竜の紅石*缶詰

鳴澤うた

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竜、充足する

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 ドサッ バサッ

 重たい物が落ちる音に驚いて、その方角に振り向く。
  木の枝に積もった雪が、重さに耐えられなくなり地に落ちた。軽くなった枝が嬉そうに跳ね返っていた。
 「びっくりしたわ。この時期にはよくあることなんですのよ」
  女は微笑みを樹來に見せようと、顔を上げた。
  あと一押しだ、女は今までの経験から陥落が近いと知っていた。
  軍事指南として王宮に来たこの竜は、緋桜王女の恋人で婚約者候補だと言う噂はあった。
  だが──
 実際に二人であっている場面を見たことがない、婚約者候補として王や王妃が個人的に茶会など催して招いたこともない。
  こんな状態が二ヶ月近く続いていた。
 『どうやら噂でしかないらしい』
と、王宮内で囁かれ始めていたのだ。
  例え真実でも、軽い火遊びだ──お互いそう思って知らない振りをしていれば良い。
  彼はそれだけ魅力的だ。
  浅黒い肌が気味悪いと言う者もいるが、女は気にならなかった。
  それは人それぞれの好みなのだろう。
 「さあ……、中へ……」
 「申し訳ない」
  女の導きを制止させると、樹來は女から離れた。
 「とても魅力的なお誘いだと思います。俺に想っている人がいなければ一夜を共にしたでしょう」
  樹來の突然の変わりように、女の肩が失望に揺れた。
 「お、お互いに黙っていれば分からないことですわ……!」
  樹來は微かな笑いを女に見せながら、首を振った。
 「小心者だと思って下さっても結構」
  失礼──樹來はそう言って足早にその場を去った。

  食わぬは男の恥、とも言うし、女の方から切望されて受け入れないのは屈辱と取られるとか──あるが、今の樹來には立場上都合が悪いのは一目瞭然だ。
  例え、王室から緋桜を遠ざけられても。
  帝國から指南と言う名目だって背負っている。問題を起こしてはいけない。
 (良かった……あそこで積雪が落ちなかったら、フラフラ付いていく所だった)
  ──はた、と我に返ることが出来た。
  雪は音を吸収すると言う。
  あまりに静かで、女の声しか耳に入ってこなかったから、二人だけしかいない空間の中にいる錯覚があった。
 「緋桜だったらなあ……ほいほい付いていくんだけど……」
  女の薫りを嗅いだことで男の性が疼いてしまった。
  ますます緋桜が恋しい。
  冷たい水を被ってから寝よう。
  樹來は火照った身体を静めてから一人寂しく就寝した。


 ***
  コンコン
(扉の金具を叩く音……?)
  眠りについて気のせいかと思っていたが、自分の部屋の扉を叩く音は本物らしい。
  覚醒しない頭のままノロノロと起き上がり、扉の前まで出向く。
  樹來が使っている宮の出入口には見張りがいるはず。何か異変があったのか。
  とある可能性に樹來の目が覚めた。
  ──通路で会った女?
  こっそり後から付いてきて、見張りにしなを作って通してもらったのか?
 (いや、それにしたらあれから時間がたっているし……)
  コンコンとまた扉を叩く音がし、樹來は何にせよ用件を聞いて判断しようと決めた。
  扉越しに声をかけようとした時、向こうから声が聞こえた。
 「樹來……起きてる……?」
  間違いようの無い、愛しい女性の声。
  警戒心の鎧が崩壊し、身体が急激に目覚めたように軽くなる。
 「緋桜!」
  すぐに閂を抜いて扉を開けた。
 「入って」
  下ろしたままの緋色の髪を揺らし、寒さで縮こまる緋桜を部屋に招いて暖かい寝室に案内した。
  視線が会うと堪らず抱き締める。
 「会いたかった~!」
 「──ちょっと待って。潰れちゃう!」
  強く腕に掻き入れようとする樹來から一旦離れた緋桜は、胸元から何かを取り出した。
うふ、と茶目っ気たっぷりに出してきたのは蒸かし立ての大きな饅頭二つ。
 「そう言えば温かかった」
 「まだあるの」
  今度は袖から饅頭二つ。
 「もう夜明け近いから朝餉の支度が始まっているのよ。それで失敬してきちゃった。教育係の砥湖とのこにばれたら大激怒だわ」
 「全くだな」
  二人笑いだすと、それが合図になって強く抱き締めあった。

 ****
  二人寝台に座り、饅頭をパクつきながら話していた。
  胸元入れていたのが砂糖入りの甘い饅頭。袖の方は肉入りの饅頭だ。
 「入れたのが逆だったら危なかったわ。潰れて肉汁が零れる所だった」
 「持って来なくても良かったのに」
  暖炉に設置したヤカンの水が沸いたので、部屋に備え付けの茶を煎れる。
  その一つを緋桜に渡した。
 「ん、でも……。朝餉は各自で取るのが王宮の習慣でしょ? 樹來は仕官達と食堂で自由に食べるし……。一緒に食べれば時間を多く取れそうかなって。それを言おうと思って待っていたんだけど、眠気には勝てなくて……」
  ごめんね、と謝ってくる緋桜に樹來は締まりの無い顔で首を振る。
  緋桜も考えてくれていたんだ──樹來のにやけは止まらない。
 「不思議よね……」
  緋桜が甘い饅頭を口にしながら、沁々と言い出した。
 「小さい樹來と離れて暮らしていた頃も会いたくて寂しかった……。でも、自分が頑張ってお金を貯めて樹來の近くに住むんだって思って、大きくなった貴方を想像して一生懸命働いていた時は我慢できたの。それが会って……こう言う仲になってまだ数ヶ月しか経ってないのに……会えなかった二十年より寂しくて……我慢できなくて……」
  自分の告白に真っ赤になっていく緋桜につられて、樹來も真っ赤になる。
 「……う、うん。そう、なんだ。お、俺も……」
  二人、饅頭より多くの湯気が立ち上っている気がした。
 (ううう……! やばい、まずい、滅茶苦茶可愛い!)
  自分のことを、こんなにも思ってくれている。浮気しなくて良かった!
 (絶対、浮気なんかしない! 一筋に生きていきます!)
  食べていた肉入りの饅頭が邪魔になって、皿に戻した。
  食べたいものはこれじゃない。

 「緋桜……!」
  饅頭を持つ彼女の手首を掴む。
  すぐ近くで見つめられ、緋桜の顔がますます赤くなった。
  樹來が何を求めているのか、欲望に孕んだ熱い眼差しで分かる。分かるだけに緋桜は、これから始まる出来事に自身の身体を熱くした。
 「饅頭、後でも良い……?」
 「……あ、後、でも……冷めても別に、構わないけど……」
  樹來は躊躇うように承諾する緋桜の手から饅頭を取ると、皿の上に自分の食べかけと仲良く揃えて置いた。
  それから、ゆっくりと彼女の身体を寝台に沈める。
  手早く自分の上着を脱ぐと、赤い顔をそらし大人しく待っている緋桜の衣装の前紐を解いた。
  あっという間に全ての衣装を剥ぎ取られ、生まれたままの姿の緋桜の白い肌を覆う。
 「樹來……久しぶりだから、あの、優しく、お願い……」
  うんうんと頷いて見せるが、余裕がないのは明らかだ。
 「──ん」
  あっという間に顔が近付き、湿った樹來の唇の感触に緋桜は瞳を閉じた。
  久方ぶりの彼の唇の滑り。すぐに口内を探られ思う存分舐められ、舌を吸われる。
  強く、弱く、突かれそれだけで果ててしまいそうになる。
 「……はぁ……」
  口内の遊戯から耳や首筋に向かい、大きな手は胸を揺さぶる。
  時々頂をいたぶられ「あっ!」と腰を上げた。
  腰の奥にピリピリくる、くすぐったいような痺れるような感覚が、じわじわと身体を支配する。
  久しぶりの行為に、身体が敏感になっているのが分かる。
 「そんなに腰を当てないで……すぐに繋がりたくなる」
  欲望を孕んだ樹來の低く囁く声音が、鼓膜を震わせて刺激を促しているようで、緋桜は身体をよがらせた。
 「そんなこと……してな……っあ!」
  揉みし抱かれる胸に樹來の唇が這う。
  濃紅に染まった頂を強めに吸われ思わず仰け反ると、また下半身が彼の膨らんだ楔に当たり、ますます逸らせる。
 「駄目だって……」
  樹來の声音が、ますます低くいやらしくなっていく。
  ねっとりとお腹を擦られ、その手が繁みを分ける。
 「あ……そんな……」
 「痛くないように解いていかないと」
  広げて、と樹來に言われて恐る恐る、少しだが股を緩めた。
  するりと指が入り、隠れた秘所をいとも簡単に見付けてしまうと、そこを撫でられる。
 「じゅ、樹來……」
  絶えず胸の頂を吸われ、甘噛みされ、指は隠れた奥の秘所を撫でられて、緋桜は言葉にならない声を上げ続けた。
 「聞こえる? すぐにこんなに溢れて……凄くいやらしい音がする」
  ぼんやりとしてきた頭で、緋桜は命じられたように音を探す。
  グチュと樹來の指が動く度に聞こえる音は、自分の中から出てくる蜜の音だ。
 「い……やっ……!」
  瞬時頬を赤らめ、涙で紅い瞳が揺れる。
 「恥ずかしくない。嬉しいよ、こんなに俺を求めてくれるなんて……」
  チュプリと今度は粘着の音がして、中に異物が入った感覚がした。
  それが樹來の指だと知った時には、もう恥ずかしさに両手で顔を覆った。
  止めて欲しい──止めないで。
  樹來の指が中を探っている、恥ずかしい──気持ち、良い。
  二つの感情がぶつかって、おかしくなりそうだ。
 「う、あ、あ、やあ、じゅら……!」
  身体を突き上げていく感覚が怖くて、必死に樹來に抱き付く。
 「こわ……い……樹來、一人じゃいや……」
 「もっと良くしてあげたかったけど……二人で……一緒に」
  樹來は、自分の楔に変化した物を彼女の中へ入れた。温かい、湿り気の中に。
 「──ん、あ……ん!」
 「きつい、まだ。痛くはないか?」
  閉じた緋桜の瞳から涙が零れる。
 「痛い?」
  慌てた。身体を引こうとしたが「駄目」と拒まれた。
 「痛く……無い、いや、樹來を感じたいの。寂しかった……このまま抱き締めて」
 「俺も……」

  会いたかった。
  抱き締めたかった。
  繋がったまま緋桜を抱き締めた。

 「もっと、もっと」
  切なそうに涙声で懇願する緋桜が、可愛いくて堪らない。知らず腰が動く。
  身体の芯に灯った火が穏やかなものでなく、バチバチと火花が飛んでいるように感じる。
  擦れ合えば合うほど激しく強くなって、痛みを伴う快感が樹來を襲う。
 (やば……!)
  もっと味わっていたい。だけど、このままだときつい。
 「樹來……?」
  凍り付いたように止まってしまった樹來に緋桜は、不思議そうに声を掛けた。
 「……疲れてる?」
  しかめっ面で余所を向いている樹來が心配で、彼の頬を両手で包む。
  切なげに眉を下げて、紅い瞳を潤ませる緋桜と顔を合わせてしまうと――もう耐えきれない。
  時間がある時に、ゆっくりと彼女の身体を開いていこう。
  今は自分もなかなか辛い。
  強がるのは男の性だけど、こればかりは無理。
  好きな人と肌を合わせている時ほど、堪え性なんてもの吹っ飛んでしまって。
 「ごめん、次、ゆっくり、緋桜を愛するから……!」
  ずん、と深く強く緋桜の身体の奥を揺らした。
 「――ぁああ!」
  悲鳴に近い緋桜の一声があった。強くしっかりと樹來に抱き締められ、身体が彼の律動で大きく揺れる。心が満ちると、今度は身体が欲求を解消すべき暴れだす。
  急に激しく責められて驚いて声を上げた緋桜だったが、「緋桜」と何度も呼ぶ声と、内部を擦る強くて熱い彼の欲望が愛おしくて、それに応えるように樹來の背中に腕を回した。
 「緋桜、緋桜だけだから……! こんなに俺を狂わすの、堪えの無い奴にさせるの……!」
  荒い息と共に樹來の唇が、緋桜の首筋をなぶる。
  噛み付かれそうな勢いの愛撫に、緋桜はもう怖いと思わない。彼のほとばしる獣のような愛情表現に身も心も蕩けるだけだ。

  お互いの名を呼びながら何度も求め、果てた。


 ***
 『使用人通路ってあるのか』
 『そうなの。萌黄達が下働き用の通路なので、教えるのを迷っていたんだけど』
  薄暗くてあまり綺麗とは言えないけどそこを通れば、来賓用宮と奥宮と仕官用の寄宿舎の裏庭とか厨房に入れると言いながら緋桜は案内してくれた。
 『お忍びの逢瀬の時も結構使われてるんですって……だから会いに来て』
  頬を染めて手を握ってきた彼女。
 『父が厳しい境遇に置いているようだけど……負けないで頑張りましょう、二人で』
 『大丈夫、負けないよ。君に関わることには負ける気がしないから』

  ──緋桜が俺を想ってくれている限り

「樹來殿?」
  甚吾に話しかけられている途中だったことに気付き、樹來はすぐに顔を整えた。
  自分でも分かる。顔にしまりがない。
 「すまない、兵役春雇用の件でしたね」
 「それなのだが、王が参謀候補は例年通り推薦制で良いのではと。我が國は文官の就職希望者が採用率より高倍なので採用試験をかなり難しいのだ……」
  またニコニコと意味もなく微笑んでいる樹來を見て、甚吾も息子の甚三も顔を見合わせた。
 「大丈夫ですか?」
 「ここ暫く閉じ籠って仕事をこなしているせいか? 少し運動でもしますかな?」
 「──えっ? 文官も体力試験があるのですか?」
  疲れ過ぎて精神の糸が一本、二本切れたか。竜の場合は分からないので悩むが尋常ではない気がする。
 「……お疲れのようで」

  一日休みをもらえた樹來であった。

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