった。

「仙道さん、犬が・・犬が逃げていく・・・!」
高城が野犬達が一斉に逃げ出したことを知らせた。

「仙道さん、・・熊が・・、熊も・・・」
矢口はライフルを構えたまま熊の様子を注視している。

熊もまた何かを恐れるようにジリジリと離れていった。

鈴の音がいよいよ高まったその時、

「仙道さん・・、あれって・・・」
高城が周囲を警戒しつつ、顔の向きをピタリと止めた。

高城は白い霧の中に何かを見ている。

三人は無言で霧の中をみつめた。

徐々に女の姿が浮かびあがる。

十二単を纏い、長い黒髪をきれいに整えた、平安時代の姫のような女だ。

「女神・・」
矢口がぽつりと言葉をもらした。

京司朗は目を疑った。しかしここには高城も矢口もいる。
「高城、矢口、見えるか?」
「・・見えます・・十二単の女と、・・服を着た顔の見えない男が・・」
高城が所々間をあけて答え、
矢口は「女神ッスよ・・」と答えた。
この現象を、三人が同時に見ている。

十二単の女が近づいてくる。
女の後ろにいる男は鈴を持っている。男は首から上が見えない。顔があるのがようやくわかる程度だった。

高城は我にかえって慌てて女に向けてライフルを構えなおした。

女は高城に対して首を横に振り、自分の後ろを指差した。


声がした。

大勢の男達の声だ。

━━━━仙道さーーん!

━━━━矢口ーー、高城ーーー!!



知っている声だ。高城は大声で、
「こっちだ!!仙道さんも矢口もこっちにいる!!」
と叫んだ。






十二単の少女を追ってきた三上と村井は、白い世界しかない霧のなかをずいぶん歩いていた。

ついてきてよかったのか、と今更ながらに思った。
歩いても歩いてもどこに向かってるのかもわからない。

二人の不安を見抜いたように、少女は振り返り、ひとつの方向を指した。


誰かの声が聞こえた。
 
「声だ・・」

仙道さんも矢口もこっちにいる━━━━━

「高城・・?高城なのか!?」
「高城!!」

三上と村井が叫んだ。





高城の耳に三上と村井の声が届いた。

「気をつけてくれ!熊と野犬の集団がいるかもしれない!!」

高城は危険を叫んだ。
熊も野犬の集団も、姿は消したが完全に逃げたとは断言できず、どこに潜んでいるのかわからなかった。


高城の危険を知らせる声に、三上は後ろからついてくる男達に周囲を警戒するように命じ、少女の指し示した方向に進んだ。

十二単の少女も顔の見えない男も既に消えていた。




「仙道さん、三上さんと村井さんがすぐ来ます」

「・・ああ、助かったな」

京司朗は息を吐くと天を仰ぎ、十二単の女に視線を戻した。

女が京司朗をみつめ、今度は真横を指した。京司朗は指の方向を確認すると、女に対して頷いた。

女は京司朗に向かって頭を下げると、扇を開き、天から地へと花びらが舞うように扇を踊らせた。
後ろの男が鈴を鳴らす。

リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・
リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・

鈴の音が消えると女は扇をたたみ、もう一度京司朗に頭を下げた。

京司朗は女に応えて一礼をした。

十二単の女と顔の見えない男は、霧のなかを再び進んで行った。

男が鈴を鳴らしながら後ろをついてゆく。


リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・

リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・


二人は真っ白な霧のなかへと消えた。


京司朗も高城も矢口も、黙ってその光景を見ていた。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...