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竜、求婚する
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「──何だと?」
いきなり刈耶の口調が荒くなった。
この王は普段、人を怒鳴ったり気分で傷付けたりしない。温厚な人柄でやや頼りないが、誠実で生真面目な王を皆が慕っていた。
その王が王女の教育係である 砥湖とのこの言葉に敏感に反応し、眉を吊り上げて声を荒げたのだ。
しかし砥湖は、王がこのような態度を取るかも知れないと予感はあった。だから「お耳に入れたいことが」と、二人っきりになれるよう別室にお越しいただいたのだ。
王女に関することだと、王は神経を尖らせるのは知っていたからだ。
だが、王のこの淀んだ気には砥湖も一瞬たじろぎ、生唾を飲んだ。
「それは砥湖、お前以外はまだ見ていないのだな?」
「使用人達は承知しているのかと。後、萌黄や花葉と真朱も……恐らく、あの通路を教えたのはあの三人でしょうから」
砥湖は、やれやれという風に溜息をつきながら告げた。
──今日、朝の事だ。砥湖の元に王女緋桜の食事の量が最近、二倍に増えたと報告を受けていた。
食欲があるのは結構なことだ。食べ過ぎには注意をしなければならないが。
ただ、砥湖は長く王宮に仕えているだけに勘が働いた。侍女達が寝室に朝餉を持ち込む時間を見計らい訪問した。ほとんど突撃状態で、緋桜の侍女達を肩や腕で押し退け寝室に入る。
扉を開けた刹那、窓から逃げる服装は
──竜帝國の軍服──
「裾と髪しか見えませんでしたが、あの色合いといい銀髪といい、間違いなく樹來様でしょう」
「許さん……!」
刈耶がワナワナと怒りで肩を震わせていた。
「緋桜様にはもっと王女としての自覚を持って頂かないと。いくら性風習の大らかな帝國で、市井の者と混じってお暮らしだったとはいえ嫁入り前です。樹來様も婚約者同然とは申しても、正式ではありません。両者ともに、ご注意お願い致します」
砥湖は、最早耳に入っていない様子の刈耶にそう伝えた。
***
政務中の中休みには、刈耶は談話室で妃であり妻であるエスカルシアと、二人きりで茶を嗜む。
ムッとした様子の刈耶の斜め向こうで卓を挟み、エスカルシアは淑やかに茶を煎れて刈耶に差し出す。 しかし今日は愛しい妻が側にいて茶を煎れても、気難しい顔を崩さない。
その原因は──
「どうしてくれよう、あの青二才。我が娘を性欲の捌け口に使いおって……!」
まあ、とエスカルシア。
「刈耶、それは言い過ぎだわ。樹來様はここに来てずっと節制した生活を送っていたのよ。それに性の捌け口だなんて。緋桜が遊ばれている言い方で不愉快よ」
「や、すまん。そんな利用されているなんて思ってはいない」
妻につんとそっぽを向かれ、刈耶はしどろもどろに言い訳を始めた。
「あ、あちらは竜帝國の代表で来ているだろう? こちら側が何も言えない事を逆手に、緋桜を好きにしているのかと……」
「元々恋人同士ではないの。そんな関係になっているなら、緋桜も承諾済みですよ。と言うより、使用人通路を利用して寝室まで来るなら、あの子が導いたのではないの?」
「いや、だからちゃんと正式な許嫁としてなら構わんが、そうではないだろう? 緋桜は王女だぞ? 一般の娘ではない──いや一般の娘でも問題だが、これで捨てられたら緋桜が哀れではないか!」
「だったらさっさと公に婚約させたら?」
う、と刈耶の口が閉じる。
「それも嫌なのね? 貴方の態度を見ていて分かるけど」
エスカルシアは茶を啜りながら、ギロリと夫を睨み付ける。
「緋桜にも近付けさせないし、私達の茶の時間や食事の時間にも呼んだことないし、飲みにも誘わないでしょう? 」
「うう……それはせっかく家族が揃ったのだから、暫く部外者は遠慮して欲しいだけだ……」
「政の時だって私事の会話なんか一切無い、通路で会っても無視しているそうじゃない? 大人としてどうかと思う態度だわ」
「エ、エスカルシア! 君まであの竜の味方をするのか! 緋桜まで奴を庇うのだぞ!」
「生粋のセクト族しかいない中での生活で、たった一人しかいないのよ、あの竜は。習慣も考えも風習も、食事や住まいも何もかも違う中で頑張っている相手を見たら、そちらを応援したくなるわ」
エスカルシアの手が、刈耶の手の甲に添えられる。
「かつては私もそうだったわ……。母が亡くなり姉もこの國を出ていって……一人になって塞ぎこんでいた私を貴方は励まして、民族の壁を懸命に取り除こうとしてくれた……。私、そんな貴方を見て好きになったのよ。私にしたことを竜族相手では出来ないの?」
それは君だったからだ──刈耶はそう言いたげに咀嚼したが、
「……分かった。今夜、語り合ってみよう」
愛しい妻に涙ながらに切々と語られて、承諾するしかなかった。
***
──今夜、一献どうかね? すれ違い様誘われた。
驚いて顔を上げたが、刈耶は足早に去ってしまった。
(聞き違いじゃないよな?)
と樹來。朝の騒ぎの件か。まあ、言い逃れをするつもりはないし。
樹來は夕方までに仕事を終わらせると準軍礼服を着込み、上着だけ脱いで自室で待っていた。
「樹來様、王がお呼びでございます」
仕官が呼びに来て、やはり飲みの誘いだとようやく現実を帯びてくる。
仕官に案内され奥宮に入る。王室の居住区に入ると、今度は妙艶な侍女が案内してくれた。
刈耶の個室の一つだろうか。案内された部屋は朱を基調とした色合いで、黒塗りの家具は繊細で豪奢な唐草の彫りがあり、金で塗られている。座る椅子の生地も手縫いの緻密な刺繍が施してあった。それでも派手にならないのは、色の彩度を抑えているからだろう。
「よく来たね」
上座に座っていた刈耶が、頭を垂らす樹來を手で招き入れる。
部屋には刈耶しかいない。そして彼の態度から、どう見ても歓迎しているように見えない。
周囲から圧され、嫌々ながら開いた宴だと樹來は直感した。
「この度、このような席を用意して頂き感謝の極みにございます」
「まあ……これは個人的な酒の席だ。堅苦しいことは無しで、心ゆくまで飲み明かそうではないか」
セクトゥム式の挨拶をする樹來に、刈耶はそう笑みを浮かべて言ったが顔がひきつっていた。
(緋桜の件だな、確実に)
先に腹を据えたのは樹來の方だった。刈耶が座るのを待ち、自分も弾力のある椅子に腰かける。
刈耶は壺酒の木の蓋を開けて見せた。
「これは百五十年もので、君達竜族がやって来た時期に造られ熟成された酒だ。内乱にも壺が割られずにここまで生き延びてきた」
自ら酒を注ぎ樹來に渡した。磨り硝子の小さな杯を、濃厚な樹液の色の酒が色をつける。
その杯を軽く掲げ、乾杯をした。口につけると芳醇な薫りが鼻腔を通り、喉を通ると濃厚だがまろやかに通っていき、後にじんわりと来る熱さが喉に残る。それが消えていくのが何とも惜しい。
樹來は思わず感嘆に息を吐いた。
「良い酒ですね……。こんな酒は初めて呑みます」
「よく嗜む方かね?」
「程々には」
「娘とは……緋桜に毎晩酌をさせているのか? 部屋に忍び込んで」
──早速きたな、と樹來。
「彼女の部屋で、酒は呑みません」
「部屋には行っているのだな?」
「報告を受けたから、俺をここに呼んだのではないですか?」
あっさりと認めた。
──随分とふてぶてしい態度だ、と刈耶は苦々しく思いながら樹來の杯に二杯目を注ごうとしたが、「俺が……」と樹來が柄杓を取り、刈耶の杯に先に注ぐ。
「夜更けに会いに行っているのは認めます。なかなか会う時間がとれなくて──苦肉の策です」
「まだ婚約者候補だぞ、君は! 正式ならまだしも!」
「では早く認めてください。俺だって、こそこそ会いに行きたくはありませんよ。悪いことをしているみたいじゃないですか」
「良くないことをしているのだ、君は。実際に!」
腹立しさにムカムカしながら酒をあおる。何せ、樹來という竜の呑むペースが早い。その上、本当に美味そうに飲んでいく。負けん気もあり、ついつられて刈耶もペースが早くなってしまう。
「では、今度から堂々と行きます」
「隠れてこそこそ行くのが良くない、と言う意味ではない! 緋桜は王女だぞ? 王位継承者だぞ? 君はその意味が分かっているのか?」
「分かっています。でも、緋桜は俺の姉代わりであった人であり、恋人です」
「屁理屈言うな!」
「では何が不満なんです? 俺が竜だからですか? 俺がセクト族だったら歓迎したんですか?」
「セクト族の男でも歓迎はせんぞ! あれは私の娘だ、ようやく会えた娘だ、今までの分を取り戻すのだ。嫁になんかいかせん!」
「だから、俺が婿に入りますって」
「いかん!」
刈耶自身も、我儘な言い分を通そうとしているのは分かっていた。
緋桜が現在継承権一位だが、放棄すれば以前から次期王として立てていた親族の者を立てれば良い。 元々、女王政権に難色を示す國だ。更にスフェラ=レンである緋桜を女王に立てれば、余所者を嫌う者達からの摩擦が生じるだろう。
だったら世界の頂点である竜帝國の皇帝の異父弟である樹來が、この國で緋桜の婿として入りその時点で継承権を放棄し、娘は國の守り刀としての竜と共に入れば良い。安心・安全だ。
だが、どうしても「娘をよろしく頼む」と言えない。
「兄である竜皇帝の威光を背負って婚約者候補などと言うな! 君は娘にきちんと求婚をして娘はそれを受けたのか! 恋人同士で互いに通じあっていると言うなら、政略婚ではないという証明を示せ! 少なくても私は妻に求婚をしたぞ。竜皇帝の異父弟だからと、はしょって良いわけはない! セクトゥム王家は、例え家と家との間で決められた結婚でも求婚はするぞ。セクトゥム王家に入ると言うなら伝統の求婚をするべきだ!」
──嘘だ。
求婚などという伝統など無い。
だが、種族の違うエスカルシアには求婚した。
自分が滅亡種でその保護のために妃に選んだのだろうとか、一体で小国が栄えるという伝承につられてとか、彼女に思ってほしくなかったから。
彼は言葉で娘に伝えているのか。國と國との結び付きのためではなく、自分自身が心の底から欲していると。それをこの目でみないと安心できない。
今まで苦労してきたであろう娘に、幸せになってもらいたいだけなのだ。
「しましたよ、求婚。五歳の時に」
「……えっ? ご、五歳?」
さらりと言い返した樹來に、刈耶は思わず口を半開きにして見つめてしまう。
思い出したのか、いやあ、と樹來は前髪を後ろに流しながら照れ臭そうに頬を染める。
「考えてみれば、あれって求婚だなあ、と。ませてたなあ、俺って。でも、緋桜は可愛かったし危なっかしくて俺が守らなきゃって、真剣だったんだけど」
「そうか、五歳で既に緋桜に! 目が肥えておるな!」
ははははははあ! と二人揃って笑い合う。
「──五歳の求婚など無効に決まっておろう!」
我に返った刈耶に叱られた樹來は「やっぱり?」と一笑すると、おちょこの杯の中の酒を豪快に飲み干す。そして勢いよく立ち上がり、刈耶に向かって挙手をした。
「──では今から、ちょっくら求婚してきます!」
「ぇぇええええ! ちょっ、ちょっくらって! 待ちなさい! 今からって、酔ってるだろ? 君、酔ってるだろ? そんな状態で求婚など許さんぞ!」
大股で勇んで部屋を出て行こうとする樹來を後ろから抑えるが、彼の勢いは止まらない。
刈耶の踏ん張る身体をずるずると引きずっていく。
「酔ってません! 吐いたら酔ってる証拠なんです。酔ったら吐くので飛行はヤバイいんです。空中ゲロ散布になるんで! その前に緋桜の所に行かないと!」
「ここで竜の姿をとる気か? 奥宮が壊れるだろう! 止めんか! 今までどんな飲み方していたのだ、迷惑ってもんじゃないぞ! って言うか酔ってるじゃないか、やっぱり!」
この! と、刈耶は樹來の身体を抱え込む。
「求婚とは一生女性の心に残るものだ! 酔っ払った勢いでやらないで計画を立てろ!」
「小細工は必要ありません! 無問題!」
「やめんかー!」
刈耶の怒鳴り声にピタリ、と樹來の身体が止まった。
「……樹來殿?」
「……気持ちわる……吐く……」
うう、と口を押さえその場にしゃがみこむ樹來から、刈耶は慌てて離れ、
「こ、ここで吐くな! 何か入れ物! いや、外!」
と、汚物入れの代わりを探す。
「──なんちゃって」
刈耶が離れた隙に樹來はスクッと立ち上がると、足早に緋桜の元に向かった。
「……ぁあ? ふざけるな、この若造!」
抱えていた壺を投げると、刈耶は樹來を追い掛けていく。
「衛兵! 奴を止めろ! 捕まえるんだ!」
二人で差しで飲んでいなかったか? と、見張りの兵達は顔を見合わせたが、とにかく事態が尋常でないのは、不敵な笑みを浮かべている竜と、後ろから必死な形相で追い掛けている王の様子で分かった。
「使者様、御免!」
と、槍と己の身体で道を塞ぐものの、笑いながら突進してくる樹來の腕が竜本来の姿に戻り、ひょいと退かされた。
「ははっは、無問題」
「そんな技、出来るとは聞いておらんぞ!」
怒り心頭の刈耶を尻目に、樹來は同じ奥宮の別室で母・エスカルシアと仲良く編み物をしていた緋桜を探し出した。
「樹來?」
「あら、どうしたの?」
二人、目を瞬かせながら鍵棒を動かす手を止めて、突然の来訪者を迎えた。刈耶も部屋に飛び込んでくる。
「緋桜! 奴は酔ってる。言うことをいちいち真に受けてはいかんぞ!」
樹來は、至極真剣な表情で緋桜に近付く。そして彼女の手を取ると片膝を立ててしゃがんだ。
「……樹來?」
その表情はとても酔っているとは思えない。止めようとする刈耶を、エスカルシアが制す。
「まずこれを……」
背中に手を回した樹來の手には、鱗が一枚。それを緋桜に渡す。
それは変わった形をした鱗だった。楕円形で片側は鋭く、魚の鱗のような通常の形ではない。
丸く円を描いた方の真ん中がへこんでいた。
「ハートの形……こんな形をした鱗もあるのね」
「触覚周辺にたまに出来るんだ。その鱗を見つけたら取っておくんだよ。そうして愛しい人が出来たら贈るんだ。『求愛』の印に」
「……まあ……」
緋桜の頬がほのかに朱に染まった。
傍らにはエスカルシアと刈耶は勿論、萌黄・花葉・真朱の三人組と他侍女達。騒ぎに駆け付けた衛兵達や士官達が、扉や窓から顔を出して見守っている。
「本当は何枚か集めて装飾品に仕立てから贈ろうと思っていたけど、あまり集まらなくて……」
と、後から二枚出して緋桜に渡す。
「だけど、これからも見つけたら緋桜、君に渡し続ける。愛してる、貴女以外に渡したい人はいない。俺の生涯の伴侶に、つがいになって欲しい」
緋桜は、樹來から渡された鱗を大事そうに胸に抱いた。
「ありがとう、樹來。……勿論お受けします」
キャーと女達の姦しい黄色い声が沸き上がった。男達は、どよめきに近い歓声と拍手を送る。
──そんな中、力無く床に座り項垂れる一人の男・刈耶を慰める女・エスカルシアがいた。
***
「そう言えば、父が酔ってるって言っていたけど……ちゃんと覚える? 私に求婚したこと」
「覚えてるよ、そもそも酔っていなかったし。まあ、良い酒呑ませてもらって気分良かったけど」
今夜から堂々と表から緋桜の部屋に入ってきた樹來に、緋桜は尋ねてみた。
刈耶はまだ衝撃から立ち直っておらず、真っ青な顔をしながら政務をこなし、緋桜やエスカルシアに今なおブツブツと不貞腐れている。緋桜も辟易して、母に任せて部屋に戻ってきたのだ。
「酔った振りしたわけね、父に」
「 セクトゥムここにきて三ヶ月近く。随分辛抱したんだ。少々意地悪もしたくなるでしょ? それになかなか面白かった。からかってムキになる様子が緋桜によく似ていた」
性格は父親の方じゃない? とカラカラ笑う樹來を見て、緋桜は呆れたように肩を竦めた。
「相手は國王よ?」
少々眉がつり上がり出した緋桜を樹來は引き寄せ、自分の膝の上に座らせた。
「樹來」
緋桜は楽しげに自分の鼻先や頬、瞼など顔の至る所に悪戯に口付けを落とす樹來から逃れるように顔をそらす。
「こら、ちゃんと謝ってよ、父に」
「はいはい。でも、言うだろ? 人の恋路の邪魔をする奴は、竜がやって来て痛い目に合うぞっと!」
口調の勢いそのままに緋桜を寝台に沈めた。
「そんな言い伝えありません! ……ぅ、うん…… 」
視界が樹來の顔で埋まる。唇を奪われ言葉を遮られた緋桜は、もう抵抗する気も出ない。
瞳を閉じて、樹來の首に腕を回す。大きな手が緋桜の夜着を脱がし、身体の至るあちこちの場所を這うのにそう時間は掛からなかった。
緋桜が艶やかな声を出している頃──
「刈耶、元気出して。緋桜の事を真剣に想っていることが分かって、良かったじゃない」
「……ぁあ」
「緋桜があんなに喜んで……貴方が促してくれたのでしょう?」
「ああ」
刈耶の片側に温かなぬくもりが掛かる。エスカルシアが、刈耶の腕に抱き付き身体を寄せてきた。
艶やかな紅い唇が喜びを表して、刈耶に微笑まれる。
「嬉しいわ、緋桜の笑顔を見れたのもそうだけど、貴方はやっぱり優しい人」
「エスカルシア……」
「愛してるわ、刈耶。私も娘達をみて触発されたみたい」
「……若い二人に負けないようしないとな」
熱情の眼差しが絡むと、あっという間にお互いの吐息を食らう。
刈耶はエスカルシアを寝台に倒し、エスカルシアは自分のショールを明燈石のランプに被せた。
***
刈耶は緋桜と樹來に、次の事を約束させた。
──婚姻するまで毎晩の宿泊逢瀬は控えること。
──勿論、子作りはまだ先!
「分かりました。お父様」
それでも今までよりずっと寛容になった。緋桜は素直に頷いた。
「ワカリマシタ、オトウサマ」
隣の樹來も不満はあるが頷いた。
「まだお父様と呼ぶな! しかも裏声で気色悪いわ!」
まだまだ婿舅の戦いは続くようだ。
刈耶「それから、樹來殿にはもう一つ約束をしてもらいたい」
樹來「はい?」
刈耶「呑んだら飛ぶな。絶対だ」
樹來「……はい」
緋桜「?」
いきなり刈耶の口調が荒くなった。
この王は普段、人を怒鳴ったり気分で傷付けたりしない。温厚な人柄でやや頼りないが、誠実で生真面目な王を皆が慕っていた。
その王が王女の教育係である 砥湖とのこの言葉に敏感に反応し、眉を吊り上げて声を荒げたのだ。
しかし砥湖は、王がこのような態度を取るかも知れないと予感はあった。だから「お耳に入れたいことが」と、二人っきりになれるよう別室にお越しいただいたのだ。
王女に関することだと、王は神経を尖らせるのは知っていたからだ。
だが、王のこの淀んだ気には砥湖も一瞬たじろぎ、生唾を飲んだ。
「それは砥湖、お前以外はまだ見ていないのだな?」
「使用人達は承知しているのかと。後、萌黄や花葉と真朱も……恐らく、あの通路を教えたのはあの三人でしょうから」
砥湖は、やれやれという風に溜息をつきながら告げた。
──今日、朝の事だ。砥湖の元に王女緋桜の食事の量が最近、二倍に増えたと報告を受けていた。
食欲があるのは結構なことだ。食べ過ぎには注意をしなければならないが。
ただ、砥湖は長く王宮に仕えているだけに勘が働いた。侍女達が寝室に朝餉を持ち込む時間を見計らい訪問した。ほとんど突撃状態で、緋桜の侍女達を肩や腕で押し退け寝室に入る。
扉を開けた刹那、窓から逃げる服装は
──竜帝國の軍服──
「裾と髪しか見えませんでしたが、あの色合いといい銀髪といい、間違いなく樹來様でしょう」
「許さん……!」
刈耶がワナワナと怒りで肩を震わせていた。
「緋桜様にはもっと王女としての自覚を持って頂かないと。いくら性風習の大らかな帝國で、市井の者と混じってお暮らしだったとはいえ嫁入り前です。樹來様も婚約者同然とは申しても、正式ではありません。両者ともに、ご注意お願い致します」
砥湖は、最早耳に入っていない様子の刈耶にそう伝えた。
***
政務中の中休みには、刈耶は談話室で妃であり妻であるエスカルシアと、二人きりで茶を嗜む。
ムッとした様子の刈耶の斜め向こうで卓を挟み、エスカルシアは淑やかに茶を煎れて刈耶に差し出す。 しかし今日は愛しい妻が側にいて茶を煎れても、気難しい顔を崩さない。
その原因は──
「どうしてくれよう、あの青二才。我が娘を性欲の捌け口に使いおって……!」
まあ、とエスカルシア。
「刈耶、それは言い過ぎだわ。樹來様はここに来てずっと節制した生活を送っていたのよ。それに性の捌け口だなんて。緋桜が遊ばれている言い方で不愉快よ」
「や、すまん。そんな利用されているなんて思ってはいない」
妻につんとそっぽを向かれ、刈耶はしどろもどろに言い訳を始めた。
「あ、あちらは竜帝國の代表で来ているだろう? こちら側が何も言えない事を逆手に、緋桜を好きにしているのかと……」
「元々恋人同士ではないの。そんな関係になっているなら、緋桜も承諾済みですよ。と言うより、使用人通路を利用して寝室まで来るなら、あの子が導いたのではないの?」
「いや、だからちゃんと正式な許嫁としてなら構わんが、そうではないだろう? 緋桜は王女だぞ? 一般の娘ではない──いや一般の娘でも問題だが、これで捨てられたら緋桜が哀れではないか!」
「だったらさっさと公に婚約させたら?」
う、と刈耶の口が閉じる。
「それも嫌なのね? 貴方の態度を見ていて分かるけど」
エスカルシアは茶を啜りながら、ギロリと夫を睨み付ける。
「緋桜にも近付けさせないし、私達の茶の時間や食事の時間にも呼んだことないし、飲みにも誘わないでしょう? 」
「うう……それはせっかく家族が揃ったのだから、暫く部外者は遠慮して欲しいだけだ……」
「政の時だって私事の会話なんか一切無い、通路で会っても無視しているそうじゃない? 大人としてどうかと思う態度だわ」
「エ、エスカルシア! 君まであの竜の味方をするのか! 緋桜まで奴を庇うのだぞ!」
「生粋のセクト族しかいない中での生活で、たった一人しかいないのよ、あの竜は。習慣も考えも風習も、食事や住まいも何もかも違う中で頑張っている相手を見たら、そちらを応援したくなるわ」
エスカルシアの手が、刈耶の手の甲に添えられる。
「かつては私もそうだったわ……。母が亡くなり姉もこの國を出ていって……一人になって塞ぎこんでいた私を貴方は励まして、民族の壁を懸命に取り除こうとしてくれた……。私、そんな貴方を見て好きになったのよ。私にしたことを竜族相手では出来ないの?」
それは君だったからだ──刈耶はそう言いたげに咀嚼したが、
「……分かった。今夜、語り合ってみよう」
愛しい妻に涙ながらに切々と語られて、承諾するしかなかった。
***
──今夜、一献どうかね? すれ違い様誘われた。
驚いて顔を上げたが、刈耶は足早に去ってしまった。
(聞き違いじゃないよな?)
と樹來。朝の騒ぎの件か。まあ、言い逃れをするつもりはないし。
樹來は夕方までに仕事を終わらせると準軍礼服を着込み、上着だけ脱いで自室で待っていた。
「樹來様、王がお呼びでございます」
仕官が呼びに来て、やはり飲みの誘いだとようやく現実を帯びてくる。
仕官に案内され奥宮に入る。王室の居住区に入ると、今度は妙艶な侍女が案内してくれた。
刈耶の個室の一つだろうか。案内された部屋は朱を基調とした色合いで、黒塗りの家具は繊細で豪奢な唐草の彫りがあり、金で塗られている。座る椅子の生地も手縫いの緻密な刺繍が施してあった。それでも派手にならないのは、色の彩度を抑えているからだろう。
「よく来たね」
上座に座っていた刈耶が、頭を垂らす樹來を手で招き入れる。
部屋には刈耶しかいない。そして彼の態度から、どう見ても歓迎しているように見えない。
周囲から圧され、嫌々ながら開いた宴だと樹來は直感した。
「この度、このような席を用意して頂き感謝の極みにございます」
「まあ……これは個人的な酒の席だ。堅苦しいことは無しで、心ゆくまで飲み明かそうではないか」
セクトゥム式の挨拶をする樹來に、刈耶はそう笑みを浮かべて言ったが顔がひきつっていた。
(緋桜の件だな、確実に)
先に腹を据えたのは樹來の方だった。刈耶が座るのを待ち、自分も弾力のある椅子に腰かける。
刈耶は壺酒の木の蓋を開けて見せた。
「これは百五十年もので、君達竜族がやって来た時期に造られ熟成された酒だ。内乱にも壺が割られずにここまで生き延びてきた」
自ら酒を注ぎ樹來に渡した。磨り硝子の小さな杯を、濃厚な樹液の色の酒が色をつける。
その杯を軽く掲げ、乾杯をした。口につけると芳醇な薫りが鼻腔を通り、喉を通ると濃厚だがまろやかに通っていき、後にじんわりと来る熱さが喉に残る。それが消えていくのが何とも惜しい。
樹來は思わず感嘆に息を吐いた。
「良い酒ですね……。こんな酒は初めて呑みます」
「よく嗜む方かね?」
「程々には」
「娘とは……緋桜に毎晩酌をさせているのか? 部屋に忍び込んで」
──早速きたな、と樹來。
「彼女の部屋で、酒は呑みません」
「部屋には行っているのだな?」
「報告を受けたから、俺をここに呼んだのではないですか?」
あっさりと認めた。
──随分とふてぶてしい態度だ、と刈耶は苦々しく思いながら樹來の杯に二杯目を注ごうとしたが、「俺が……」と樹來が柄杓を取り、刈耶の杯に先に注ぐ。
「夜更けに会いに行っているのは認めます。なかなか会う時間がとれなくて──苦肉の策です」
「まだ婚約者候補だぞ、君は! 正式ならまだしも!」
「では早く認めてください。俺だって、こそこそ会いに行きたくはありませんよ。悪いことをしているみたいじゃないですか」
「良くないことをしているのだ、君は。実際に!」
腹立しさにムカムカしながら酒をあおる。何せ、樹來という竜の呑むペースが早い。その上、本当に美味そうに飲んでいく。負けん気もあり、ついつられて刈耶もペースが早くなってしまう。
「では、今度から堂々と行きます」
「隠れてこそこそ行くのが良くない、と言う意味ではない! 緋桜は王女だぞ? 王位継承者だぞ? 君はその意味が分かっているのか?」
「分かっています。でも、緋桜は俺の姉代わりであった人であり、恋人です」
「屁理屈言うな!」
「では何が不満なんです? 俺が竜だからですか? 俺がセクト族だったら歓迎したんですか?」
「セクト族の男でも歓迎はせんぞ! あれは私の娘だ、ようやく会えた娘だ、今までの分を取り戻すのだ。嫁になんかいかせん!」
「だから、俺が婿に入りますって」
「いかん!」
刈耶自身も、我儘な言い分を通そうとしているのは分かっていた。
緋桜が現在継承権一位だが、放棄すれば以前から次期王として立てていた親族の者を立てれば良い。 元々、女王政権に難色を示す國だ。更にスフェラ=レンである緋桜を女王に立てれば、余所者を嫌う者達からの摩擦が生じるだろう。
だったら世界の頂点である竜帝國の皇帝の異父弟である樹來が、この國で緋桜の婿として入りその時点で継承権を放棄し、娘は國の守り刀としての竜と共に入れば良い。安心・安全だ。
だが、どうしても「娘をよろしく頼む」と言えない。
「兄である竜皇帝の威光を背負って婚約者候補などと言うな! 君は娘にきちんと求婚をして娘はそれを受けたのか! 恋人同士で互いに通じあっていると言うなら、政略婚ではないという証明を示せ! 少なくても私は妻に求婚をしたぞ。竜皇帝の異父弟だからと、はしょって良いわけはない! セクトゥム王家は、例え家と家との間で決められた結婚でも求婚はするぞ。セクトゥム王家に入ると言うなら伝統の求婚をするべきだ!」
──嘘だ。
求婚などという伝統など無い。
だが、種族の違うエスカルシアには求婚した。
自分が滅亡種でその保護のために妃に選んだのだろうとか、一体で小国が栄えるという伝承につられてとか、彼女に思ってほしくなかったから。
彼は言葉で娘に伝えているのか。國と國との結び付きのためではなく、自分自身が心の底から欲していると。それをこの目でみないと安心できない。
今まで苦労してきたであろう娘に、幸せになってもらいたいだけなのだ。
「しましたよ、求婚。五歳の時に」
「……えっ? ご、五歳?」
さらりと言い返した樹來に、刈耶は思わず口を半開きにして見つめてしまう。
思い出したのか、いやあ、と樹來は前髪を後ろに流しながら照れ臭そうに頬を染める。
「考えてみれば、あれって求婚だなあ、と。ませてたなあ、俺って。でも、緋桜は可愛かったし危なっかしくて俺が守らなきゃって、真剣だったんだけど」
「そうか、五歳で既に緋桜に! 目が肥えておるな!」
ははははははあ! と二人揃って笑い合う。
「──五歳の求婚など無効に決まっておろう!」
我に返った刈耶に叱られた樹來は「やっぱり?」と一笑すると、おちょこの杯の中の酒を豪快に飲み干す。そして勢いよく立ち上がり、刈耶に向かって挙手をした。
「──では今から、ちょっくら求婚してきます!」
「ぇぇええええ! ちょっ、ちょっくらって! 待ちなさい! 今からって、酔ってるだろ? 君、酔ってるだろ? そんな状態で求婚など許さんぞ!」
大股で勇んで部屋を出て行こうとする樹來を後ろから抑えるが、彼の勢いは止まらない。
刈耶の踏ん張る身体をずるずると引きずっていく。
「酔ってません! 吐いたら酔ってる証拠なんです。酔ったら吐くので飛行はヤバイいんです。空中ゲロ散布になるんで! その前に緋桜の所に行かないと!」
「ここで竜の姿をとる気か? 奥宮が壊れるだろう! 止めんか! 今までどんな飲み方していたのだ、迷惑ってもんじゃないぞ! って言うか酔ってるじゃないか、やっぱり!」
この! と、刈耶は樹來の身体を抱え込む。
「求婚とは一生女性の心に残るものだ! 酔っ払った勢いでやらないで計画を立てろ!」
「小細工は必要ありません! 無問題!」
「やめんかー!」
刈耶の怒鳴り声にピタリ、と樹來の身体が止まった。
「……樹來殿?」
「……気持ちわる……吐く……」
うう、と口を押さえその場にしゃがみこむ樹來から、刈耶は慌てて離れ、
「こ、ここで吐くな! 何か入れ物! いや、外!」
と、汚物入れの代わりを探す。
「──なんちゃって」
刈耶が離れた隙に樹來はスクッと立ち上がると、足早に緋桜の元に向かった。
「……ぁあ? ふざけるな、この若造!」
抱えていた壺を投げると、刈耶は樹來を追い掛けていく。
「衛兵! 奴を止めろ! 捕まえるんだ!」
二人で差しで飲んでいなかったか? と、見張りの兵達は顔を見合わせたが、とにかく事態が尋常でないのは、不敵な笑みを浮かべている竜と、後ろから必死な形相で追い掛けている王の様子で分かった。
「使者様、御免!」
と、槍と己の身体で道を塞ぐものの、笑いながら突進してくる樹來の腕が竜本来の姿に戻り、ひょいと退かされた。
「ははっは、無問題」
「そんな技、出来るとは聞いておらんぞ!」
怒り心頭の刈耶を尻目に、樹來は同じ奥宮の別室で母・エスカルシアと仲良く編み物をしていた緋桜を探し出した。
「樹來?」
「あら、どうしたの?」
二人、目を瞬かせながら鍵棒を動かす手を止めて、突然の来訪者を迎えた。刈耶も部屋に飛び込んでくる。
「緋桜! 奴は酔ってる。言うことをいちいち真に受けてはいかんぞ!」
樹來は、至極真剣な表情で緋桜に近付く。そして彼女の手を取ると片膝を立ててしゃがんだ。
「……樹來?」
その表情はとても酔っているとは思えない。止めようとする刈耶を、エスカルシアが制す。
「まずこれを……」
背中に手を回した樹來の手には、鱗が一枚。それを緋桜に渡す。
それは変わった形をした鱗だった。楕円形で片側は鋭く、魚の鱗のような通常の形ではない。
丸く円を描いた方の真ん中がへこんでいた。
「ハートの形……こんな形をした鱗もあるのね」
「触覚周辺にたまに出来るんだ。その鱗を見つけたら取っておくんだよ。そうして愛しい人が出来たら贈るんだ。『求愛』の印に」
「……まあ……」
緋桜の頬がほのかに朱に染まった。
傍らにはエスカルシアと刈耶は勿論、萌黄・花葉・真朱の三人組と他侍女達。騒ぎに駆け付けた衛兵達や士官達が、扉や窓から顔を出して見守っている。
「本当は何枚か集めて装飾品に仕立てから贈ろうと思っていたけど、あまり集まらなくて……」
と、後から二枚出して緋桜に渡す。
「だけど、これからも見つけたら緋桜、君に渡し続ける。愛してる、貴女以外に渡したい人はいない。俺の生涯の伴侶に、つがいになって欲しい」
緋桜は、樹來から渡された鱗を大事そうに胸に抱いた。
「ありがとう、樹來。……勿論お受けします」
キャーと女達の姦しい黄色い声が沸き上がった。男達は、どよめきに近い歓声と拍手を送る。
──そんな中、力無く床に座り項垂れる一人の男・刈耶を慰める女・エスカルシアがいた。
***
「そう言えば、父が酔ってるって言っていたけど……ちゃんと覚える? 私に求婚したこと」
「覚えてるよ、そもそも酔っていなかったし。まあ、良い酒呑ませてもらって気分良かったけど」
今夜から堂々と表から緋桜の部屋に入ってきた樹來に、緋桜は尋ねてみた。
刈耶はまだ衝撃から立ち直っておらず、真っ青な顔をしながら政務をこなし、緋桜やエスカルシアに今なおブツブツと不貞腐れている。緋桜も辟易して、母に任せて部屋に戻ってきたのだ。
「酔った振りしたわけね、父に」
「 セクトゥムここにきて三ヶ月近く。随分辛抱したんだ。少々意地悪もしたくなるでしょ? それになかなか面白かった。からかってムキになる様子が緋桜によく似ていた」
性格は父親の方じゃない? とカラカラ笑う樹來を見て、緋桜は呆れたように肩を竦めた。
「相手は國王よ?」
少々眉がつり上がり出した緋桜を樹來は引き寄せ、自分の膝の上に座らせた。
「樹來」
緋桜は楽しげに自分の鼻先や頬、瞼など顔の至る所に悪戯に口付けを落とす樹來から逃れるように顔をそらす。
「こら、ちゃんと謝ってよ、父に」
「はいはい。でも、言うだろ? 人の恋路の邪魔をする奴は、竜がやって来て痛い目に合うぞっと!」
口調の勢いそのままに緋桜を寝台に沈めた。
「そんな言い伝えありません! ……ぅ、うん…… 」
視界が樹來の顔で埋まる。唇を奪われ言葉を遮られた緋桜は、もう抵抗する気も出ない。
瞳を閉じて、樹來の首に腕を回す。大きな手が緋桜の夜着を脱がし、身体の至るあちこちの場所を這うのにそう時間は掛からなかった。
緋桜が艶やかな声を出している頃──
「刈耶、元気出して。緋桜の事を真剣に想っていることが分かって、良かったじゃない」
「……ぁあ」
「緋桜があんなに喜んで……貴方が促してくれたのでしょう?」
「ああ」
刈耶の片側に温かなぬくもりが掛かる。エスカルシアが、刈耶の腕に抱き付き身体を寄せてきた。
艶やかな紅い唇が喜びを表して、刈耶に微笑まれる。
「嬉しいわ、緋桜の笑顔を見れたのもそうだけど、貴方はやっぱり優しい人」
「エスカルシア……」
「愛してるわ、刈耶。私も娘達をみて触発されたみたい」
「……若い二人に負けないようしないとな」
熱情の眼差しが絡むと、あっという間にお互いの吐息を食らう。
刈耶はエスカルシアを寝台に倒し、エスカルシアは自分のショールを明燈石のランプに被せた。
***
刈耶は緋桜と樹來に、次の事を約束させた。
──婚姻するまで毎晩の宿泊逢瀬は控えること。
──勿論、子作りはまだ先!
「分かりました。お父様」
それでも今までよりずっと寛容になった。緋桜は素直に頷いた。
「ワカリマシタ、オトウサマ」
隣の樹來も不満はあるが頷いた。
「まだお父様と呼ぶな! しかも裏声で気色悪いわ!」
まだまだ婿舅の戦いは続くようだ。
刈耶「それから、樹來殿にはもう一つ約束をしてもらいたい」
樹來「はい?」
刈耶「呑んだら飛ぶな。絶対だ」
樹來「……はい」
緋桜「?」
10
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