134 / 278
134. 止まった時間
しおりを挟む
.
和やかに時間は過ぎていた。
みふゆの言動も態度もこれまでとなんら変わりない。
三上は病室内の『家族』のふれあいを見守りながら、貴之の言ったことはいささか大袈裟だったのではないかと感じていた。
たぶん父親としてそれだけ心配だったのだ。
━━━━お嬢さんは体の調子が戻れば退院も早いはずだ。たとえ車椅子のままだとしても、屋敷は広いし、不都合な場所は改築すればいい。人員もじゅうぶんに揃っている。あっという間に終わる。ただ、お嬢さんが屋敷に帰ってきたときに、仙道さんのケガがどの程度回復しているか・・・。皆、お嬢さんには仙道さんのけがを教えたくないのだから。
みふゆがちらちらと三上を見ているのに貴之が気づいた。
「三上が気になるのか?」
「はい。あの・・三上さん」
みふゆが遠慮がちに三上に声をかけた。
「背中、あれからどうですか?まだ重くなったりしますか?」
三上はすぐにみふゆに一礼して答えた。
「いえ、重苦しくなることは全然なくて、快調です。ありがとうございました」
三上は京司朗がまだフランスに滞在していた頃に、みふゆに背中を祓ってもらっていた。
惣領家の屋敷には堀内花壇から定期的に花が届けられる。届けにくる店員はたまに山形友江が来るが、ほぼ毎回みふゆだった。
その日は三上が屋敷の常駐組の一人で、みふゆに対応していた。
みふゆが屋敷の玄関の花を生け終わって、帰り際だった。
門まで送るため、三上はみふゆの前を歩いていた。すると、みふゆが後ろから、
「あの、背中に何かついてます。はらっていいですか?」
と言った。
三上は「え?ええ、お願いします」と返した。
みふゆが二~三度、パシンパシンと叩くように背中をはらった。
「これでもう大丈夫だと思います」
みふゆは微笑んで三上を見た。三上はみふゆの言葉に奇妙さを感じたが、
「ありがとうございます」と礼を言った。
みふゆが門前のタクシーに乗り、帰っていったのを見送り、屋敷内に戻ろうとした三上は、足を止めた。
背中がやけに軽い。
あんなに重苦しく、ガチガチだった肩や、背中のしびれがなくなっている。
『何かついてます』
━何か憑いてます━
『はらってもいいですか?』
━祓ってもいいですか?━
さっきのみふゆの声が三上の頭の中に響いた。
三上は振り返った。みふゆはもういなかったけれど。
偶然?
・・・待てよ、
そういえば誰かが話していたことがあったな。
『あのお嬢さん、ちょっと不思議なんだよな・・』
三上は何のことかわからなかったが、身をもっていまその意味を知ったのだ。
「よかった。少し気になってたんです。鉄の塊みたいだったから」
みふゆは笑顔だ。花を届けに来ていた頃と同じ笑顔だった。
「おいおい、何の話だ?三上、まさかお前俺の娘にちょっかい出したんじゃねぇだろうなぁ?ああ?」
貴之が凄む。
貴之は何の話なのか知っているが、わざと三上に絡んだ。
「い、いや、出してませんよ!」
三上は真剣に否定した。理由を知りつつ絡んできてるとわかっているが、目前に迫ってきた貴之の形相が恐ろしい。ウソでも殺されそうだ。
「あらあら、会長ったら。みふゆちゃんと接する男は全員殴り倒しそうな勢いですわね」
胡蝶がからかうと貴之は、
「おう!ちょっかい出す奴は殴りとばしてやるぜ!」と右手で握り拳を作り、左の掌にパシンと打ち付けた。
「まあ、困った父親ですわねぇ」
胡蝶が呆れてため息をつき、みふゆはクスクスと笑い、京司朗も笑っていた。
みふゆは「あ、そうだ!」と思い出したように声をあげた。
「ん?なんだ?みふゆ」
貴之がみふゆに聞き返した。
「わたし、若頭と何か約束をしていませんでしたか?」
みふゆがニコニコと無邪気な笑顔で言った。
まるで、今、初めて京司朗と会った顔をして、みふゆは京司朗に問いかけた。
三上は冷水を浴びせられたような気がした。
貴之が言っていたことは決して大袈裟ではなかった。
病室内に流れていた和やかな時間は止まってしまった。
和やかに時間は過ぎていた。
みふゆの言動も態度もこれまでとなんら変わりない。
三上は病室内の『家族』のふれあいを見守りながら、貴之の言ったことはいささか大袈裟だったのではないかと感じていた。
たぶん父親としてそれだけ心配だったのだ。
━━━━お嬢さんは体の調子が戻れば退院も早いはずだ。たとえ車椅子のままだとしても、屋敷は広いし、不都合な場所は改築すればいい。人員もじゅうぶんに揃っている。あっという間に終わる。ただ、お嬢さんが屋敷に帰ってきたときに、仙道さんのケガがどの程度回復しているか・・・。皆、お嬢さんには仙道さんのけがを教えたくないのだから。
みふゆがちらちらと三上を見ているのに貴之が気づいた。
「三上が気になるのか?」
「はい。あの・・三上さん」
みふゆが遠慮がちに三上に声をかけた。
「背中、あれからどうですか?まだ重くなったりしますか?」
三上はすぐにみふゆに一礼して答えた。
「いえ、重苦しくなることは全然なくて、快調です。ありがとうございました」
三上は京司朗がまだフランスに滞在していた頃に、みふゆに背中を祓ってもらっていた。
惣領家の屋敷には堀内花壇から定期的に花が届けられる。届けにくる店員はたまに山形友江が来るが、ほぼ毎回みふゆだった。
その日は三上が屋敷の常駐組の一人で、みふゆに対応していた。
みふゆが屋敷の玄関の花を生け終わって、帰り際だった。
門まで送るため、三上はみふゆの前を歩いていた。すると、みふゆが後ろから、
「あの、背中に何かついてます。はらっていいですか?」
と言った。
三上は「え?ええ、お願いします」と返した。
みふゆが二~三度、パシンパシンと叩くように背中をはらった。
「これでもう大丈夫だと思います」
みふゆは微笑んで三上を見た。三上はみふゆの言葉に奇妙さを感じたが、
「ありがとうございます」と礼を言った。
みふゆが門前のタクシーに乗り、帰っていったのを見送り、屋敷内に戻ろうとした三上は、足を止めた。
背中がやけに軽い。
あんなに重苦しく、ガチガチだった肩や、背中のしびれがなくなっている。
『何かついてます』
━何か憑いてます━
『はらってもいいですか?』
━祓ってもいいですか?━
さっきのみふゆの声が三上の頭の中に響いた。
三上は振り返った。みふゆはもういなかったけれど。
偶然?
・・・待てよ、
そういえば誰かが話していたことがあったな。
『あのお嬢さん、ちょっと不思議なんだよな・・』
三上は何のことかわからなかったが、身をもっていまその意味を知ったのだ。
「よかった。少し気になってたんです。鉄の塊みたいだったから」
みふゆは笑顔だ。花を届けに来ていた頃と同じ笑顔だった。
「おいおい、何の話だ?三上、まさかお前俺の娘にちょっかい出したんじゃねぇだろうなぁ?ああ?」
貴之が凄む。
貴之は何の話なのか知っているが、わざと三上に絡んだ。
「い、いや、出してませんよ!」
三上は真剣に否定した。理由を知りつつ絡んできてるとわかっているが、目前に迫ってきた貴之の形相が恐ろしい。ウソでも殺されそうだ。
「あらあら、会長ったら。みふゆちゃんと接する男は全員殴り倒しそうな勢いですわね」
胡蝶がからかうと貴之は、
「おう!ちょっかい出す奴は殴りとばしてやるぜ!」と右手で握り拳を作り、左の掌にパシンと打ち付けた。
「まあ、困った父親ですわねぇ」
胡蝶が呆れてため息をつき、みふゆはクスクスと笑い、京司朗も笑っていた。
みふゆは「あ、そうだ!」と思い出したように声をあげた。
「ん?なんだ?みふゆ」
貴之がみふゆに聞き返した。
「わたし、若頭と何か約束をしていませんでしたか?」
みふゆがニコニコと無邪気な笑顔で言った。
まるで、今、初めて京司朗と会った顔をして、みふゆは京司朗に問いかけた。
三上は冷水を浴びせられたような気がした。
貴之が言っていたことは決して大袈裟ではなかった。
病室内に流れていた和やかな時間は止まってしまった。
10
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密
藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。
そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。
しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。
過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
『 ゆりかご 』
設楽理沙
ライト文芸
- - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - -
◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
――――
「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語
『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』
過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、
そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。
[大人の再生と静かな愛]
“嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”
読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。
――――
・・・・・・・・・・
芹 あさみ 36歳 専業主婦 娘: ゆみ 中学2年生 13才
芹 裕輔 39歳 会社経営 息子: 拓哉 小学2年生 8才
早乙女京平 28歳 会社員
(家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト)
浅野エリカ 35歳 看護師
浅野マイケル 40歳 会社員
❧イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
