【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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195. ロンド~踊る命~ -12- 死者の通る道

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夕方、食事の前に、尼寺・百花寺ひゃっかじ住職の惣領早紀子が病室を訪れた。
みふゆは夕食をベッドではなくテーブルで食べるために、車椅子に乗っていた。
貴之に「姉だ」と紹介され、緊張気味のみふゆは、惣領早紀子が胡蝶と楓の母親であると知らされ驚いた。
「百花寺は惣領家の寺ですからね、惣領家の血筋の女が住職を務める慣わしなのよ」
穏やかな笑みを浮かべて話した惣領早紀子は、胡蝶と楓の母親だけあって、美しい人だ。
まっすぐな黒髪を、きっちりと切りそろえた短い髪型はいわゆる『おかっぱ』で、雑誌で読んだ大正時代のモダンガールを思わせた。格好も、尼僧としての格好ではなく、ごく一般的な着物を着ている。
灰色味をおびた淡い青系の紬は質素だが惣領早紀子の美しさを引き立てていた。
「胡蝶をママと呼んでるそうね」
「は、はい!思わぬところで子どもの頃の夢が叶って嬉しいです」
「胡蝶もとても喜んでいたわ。あの子も叶わないと思っていた夢が叶ったんですもの」
胡蝶も楓も女の子が欲しかったと言っていたのをみふゆは思いだした。
胡蝶が社交辞令ではなく、ほんとうに喜んでくれているのだと、みふゆはこの時初めて理解した。
胡蝶を『ママ』と呼ぶことはまだまだ照れくさいが、胡蝶が喜んでくれるならこれからは照れずに『ママ』と呼べるようになろう。

柔らかな口調で微笑んで話した惣領早紀子の横で、貴之が
「みふゆ、姉貴の笑顔に騙されるなよ。こう見えて男の一人や二人投げ飛ばす女だからな。俺もガキの頃はよく蹴飛ばされたり投げ飛ばされたりしたもんよ」
「あら、それはお前が悪ガキだったからよ。おじい様に叱られて何度土佐犬の檻に放り込まれたかも覚えていないでしょうね。その度に犬の餌を横取りしたことも」
みふゆは面食らった。
貴之はなかなかハードな子供時代をおくっていたらしい。
「む、娘の前でそんな大昔の話なんかするなよ!!」
珍しく貴之が焦っている。
「みふゆ!犬の餌っつってもうちの犬は昔からけっこう良いモン喰わせてるからな!人間が喰ってもおかしくねえ代物だ!」
焦って言い訳をする貴之がなんだかかわいらしくておかしくて、みふゆは笑った。

貴之らと夕食を終えたみふゆは間もなくうとうととし始めた。午後8時を待たずに眠りに落ち、みふゆはクッションを抱きしめて眠った。貴之は眠ってしまったみふゆをじっと眺めていた。
京司朗と矢口が訪れ、貴之は二人にみふゆの今日の様子を伝えると、名残惜しそうに病室をあとにした。

みふゆが眠ったので、室内の照明は明るさが落とされていた。
「食べてほどなく眠ったの。疲れていたのね。きっと」
惣領早紀子がみふゆを見て言った。胡蝶によく似た微笑みだ。
ベッドでみふゆがぐっすりと眠っているのがわかった。抱きしめているクッションは京司朗のマンションの部屋のもので、みふゆがピンクのトレーナーをかぶせてカバーにしているものだ。
矢口はベッドのそばを通り過ぎる時に、みふゆに深く頭を下げてから京司朗の後ろをついていった。みふゆに仕える者としての礼だった。

早紀子からも様子を聞き、不穏な出来事が起きなかったことに二人はあらためて安堵した。
「あなたたちは隣の部屋にいてちょうだい。監視はモニターでできるわ」
特別室の付き添い部屋は二つある。二つのうちの一つは、以前は隠し部屋として使われていた。ワンルーム的な部屋で、生活するに不自由のない設備が備わっている。


食後に眠くなってしまい、みふゆはすぐに歯磨きをした。
ベッドに移ろうとしたが、眠くて眠くて立ち上がれなかった。 
貴之の声がして、体がふわりと空中に上がった。
きっとまた貴之が抱っこでベッドに寝かせてくれたのだ。
━━━━ごめんなさい、ありがとう、お父さん。
声にならない声でみふゆは言った。
今日は衝撃的な出来事があった。
京司朗に“結婚してほしい”と言われたのだ。
人生に組み込んでいなかったはずの『結婚』だ。
眠りに落ちてゆく過程で、みふゆはすべてが夢だったのではないかとまた思った。
すべてが夢。
自分はやはりすでに死んでいて、これは神様が見せてくれている嬉しい夢なのだ。欲しかった家族を得て、そのなかで生きていける夢。
愛されたかった心の奥底の思いを。

眠りの底に落ち、気がつくと、みふゆは外にいた。
京司朗が散歩に連れ出してくれた、病院のバラの庭に続く道だった。

脇道がある。
川があると京司朗が教えてくれた場所だ。そして立ち入り禁止になっていると。

━━━━死者が通る道だ。川で運ばれていくんだ。

みふゆは脇道をみつめた。
誰かが立っている。
ぼんやりと、ポニーテールの後ろ姿が見えた。









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