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110.キロヒ、悪女に出会う
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「世界を憎んでる……」
茫然とした少年の口からこぼれ落ちたその言葉は、ついさっき間違いなく謎精霊が言ったものと同じだった。
間違いなく、彼は謎精霊の声がきちんと届いている。キロヒと同じように。キロヒの場合は、クルリを強制的にいじられた結果だった。そう考えると、この少年はずば抜けて謎精霊と相性がいい。
「えー……順を追って話を……えー、した方がよさそうですな」
少年と少女が、分かりやすく建設的な話を進められずにいるという微妙な空気を、おだやかな老人の声が割って入る。
キロヒは「はい」と立ち上がり、一度本をきちんと閉じる。老人が視線で促すと、少年も「はい」と立ち上がり、本をゆっくりと閉ざした。
改めて座り直して、少年と向かい合う。見知らぬ男子は得意ではないが、テーブルを挟んで距離があることと、優し気な老人という仲介者のおかげで、キロヒの心境は穏やかな方だった。
「まずはご挨拶から。キロヒと申します。精霊士養成学園の二年生です」
込み入った話になるので、きちんとした名乗りから始める。
「エーキウです。余生をこの地ですごしております。この者は……」
「エーキウ様の従者……ユミと申します」
何とも言えない表情を浮かべてはいたものの、身体に染みついたと思われる淀みのない自己紹介。
「ユミ……?」
キロヒは思わずその名を疑問で口にした。わりと最近、その名前を聞いたことがあったからだ。
「……もしかして、キー先生のお知り合いですか?」
彼が最初に学園の教師に偽装して登場した時、その偽名を口にしたことを、キロヒは忘れていなかった。あえて幻級精霊士という肩書は出さない。
「……どうしてでしょう?」
ユミと名乗った少年の疑問に、キロヒは一つの回答を得た。彼は幻級精霊士のキーを知っている。知らないのであれば、「それは誰か?」という疑問になるからだ。
「キー先生が……偽名でユミと使ったからです」
「うぉっほっほっ……うっ……げっほげほ」
彼女の答えに、老人が思わず笑い出す。勢い余ってせき込んでしまい、ユミがその老いた背をさする。
「ごほ……えー、どうせ彼のことです。えー、偽名が思い浮かばずに、無名のユミの名を……えー、勝手に使ったのでしょう」
笑いを抑えきれないように、エーキウは細めた目で面白そうにキーの話をする。随分、近しい者への言い方だ。
キロヒは後悔した。キーが絡んできた時に、ちゃんと幻級精霊士の名前を全員覚えておけばよかった、と。もしかしたら、このエーキウは──
「失礼ですが、キー先生とはどういうご関係ですか?」
「えー、後輩というべきですかな」
キロヒの質問で、ほぼ答えは確定した。エーキウは、かなりの老体のようだ。この地で余生と言ったが、それはこの地で精霊と眠ろうと考えているのだろうか、とキロヒはじっと彼を見た。
「えー、まあ、私のことはこれくらいで……えー、お嬢さん。何か不思議な精霊の友人を、えー、お持ちですかな?」
「……友人を探している精霊がいます。その手伝いでここに来ました」
幻級精霊士キーの知り合いの、おそらく同じ幻級精霊士。キロヒがこの地に行くことを聞いて、キーは後押しさえしてみせた。精霊の友人持ちが多いこの地に彼女を誘導したのは、エーキウたちがいることを知っていたからではないのだろうか。
それを踏まえて、キロヒは普通であれば荒唐無稽とも思える話を口にした。その精霊が特級の中でも強力であることまでは言う必要はない。まだ謎精霊は、この少年を友人と決めたわけではないのだから。
むしろ、この地に詳しそうなエーキウの伝手が使えるかもしれない。キロヒの目論見は、そこにあった。
「友人を……えー、それはまた……えー、不思議な縁もあったものですな……それで、えー、ユミでは、えー、お眼鏡にかなわなかった……と?」
話題がユミの話になり、キロヒは困った笑みを浮かべるしかできなかった。ユミにしてみれば、いきなり精霊の声が聞こえてきて、勝手に見つめられて、勝手に悩まれている状態だ。しかも「世界を憎んでいる」なんていう、危険なお墨付きまでもらってしまった。普通の人なら怒っていい話だ。
フキルという実例も見ているキロヒからすれば、それでも犯罪に走るわけではなく、ちゃんと従者として働いているのだから胸を張っていいと思った。
「待ってください……人と、人の言葉で語り合える精霊なのですよね? それは、とても珍しく、そして力も持っている精霊ではないのでしょうか?」
ここまで戸惑っていたユミが、ようやく思考の整理がついたのか、向かいの席から身を乗り出すようにキロヒに問いかける。そこには熱意がある。緑銀の前髪の間から、枯葉色の目がまっすぐに彼女に向かっている。
彼はキロヒと同じ年くらい。精霊の友人を持たないが、幻級精霊士の従者をしている。こうして一緒に図書室で本を読み、エーキウと語り合っていることを思えば、そんじょそこらの学園生よりも精霊の知識は深い可能性があった。
だが、キロヒはこの少年を謎精霊の友人にするのは、「無し」の方だと考えた。彼が食いついたのは「珍しく」「力も持っている」という点だったからだ。
これに謎精霊が言った「世界を憎んでいる」を加えると、危険な料理が出来上がる。第二のフキルになるために、謎精霊を使うことはやめてほしいと感じた。
「残念ですが……」
「待ってください。その精霊は何も言ってないではないですか。悩ましいだけであって、私を完全に拒絶したわけではありませんよね?」
なまじ声が聞こえるせいで、キロヒの逃げ道がふさがれる。こうなると、謎精霊から言ってもらわないとことが収まりそうにない。
「ええと……何か言うことはありますか?」
仕方なく、キロヒは一人と一霊の間に入り、自分の口からどうぞと謎精霊を促した。
"あなた、私の友達になりたいの? じゃあ、私の友達になったら、何を私にくれるのかしら?"
謎精霊は──男に貢がせる悪女みたいなことを言い出した。
茫然とした少年の口からこぼれ落ちたその言葉は、ついさっき間違いなく謎精霊が言ったものと同じだった。
間違いなく、彼は謎精霊の声がきちんと届いている。キロヒと同じように。キロヒの場合は、クルリを強制的にいじられた結果だった。そう考えると、この少年はずば抜けて謎精霊と相性がいい。
「えー……順を追って話を……えー、した方がよさそうですな」
少年と少女が、分かりやすく建設的な話を進められずにいるという微妙な空気を、おだやかな老人の声が割って入る。
キロヒは「はい」と立ち上がり、一度本をきちんと閉じる。老人が視線で促すと、少年も「はい」と立ち上がり、本をゆっくりと閉ざした。
改めて座り直して、少年と向かい合う。見知らぬ男子は得意ではないが、テーブルを挟んで距離があることと、優し気な老人という仲介者のおかげで、キロヒの心境は穏やかな方だった。
「まずはご挨拶から。キロヒと申します。精霊士養成学園の二年生です」
込み入った話になるので、きちんとした名乗りから始める。
「エーキウです。余生をこの地ですごしております。この者は……」
「エーキウ様の従者……ユミと申します」
何とも言えない表情を浮かべてはいたものの、身体に染みついたと思われる淀みのない自己紹介。
「ユミ……?」
キロヒは思わずその名を疑問で口にした。わりと最近、その名前を聞いたことがあったからだ。
「……もしかして、キー先生のお知り合いですか?」
彼が最初に学園の教師に偽装して登場した時、その偽名を口にしたことを、キロヒは忘れていなかった。あえて幻級精霊士という肩書は出さない。
「……どうしてでしょう?」
ユミと名乗った少年の疑問に、キロヒは一つの回答を得た。彼は幻級精霊士のキーを知っている。知らないのであれば、「それは誰か?」という疑問になるからだ。
「キー先生が……偽名でユミと使ったからです」
「うぉっほっほっ……うっ……げっほげほ」
彼女の答えに、老人が思わず笑い出す。勢い余ってせき込んでしまい、ユミがその老いた背をさする。
「ごほ……えー、どうせ彼のことです。えー、偽名が思い浮かばずに、無名のユミの名を……えー、勝手に使ったのでしょう」
笑いを抑えきれないように、エーキウは細めた目で面白そうにキーの話をする。随分、近しい者への言い方だ。
キロヒは後悔した。キーが絡んできた時に、ちゃんと幻級精霊士の名前を全員覚えておけばよかった、と。もしかしたら、このエーキウは──
「失礼ですが、キー先生とはどういうご関係ですか?」
「えー、後輩というべきですかな」
キロヒの質問で、ほぼ答えは確定した。エーキウは、かなりの老体のようだ。この地で余生と言ったが、それはこの地で精霊と眠ろうと考えているのだろうか、とキロヒはじっと彼を見た。
「えー、まあ、私のことはこれくらいで……えー、お嬢さん。何か不思議な精霊の友人を、えー、お持ちですかな?」
「……友人を探している精霊がいます。その手伝いでここに来ました」
幻級精霊士キーの知り合いの、おそらく同じ幻級精霊士。キロヒがこの地に行くことを聞いて、キーは後押しさえしてみせた。精霊の友人持ちが多いこの地に彼女を誘導したのは、エーキウたちがいることを知っていたからではないのだろうか。
それを踏まえて、キロヒは普通であれば荒唐無稽とも思える話を口にした。その精霊が特級の中でも強力であることまでは言う必要はない。まだ謎精霊は、この少年を友人と決めたわけではないのだから。
むしろ、この地に詳しそうなエーキウの伝手が使えるかもしれない。キロヒの目論見は、そこにあった。
「友人を……えー、それはまた……えー、不思議な縁もあったものですな……それで、えー、ユミでは、えー、お眼鏡にかなわなかった……と?」
話題がユミの話になり、キロヒは困った笑みを浮かべるしかできなかった。ユミにしてみれば、いきなり精霊の声が聞こえてきて、勝手に見つめられて、勝手に悩まれている状態だ。しかも「世界を憎んでいる」なんていう、危険なお墨付きまでもらってしまった。普通の人なら怒っていい話だ。
フキルという実例も見ているキロヒからすれば、それでも犯罪に走るわけではなく、ちゃんと従者として働いているのだから胸を張っていいと思った。
「待ってください……人と、人の言葉で語り合える精霊なのですよね? それは、とても珍しく、そして力も持っている精霊ではないのでしょうか?」
ここまで戸惑っていたユミが、ようやく思考の整理がついたのか、向かいの席から身を乗り出すようにキロヒに問いかける。そこには熱意がある。緑銀の前髪の間から、枯葉色の目がまっすぐに彼女に向かっている。
彼はキロヒと同じ年くらい。精霊の友人を持たないが、幻級精霊士の従者をしている。こうして一緒に図書室で本を読み、エーキウと語り合っていることを思えば、そんじょそこらの学園生よりも精霊の知識は深い可能性があった。
だが、キロヒはこの少年を謎精霊の友人にするのは、「無し」の方だと考えた。彼が食いついたのは「珍しく」「力も持っている」という点だったからだ。
これに謎精霊が言った「世界を憎んでいる」を加えると、危険な料理が出来上がる。第二のフキルになるために、謎精霊を使うことはやめてほしいと感じた。
「残念ですが……」
「待ってください。その精霊は何も言ってないではないですか。悩ましいだけであって、私を完全に拒絶したわけではありませんよね?」
なまじ声が聞こえるせいで、キロヒの逃げ道がふさがれる。こうなると、謎精霊から言ってもらわないとことが収まりそうにない。
「ええと……何か言うことはありますか?」
仕方なく、キロヒは一人と一霊の間に入り、自分の口からどうぞと謎精霊を促した。
"あなた、私の友達になりたいの? じゃあ、私の友達になったら、何を私にくれるのかしら?"
謎精霊は──男に貢がせる悪女みたいなことを言い出した。
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