乙女ゲームの悪役令嬢だけど今日からモブに徹します。

あやとり

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第一章 悪役令嬢と女神様

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 私はシャルロットの腕の中に居ることに耐えられなくなって小さく悲鳴をあげた。声を小さくしたのは令嬢の意地である。本当は悲鳴そのものをあげたくなかったけれどそれは出来なかった。そして丁度その時、見知った声が私の小さな悲鳴を掻き消した。

「君は男だけでは飽き足らず、女にまで媚を売るのかい…?」

 私とシャルロットは突然の耳への刺激にビクリと反応した。
 明るいけれどどこか裏がありそうな声。いつもは面倒臭いと思う声が今は天からのお告げのような尊いものに聞こえた。声の主は私の婚約者のノワールだ。いつも真っ黒々助なんて呼んでいてごめんね。でも、これだけは訂正させて。媚は男女関係なく売ってない。

「私はそこそこ君に愛を注いで来たつもりだけれど…足りていなかったようだね」

 はて。ノワールに愛を注がれた記憶はないのだけれど。いつの間に注がれていたのだろう。その言葉を聞いた私は不思議に思いながらシャルロットをみた。早く退いて、という怨念を込めて。すると、シャルロットは無言で私の上から退く。おぉ、どんなに冷たい眼差しで見つめても全く動こうとしなかったドMがこうも易々と…。ありがとう、ノワール。ガチで助かった。後でなにかお礼するね。
 シャルロットはノワールの真正面に立ち、彼を嘲笑した。ゲームのヒロインにあるまじき悪い顔だ。私は起き上がり、ベッドに座って二人が対峙しているのをみていた。シャルロットってこんな顔もするのか。ノワールは相変わらず猫被ってるなぁ…。そんな風に他人事に考えて、はたと気づく。シャルロットが男だったら丸く収まったのになぁ。もちろんBL路線で。
 …ていうかシャルロットさ、さっきから悪い顔に拍車がかかってません?どんどん悪役ぽくなっている。これで縦ロールだっら完璧な悪役令嬢よ?この子、実は私より悪役令嬢に向いているんじゃないかしら。だって私はTHEモブみたいな性格だもの。え、そうだよね?反対にこの子は可愛いのにドMだし、時々ヒロインパワーでミラクル起こすし。ほら、この子は悪役令嬢にぴったりだわ!

「貴方がいくら愛を注いでもシルヴィラ様がその愛に溺れることはありませんわ」

 ノワールはシャルロットの顔をみて一瞬顔をしかめたがすぐに元の顔に戻った。この人の通常スマイルはアルカイックじゃなくて威圧的なんだよなぁ…。んー、何でだろ?

「なぜ…と聞いてもいいかな?」

 その問いにシャルロットはドヤ顔で答える。この子本当に表情がコロコロ変わるよなぁ。一生見ていたとしても飽きることがないのではと考えてしまう。さすがにないかな?

「貴女が注いだ愛を私が全て取り除いて差し上げるからです!」

 なんだかかっこいいことを言っている気がするがときめいたりはしない。だって女の子が言っているんだし。ときめいたら逆にまずいだろう。あ、そうだ。
 注がれた愛は自分で川に流せるので取り除かなくて結構です。もちろん、シャルロットから注がれた愛も全部川に流すから安心してね。

「君が?はは、冗談だろう?シルヴィラのことを何一つ知らないくせに…」

 一瞬ノワールの顔が曇った気がした。あれ、気のせい?

「それにこの部屋は私とシルヴィラ以外立ち入り禁止だよ。早急に出ていってくれ」

 ノワールの黒い笑顔に圧されたシャルロットは本当に無断で王宮に入り込んでいたようで、慌てて部屋を出ていった。王子に逆らえばどうなるか位は分かっているらしい。この日最後に見たシャルロットはまた今度、と笑っていた。いつも通り、可愛い笑顔で。
 そんな少女を見送るとノワールは私に近づき、頭を撫で始めた。ゆっくり、ゆっくり。心から慈しむように。そんな彼の顔は今、いつもの作り笑いではなく心からの笑みなんだと思った。彼の今の笑顔はミシェルのアルカイックスマイルより魅力的に感じた。私は心地良さに目を細める。

「シルヴィラ…大丈夫だった?」

 年相応の言葉遣いで心配しているノワールを見て私は安心感を覚えた。あぁ、私の知っている、素のノワールだ。抱き締めてこないのは私のことをシャルロットより知っている証拠である。私は怖かったと正直に言った。正直な私はでも、と付け足す。今はノワールが居るから大丈夫。
 私が笑うとノワールはまた困ったような顔をした。やっぱり気のせいではなかった。
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