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105.キロヒ、冬同士の吹雪に凍える
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「現時点でニヂロは、この亜霊域器と同じものも作れない。作れたとしても売り払って金に換える以外の考えがない。せいぜい実験体として名乗りをあげるしかない。そのくらいの価値の精霊士なら、他にはいて捨てるほどいる」
「いいぜ、その亜霊域器の話にはアタシは絡まない。それでいいんだろう? ただし、ゴミがいつまでもゴミで、おとなしく掃いて捨てられると思うなよ。その亜霊域器の謎を自力で解くことができれば、アタシが好きに作れる。その時に、高笑いをしながら売り払ってやるよ」
言葉による冬の戦場は、ニヂロの負けで決着はついた。しかし、心が折れていない敗残兵である。再び力をためて、強大な敵を倒す意思を隠すこともしなかった。
「北部の寒村からの成り上がりが、幻級まで手が届くのか?」
「その手の白さで、北部を名乗るなよ。草の根も食ったこともないお坊ちゃまだろ?」
「その辺にしませんか?」
クロヤハが、割って入る。ここから先は、ただの悪口合戦になりそうだと、キロヒも思った。
「このくらい北部では普通だ」
「この程度、ケンカの内に入るかよ」
二人して、冷たい視線をクロヤハに向ける。故郷の名こそ違え、北部同士はどうやら荒い対応が基本のようだ。どうして罵倒合戦で、二人はこんなに生き生きとしているのか。
ニヂロはこの学校に来て「ぬるい」という気持ちを覚えるのは当然だろう。互いにけなし合うのが当たり前のような場所出身からすると、普通に扱われるのは落ち着かないだろう。
今度の休暇、大丈夫かな──キロヒは心配になった。北部の手前なので、そこまでではないだろうが、灰色の肌を見かけたら、荒いのが当たり前だと覚悟しようと思った。シテカのような人がいっぱいいる、というのも、キロヒには難しいが。
「そもそも、ニヂロがこの学園に来られていることそのものが奇跡だろう」
「アタシがおとなしく落とされるわけないだろ?」
二人で分かり合ってしゃべっていることに、キロヒとクロヤハは首を傾げる。何の話をしているのか、まったく分からない。
「北部は寒村が多く、学のない人間が多い。勉強そのものは神殿で無料で教えられるのだが、親が子を労働させたがるせいだ」
「うちの親はロクデナシだ。ロクデナシの言うことなんか聞くかよ。あんな奴らの話を素直に聞いてたら、アタシは今頃売り飛ばされてるぜ」
北部同士の会話は、心地良いのだろう。二人の口の滑りが、すさまじい。あのニヂロが、家族の話をすんなりと口にしている。キロヒは驚きながら、聞き続けるしかなかった。
「そんなロクデナシの下で、中級精霊に上霊したのはまだしも、学園に推薦されるほど学問を修めていることが奇跡だ。地元の名士の子どもが同じ年にはいなかったのか?」
「いたいた、村長のくそったれな娘な。村中全員が、学園に推薦されるのはあっちだって言ってたぜ?」
「どうやって出し抜いた?」
「簡単だ。幸せなブスより先に、中級精霊に上霊して煽ってやった。推薦の決定までは、まだまだ期間があったんだが、ロクデナシの娘に上霊で負けたって屈辱をつつきまわしたら、ついにやりやがったんだ」
「やったのか」
「ああ、顔を真っ赤にして包丁持ち出しやがった。村のど真ん中で、アタシの太ももを刺しやがった。バッカでぇ。アタシなんか気にせずに、まっとうに上霊してりゃあ、絶対に推薦受けられたのによ」
「口げんかに刃物は、下策の下だ」
「村長は口止めに走り回って、アタシの家には金を積んでロクデナシは大喜びだったのは腹が立つけど、アタシは太ももの傷ひとつで推薦だ。ざまぁみろ」
キロヒは黙ってクロヤハを見た。クロヤハも黙ってキロヒを見た。二人の心はひとつだった。
北部は怖い。
「本を持ちだせないのは、本当に残念だ。また時間を作って何とか来たいものだ」
北部同士の会話にげっそりした二人を前に、キーが名残惜しそうに三日目の図書室訪問を終える。ニヂロはさっさと避難部屋を経由して帰ってしまった。
「ニヂロのアレは、大丈夫なんですか?」
クロヤハの問いは、この場所にある亜霊域器についてだろう。キーがニヂロを取り込まなかったことにより、彼女は秘密を守らなくなるかもしれない。そこを心配したのだろう。
「いまこの亜霊域器の話を他の人間にしたとしよう。その話を聞いた人間が得をするだけだ。ニヂロではまだ亜霊域器を作れない。その誰かが自分で基礎具の登録をしてしまえば、それでニヂロの金稼ぎは終わる。自分で作って初めて金になるのが基礎具だ」
「情報を売る、というのはどうですか?」
「可能性は低い。得られる稼ぎが違うのが一点。価値の高い情報だと相手に気づかれた場合、不当に情報を引き出される可能性があるのが一点」
クロヤハの懸念にも、すんなりと答えが返される。
「不当に……」
「そうだ。情報に高い金を払うような相手は、金持ちだ。金持ちは金で力を買えると思っている人間も多い。金を払うと言って情報を引き出した後に反故にされた場合、ニヂロはどうやって抵抗すればいい? あるいは掴まって無理矢理聞き出されたら? 上級精霊士はそれなりに強いが、上級精霊士はどこにでもいる。後ろ暗い精霊士くずれを金で雇われていたら、ニヂロは終わりだ。そんな危険を冒すくらいなら、自分で研究して作れるようになった方がマシだ」
キーは、ニヂロに対しての信頼が厚い気がする。同じ北部のせいか、分かりやすいところがあるのだろう。
「まあ、万が一……」
クロヤハが納得して引きかけた時、キーが下弦の口を微かに開けて笑って言った。
「万が一、ニヂロが下手をうったら……私が責任を持って処置するよ」
同じ北部のよしみで。
ニヂロがよしみで処置されてしまうと、スミウとしても問題があるので、そこはどうにか穏便にお願いしたいキロヒだった。
「いいぜ、その亜霊域器の話にはアタシは絡まない。それでいいんだろう? ただし、ゴミがいつまでもゴミで、おとなしく掃いて捨てられると思うなよ。その亜霊域器の謎を自力で解くことができれば、アタシが好きに作れる。その時に、高笑いをしながら売り払ってやるよ」
言葉による冬の戦場は、ニヂロの負けで決着はついた。しかし、心が折れていない敗残兵である。再び力をためて、強大な敵を倒す意思を隠すこともしなかった。
「北部の寒村からの成り上がりが、幻級まで手が届くのか?」
「その手の白さで、北部を名乗るなよ。草の根も食ったこともないお坊ちゃまだろ?」
「その辺にしませんか?」
クロヤハが、割って入る。ここから先は、ただの悪口合戦になりそうだと、キロヒも思った。
「このくらい北部では普通だ」
「この程度、ケンカの内に入るかよ」
二人して、冷たい視線をクロヤハに向ける。故郷の名こそ違え、北部同士はどうやら荒い対応が基本のようだ。どうして罵倒合戦で、二人はこんなに生き生きとしているのか。
ニヂロはこの学校に来て「ぬるい」という気持ちを覚えるのは当然だろう。互いにけなし合うのが当たり前のような場所出身からすると、普通に扱われるのは落ち着かないだろう。
今度の休暇、大丈夫かな──キロヒは心配になった。北部の手前なので、そこまでではないだろうが、灰色の肌を見かけたら、荒いのが当たり前だと覚悟しようと思った。シテカのような人がいっぱいいる、というのも、キロヒには難しいが。
「そもそも、ニヂロがこの学園に来られていることそのものが奇跡だろう」
「アタシがおとなしく落とされるわけないだろ?」
二人で分かり合ってしゃべっていることに、キロヒとクロヤハは首を傾げる。何の話をしているのか、まったく分からない。
「北部は寒村が多く、学のない人間が多い。勉強そのものは神殿で無料で教えられるのだが、親が子を労働させたがるせいだ」
「うちの親はロクデナシだ。ロクデナシの言うことなんか聞くかよ。あんな奴らの話を素直に聞いてたら、アタシは今頃売り飛ばされてるぜ」
北部同士の会話は、心地良いのだろう。二人の口の滑りが、すさまじい。あのニヂロが、家族の話をすんなりと口にしている。キロヒは驚きながら、聞き続けるしかなかった。
「そんなロクデナシの下で、中級精霊に上霊したのはまだしも、学園に推薦されるほど学問を修めていることが奇跡だ。地元の名士の子どもが同じ年にはいなかったのか?」
「いたいた、村長のくそったれな娘な。村中全員が、学園に推薦されるのはあっちだって言ってたぜ?」
「どうやって出し抜いた?」
「簡単だ。幸せなブスより先に、中級精霊に上霊して煽ってやった。推薦の決定までは、まだまだ期間があったんだが、ロクデナシの娘に上霊で負けたって屈辱をつつきまわしたら、ついにやりやがったんだ」
「やったのか」
「ああ、顔を真っ赤にして包丁持ち出しやがった。村のど真ん中で、アタシの太ももを刺しやがった。バッカでぇ。アタシなんか気にせずに、まっとうに上霊してりゃあ、絶対に推薦受けられたのによ」
「口げんかに刃物は、下策の下だ」
「村長は口止めに走り回って、アタシの家には金を積んでロクデナシは大喜びだったのは腹が立つけど、アタシは太ももの傷ひとつで推薦だ。ざまぁみろ」
キロヒは黙ってクロヤハを見た。クロヤハも黙ってキロヒを見た。二人の心はひとつだった。
北部は怖い。
「本を持ちだせないのは、本当に残念だ。また時間を作って何とか来たいものだ」
北部同士の会話にげっそりした二人を前に、キーが名残惜しそうに三日目の図書室訪問を終える。ニヂロはさっさと避難部屋を経由して帰ってしまった。
「ニヂロのアレは、大丈夫なんですか?」
クロヤハの問いは、この場所にある亜霊域器についてだろう。キーがニヂロを取り込まなかったことにより、彼女は秘密を守らなくなるかもしれない。そこを心配したのだろう。
「いまこの亜霊域器の話を他の人間にしたとしよう。その話を聞いた人間が得をするだけだ。ニヂロではまだ亜霊域器を作れない。その誰かが自分で基礎具の登録をしてしまえば、それでニヂロの金稼ぎは終わる。自分で作って初めて金になるのが基礎具だ」
「情報を売る、というのはどうですか?」
「可能性は低い。得られる稼ぎが違うのが一点。価値の高い情報だと相手に気づかれた場合、不当に情報を引き出される可能性があるのが一点」
クロヤハの懸念にも、すんなりと答えが返される。
「不当に……」
「そうだ。情報に高い金を払うような相手は、金持ちだ。金持ちは金で力を買えると思っている人間も多い。金を払うと言って情報を引き出した後に反故にされた場合、ニヂロはどうやって抵抗すればいい? あるいは掴まって無理矢理聞き出されたら? 上級精霊士はそれなりに強いが、上級精霊士はどこにでもいる。後ろ暗い精霊士くずれを金で雇われていたら、ニヂロは終わりだ。そんな危険を冒すくらいなら、自分で研究して作れるようになった方がマシだ」
キーは、ニヂロに対しての信頼が厚い気がする。同じ北部のせいか、分かりやすいところがあるのだろう。
「まあ、万が一……」
クロヤハが納得して引きかけた時、キーが下弦の口を微かに開けて笑って言った。
「万が一、ニヂロが下手をうったら……私が責任を持って処置するよ」
同じ北部のよしみで。
ニヂロがよしみで処置されてしまうと、スミウとしても問題があるので、そこはどうにか穏便にお願いしたいキロヒだった。
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