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132. 約束 (1)
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記憶を失くしてから、みふゆはなんの脈絡もなく、とつぜん過去の出来事を口走る。まるでついさっき起きた出来事のように話すのだ。
そんな時でも貴之はみふゆの話しに相づちをうちながら興味深げに聞いた。事実、貴之にとって、みふゆの過去の話しは嬉しかった。実の娘でありながらみふゆの過去を知らない貴之にとって、みふゆの過ごしてきた時間を共有できる機会となったのだ。
そして、みふゆの過ごした時間は、母親・礼夏の生きた時間でもあった。
貴之の愛した礼夏の生きた証がそこにはあった。
胡蝶は聞き役であると共に、医師としての責務も忘れなかった。みふゆとの会話に、さりげなく記憶を計る質問を織り混ぜていた。
最後の記憶は、大雨になった日、京司朗が花屋に飛び込んできて茶髪男から助けてくれ、貴之が現れた辺りだとみふゆは胡蝶に答えた。
ただ、京司朗が助けてくれたあとの詳しいいきさつは胡蝶に話せなかった。
京司朗は、落ちたのかと思う程の大きな雷に驚いてしゃがみこんだみふゆに駆け寄り、抱きしめてくれたのだ。
抱きしめて、髪に口づけた。
貴之が抱きしめてくれた時に感じる安心感とは別の感覚だったのをみふゆは覚えている。
こんなに心配させているのにと、教えない罪の意識を感じたが、相手が医師としての胡蝶でも話せなかった。
「若頭が助けてくれて・・そのあとに組長先生も来て・・・それから・・」
「無理をしなくていいわ。覚えてることだけでいいの」
「それから・・・、指輪が・・、違う、りんちゃんが・・違う、え・・と・・・誰かが・・・」
みふゆはかぶりを振った。
途切れ途切れの記憶をかき集めようとした。どうにか繋ぎ合わせて『正解の現実』を構築しようとした。
貴之は黙ってみふゆを見守った。
指輪は堀内社長の母親の指輪だ。誰かとは糸川梨理佳の兄のことだと貴之は知っている。しかし胡蝶から何も言わないでくれと目配せをされていた。
携帯電話の着信音が病室に響いた。
みふゆは着信音に顔をあげた。
「すまん、俺の携帯だ」
貴之が懐から電話を取りだした。
途切れた会話にみふゆは「ごめんなさい・・」とうつむいた。
「大丈夫よ。時間がたてばまた徐々に思い出せることもあるわ」
胡蝶が優しい声色でみふゆの背中を撫でた。
みふゆは「・・はい」と頷いて、貴之の仕草をぼんやりと見ていた。
━━━━あの時組長先生が来て、それから誰かもう一人来たような気がする。男の人だった。りんちゃんは?りんちゃんの姿が思い浮かばない。りんちゃんはどこにいたんだろう?
その日の記憶は遠い遠い場所にある。
見えるようで見えない。
つかめるようでつかめない。
何故その日からの記憶を失ったのか、みふゆは疑問だった。
高熱が原因だと説明はされたが、何かがおかしい。
何かがあったはずなのだ。
つかもうとしてもつかめないもどかしさは、薄闇のなかに独り立たされている気分だ。
恐怖心が頭をもたげる。
体に震えが走った。
自分はこのまま全ての記憶を本当に失っていくのではないか━━━━━
「京司朗が着いた。ちょっと迎えに行ってくる」
貴之が電話を懐にしまい、病室から出ていった。
「・・若頭はここには来たことはないんですか?」
「そうね。きっと初めてだと思うわ」
胡蝶は淑やかな笑みで嘘をついた。
みふゆが入院したその日の午前中に京司朗はこの病室にいたのだが。
京司朗の乗った車は、病院の特別室専用出入り口に入った。前後に護衛の車が一台ずつ走っていた。
京司朗の車の運転手は矢口。同乗の護衛には三上と村井。先頭の一台には高城が、後方のもう一台の護衛車には御園生が乗っていた。
動きがスムーズにいかない京司朗のサポートには、秘書も兼ねている三上が常時側につく。
京司朗は黒髪を後ろに撫で上げオールバックにし、ブルーのスーツに身を包んでいる。いつものスタイルだ。外見からは大ケガをしている様子は伺えない。
「京」
貴之が車から降りた京司朗を迎えた。
京司朗の後ろに三上、高城、村井が続いている。
三上ら3人は貴之に一礼し、貴之は頷いた。
「高城と村井は病室の外にいてくれ。三上、お前はみふゆとは話したことはあったか?」
「はい。堀内花壇から屋敷に花を届けに来ていた時に何度か話したことと・・背中を祓ってもらったことがありました」
「そうか。病室に入ったらそのときのことを話してもらうかもしれん」
「わかりました」
「京」
「はい」
「一番最後の記憶は花屋でお前が助けてくれたあとに俺が店に着いた辺りが最後だ」
「そのあとは?」
「ほぼ完全に失っていると言っていい」
病室の前の警備の男が貴之と京司朗らに会釈すると、インターホンを使い、病室内の胡蝶に声をかけた。
『みふゆはお前がイタリアから帰国したと思っている』
いまはみふゆがいる病室の前で、京司朗は貴之の言葉を思い返した。
『正気に見えるが、以前のみふゆとは違う。どんな話しになってもみふゆに合わせてやってくれ』
貴之の厳しい顔つきが、みふゆの状態を物語っていた。
記憶を失くしてから、みふゆはなんの脈絡もなく、とつぜん過去の出来事を口走る。まるでついさっき起きた出来事のように話すのだ。
そんな時でも貴之はみふゆの話しに相づちをうちながら興味深げに聞いた。事実、貴之にとって、みふゆの過去の話しは嬉しかった。実の娘でありながらみふゆの過去を知らない貴之にとって、みふゆの過ごしてきた時間を共有できる機会となったのだ。
そして、みふゆの過ごした時間は、母親・礼夏の生きた時間でもあった。
貴之の愛した礼夏の生きた証がそこにはあった。
胡蝶は聞き役であると共に、医師としての責務も忘れなかった。みふゆとの会話に、さりげなく記憶を計る質問を織り混ぜていた。
最後の記憶は、大雨になった日、京司朗が花屋に飛び込んできて茶髪男から助けてくれ、貴之が現れた辺りだとみふゆは胡蝶に答えた。
ただ、京司朗が助けてくれたあとの詳しいいきさつは胡蝶に話せなかった。
京司朗は、落ちたのかと思う程の大きな雷に驚いてしゃがみこんだみふゆに駆け寄り、抱きしめてくれたのだ。
抱きしめて、髪に口づけた。
貴之が抱きしめてくれた時に感じる安心感とは別の感覚だったのをみふゆは覚えている。
こんなに心配させているのにと、教えない罪の意識を感じたが、相手が医師としての胡蝶でも話せなかった。
「若頭が助けてくれて・・そのあとに組長先生も来て・・・それから・・」
「無理をしなくていいわ。覚えてることだけでいいの」
「それから・・・、指輪が・・、違う、りんちゃんが・・違う、え・・と・・・誰かが・・・」
みふゆはかぶりを振った。
途切れ途切れの記憶をかき集めようとした。どうにか繋ぎ合わせて『正解の現実』を構築しようとした。
貴之は黙ってみふゆを見守った。
指輪は堀内社長の母親の指輪だ。誰かとは糸川梨理佳の兄のことだと貴之は知っている。しかし胡蝶から何も言わないでくれと目配せをされていた。
携帯電話の着信音が病室に響いた。
みふゆは着信音に顔をあげた。
「すまん、俺の携帯だ」
貴之が懐から電話を取りだした。
途切れた会話にみふゆは「ごめんなさい・・」とうつむいた。
「大丈夫よ。時間がたてばまた徐々に思い出せることもあるわ」
胡蝶が優しい声色でみふゆの背中を撫でた。
みふゆは「・・はい」と頷いて、貴之の仕草をぼんやりと見ていた。
━━━━あの時組長先生が来て、それから誰かもう一人来たような気がする。男の人だった。りんちゃんは?りんちゃんの姿が思い浮かばない。りんちゃんはどこにいたんだろう?
その日の記憶は遠い遠い場所にある。
見えるようで見えない。
つかめるようでつかめない。
何故その日からの記憶を失ったのか、みふゆは疑問だった。
高熱が原因だと説明はされたが、何かがおかしい。
何かがあったはずなのだ。
つかもうとしてもつかめないもどかしさは、薄闇のなかに独り立たされている気分だ。
恐怖心が頭をもたげる。
体に震えが走った。
自分はこのまま全ての記憶を本当に失っていくのではないか━━━━━
「京司朗が着いた。ちょっと迎えに行ってくる」
貴之が電話を懐にしまい、病室から出ていった。
「・・若頭はここには来たことはないんですか?」
「そうね。きっと初めてだと思うわ」
胡蝶は淑やかな笑みで嘘をついた。
みふゆが入院したその日の午前中に京司朗はこの病室にいたのだが。
京司朗の乗った車は、病院の特別室専用出入り口に入った。前後に護衛の車が一台ずつ走っていた。
京司朗の車の運転手は矢口。同乗の護衛には三上と村井。先頭の一台には高城が、後方のもう一台の護衛車には御園生が乗っていた。
動きがスムーズにいかない京司朗のサポートには、秘書も兼ねている三上が常時側につく。
京司朗は黒髪を後ろに撫で上げオールバックにし、ブルーのスーツに身を包んでいる。いつものスタイルだ。外見からは大ケガをしている様子は伺えない。
「京」
貴之が車から降りた京司朗を迎えた。
京司朗の後ろに三上、高城、村井が続いている。
三上ら3人は貴之に一礼し、貴之は頷いた。
「高城と村井は病室の外にいてくれ。三上、お前はみふゆとは話したことはあったか?」
「はい。堀内花壇から屋敷に花を届けに来ていた時に何度か話したことと・・背中を祓ってもらったことがありました」
「そうか。病室に入ったらそのときのことを話してもらうかもしれん」
「わかりました」
「京」
「はい」
「一番最後の記憶は花屋でお前が助けてくれたあとに俺が店に着いた辺りが最後だ」
「そのあとは?」
「ほぼ完全に失っていると言っていい」
病室の前の警備の男が貴之と京司朗らに会釈すると、インターホンを使い、病室内の胡蝶に声をかけた。
『みふゆはお前がイタリアから帰国したと思っている』
いまはみふゆがいる病室の前で、京司朗は貴之の言葉を思い返した。
『正気に見えるが、以前のみふゆとは違う。どんな話しになってもみふゆに合わせてやってくれ』
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