竜の紅石*缶詰

鳴澤うた

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竜、俳優になる

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 樹來が婚約の準備の為に、一時帰国をした。

  それから数日後に、樹來の元に歌劇の招待状が届いた。
 「お前のところにも来たのか」
とマイズ。
 「ああ、陛下夫妻の元にも届いたらしい」
  ガイラがマイズの側でお茶を煎れていた。
  結婚をして、マイズの権限階に夫婦として住んでいる。二人はもう長年の付き合いで、落ち着いた雰囲気だ。
  樹來も緋桜と婚約をして、早ければ半年後に式を上げる予定だが、それはこれからの調整次第だ。

  二人の様子を見て
(俺の時にはもう少し……)
  甘々でいたいな、と思う樹來だ。
  自分はマイズのように暴言マゾではない。
 『ガイラのあの、氷点下の空気にさらした槍で突かれたような言葉と視線がたまらん!』
と、身を悶えて快感ばっているマイズの姿の後に異父兄夫婦を見ると、夫婦の形は様々だと思うが。
  異父兄夫婦も結婚して長いが、いまだに熱烈夫婦だ。
  というより、どちらかというと異父兄の方がゲージが大きいらしい。
  馴れ初めを聞いて、兄にそんな情熱的な部分があるのがにわかに信じられなくて「嘘だあ」と、笑っていたら義姉に微笑まれながら、飲んでいたお茶の杯を
 さくっ
 と槍で真っ二つにされた過去がある。
  ――宮廷に上がって始めの年だった。
  実際、宮廷に上がって何度も顔合わせするうちに本当のことなのだと納得したが。
  異父兄夫婦が子沢山になったのも、異父兄が「沢山子供が欲しい」のと「身軽になって、他の男(竜)に言い寄られたら腹立たしい」が理由だという。
 (子供は欲しいけど、流石にあそこまでは……)
  ──それに、異種間同士だと妊娠しにくいのと、特に竜が夫の場合だと出産に危険が伴う。
  今は、いつでも医師の監視下にいてもらえれば問題はないが、それでも危険の境界線が分かる竜の医師でないと難しい。
 (それもいずれ セクトゥムむこうの王室と相談しないとな……)
  結婚しても色々問題が山積みだ、と樹來は溜息を付くが──目下、しばらくは緋桜と二人でゆっくりするんだ、それは譲れないと固く心に誓った。

 「同封された小冊子をご覧になりました?」
  ガイラが胡散臭げに広げて見せた。
  そこに載っている配役の名を読んで度肝を抜いた。
 「──ザゼル!」
 「あいつ……俳優に転向かよ!」
 「それも、いきなり原作と監督と主役ですよ? 十中八九実家のお力でしょう」
  はあ、と呆れたように息を吐いてガイラが樹來とマイズにお茶を渡す。
 「結局、子供は可愛いと見捨てられんと言うことだろうな。どうする?」
  マイズに聞かれ、樹來は少し考えて、
 「行ってみるかな。観劇自体あまり行ったこと無かったし」
と答えた。
 「寝ちゃいそうだよな」
 「うん。だから行かなかったけど、精神鍛練だと思って励もうと思う」
 「軍事訓練と同等に捉えておりませんか?」


 ***
 「か、感激だ! 素晴らしかった!」
  マイズが立ち上がり拍手を送る。
 「本当に! 驚きましたわ、ザゼル様は芸術に才能がお有りだったのですね!」
  ガイラまでも瞳を潤ませて拍手を送った。
  二人だけでない。
  観客のほとんどが舞台の幕が下りても立ち上がり、大喝采と拍手を送り続ける。
  歌劇の内容は
 生まれも素性も不明な美しい乙女と、國の支配者の恋物語。
  支配者の弟が横恋慕して様々な企てをするが、二人の仲はさらに深くなっていく。
  そこで弟は、隠居した國最大の権力者である祖父を担ぎ出し、二人は引き裂かれる。
  乙女は滅亡した種族であることが判明し、祖父に奪われてしまい弟は失脚。
  幽閉された支配者は逃亡し、機会を見て再起を図る。
  最後には國を取り戻し再び支配者の地位に就き、頑なに祖父や弟を拒み続けた乙女とようやく結ばれる ──恋あり策略あり戦いありと言う、観劇にはよくある物語である。
  だが、つい最近で帝國で似た事件が起こったせいか、観客の感情移入が半端なかった。
  しかも、ザゼル自身が事件に関係していたので生々しく、真に迫るものであった。
  観客達は宮廷で起こっただろう事として観に来ているから、ザゼル脚本・監督・主演は絶大な効果であった。
  しかも──確かに彼は役者としての才はあるようだ。
  兵役を勤めているより、俳優の方が彼自身の魅力が引き立っていた。

  だが、一人納得いかない表情でおざなりな拍手をしている者がいた。
 「なんだ樹來、ブスッとして」
 「面白くなかったの?」
  物凄く意外な顔をして尋ねてきたマイズとガイラに、樹來は変わらず不愉快そうに口を開いた。
 「何で主役が陛下なんだ? 何で陛下とヒロインがくっつくんだ? 何で俺かも知れない役が陛下の愛姓なんだ? 」
 「おいおい、物語なんだぞ? 劇の中のことだろう」
 「そうよ。現実は違うのですから、その辺り切り離ししないと」
 「分かってるけど気分悪い。──陛下役がザゼルな分、余計に」
  ますます不愉快になったのか、樹來の目が据わってきた。

  樹來にとっては気分の良くない観劇デビューになったが、ザゼルはこの大成功の初舞台で一躍時の人(竜)となった。

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