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第一章 悪役令嬢と女神様
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体の動きを制限される。狭い部屋に閉じ込められる。小さい頃からそういうものにひどく敏感だった。何故かは分からない。ただ、そういう束縛的なことが全くダメだった。シャルロットがやったベッドドンも上下左右の自由が制限されていて怖くなった。今も抱き締められるだけで倒れそうになるけれど、小さい頃はもっとひどかったらしい。手を繋ぐことすらままならなかったそうだ。多分、些細なことで悲鳴をあげたり泣きじゃくったりして周りを困らせたんだと思う。ノワールもその困らされた内の一人だ。婚約した日、手を繋がれて倒れたのを覚えている。目の前でいきなり少女が倒れる衝撃はどれだけのものだったのだろう。それから彼は一度も私の手と手を繋ごうとはしていない。彼は優しいから、きっと誰より気を使って私に接しているのだろう。婚約した日から、ずっと。彼が年齢よりも一回り大人びて見えるのはそのせいかもしれない。
「シルヴィラ」
その声は寂しげで子供だった。年相応、というべきか。なんだか不思議な感じがして、私はノワールに焦点を合わせる。やっぱり彼は困り顔で私を見下ろしていた。
「僕との結婚はいや…?」
ううん、違う。そう言いたいのに、声が出なかった。私には彼の考えていることが分からない。だからこの問いかけの真意が分からなかった。否定するのは、彼に足枷を着けてしまうのと同義だ。それは彼に表向きな恋愛をさせないことを意味する。私はモブを極めるまで恋愛はしないけれど、ノワールは年頃の男の子だ。恋愛だってしたいはず。
でも、肯定も出来なかった。だって、嫌じゃないから。自分が貴族の娘なのだと知った日から政略結婚は覚悟している。しかし、同じ政略結婚でも見知らぬ人に嫁ぐより勝手が分かっているノワールの方が断然いい。
「…僕は出張で明日から10日間グリムッドという街に行く。この王都からはすごく離れた国境近くの街だ。10日後、王都に帰って来たら一番に君の元へ行くよ。その時、返事を聞かせてほしい」
そう言うとノワールは話は終わり、というように私に背を向けて帰っていった。うん、とかはい、とか言う隙すらなかった。そんな私の脳裏には返事を聞かせてほしい、と言った時の彼の儚げな表情が焼きついていた。
私にどうしろと言うの?どうしてほしいの?…わからないよ、ちゃんと説明してよ。言ってくれれば、その通りに動くから…。
我が儘が次から次へと溢れてくる。でも、それらに物事を解決する力はない。それだけは分かっていた。
言葉を口にするのが極端に苦手な私は嘆息をつく。
分からない。10日間、彼は私にどう過ごせと言いたかったのだろう。分からない、彼のことが、何もかも。当然だ。この時の私は今からの10日間が長いのか短いのかすら知らないのだから。
・・・
悩みながらも悠々と過ごしていたあの頃を思い出す。たった一ヶ月前のことなのにあの頃、なんて言うくらい昔に感じる。
平和だったはずの街は戦地になっていた。
火の手が上がり、竜が舞い、鉄の錆びたような臭いが鼻につく。
(ノワール…っ、どこ…!?)
私はそこをただ走っていた。
あの時、彼の異変に気づけていたら。あの時、困り顔の訳を知っていたなら。もし、が頭に浮かんでは消える。もし、あの時彼の悩みを聞けていたのなら。涙で歪んだ視界の先で竜が私をじっと見下ろしていた。
…こんな事にはならなかったかもしれない。
「シルヴィラ」
その声は寂しげで子供だった。年相応、というべきか。なんだか不思議な感じがして、私はノワールに焦点を合わせる。やっぱり彼は困り顔で私を見下ろしていた。
「僕との結婚はいや…?」
ううん、違う。そう言いたいのに、声が出なかった。私には彼の考えていることが分からない。だからこの問いかけの真意が分からなかった。否定するのは、彼に足枷を着けてしまうのと同義だ。それは彼に表向きな恋愛をさせないことを意味する。私はモブを極めるまで恋愛はしないけれど、ノワールは年頃の男の子だ。恋愛だってしたいはず。
でも、肯定も出来なかった。だって、嫌じゃないから。自分が貴族の娘なのだと知った日から政略結婚は覚悟している。しかし、同じ政略結婚でも見知らぬ人に嫁ぐより勝手が分かっているノワールの方が断然いい。
「…僕は出張で明日から10日間グリムッドという街に行く。この王都からはすごく離れた国境近くの街だ。10日後、王都に帰って来たら一番に君の元へ行くよ。その時、返事を聞かせてほしい」
そう言うとノワールは話は終わり、というように私に背を向けて帰っていった。うん、とかはい、とか言う隙すらなかった。そんな私の脳裏には返事を聞かせてほしい、と言った時の彼の儚げな表情が焼きついていた。
私にどうしろと言うの?どうしてほしいの?…わからないよ、ちゃんと説明してよ。言ってくれれば、その通りに動くから…。
我が儘が次から次へと溢れてくる。でも、それらに物事を解決する力はない。それだけは分かっていた。
言葉を口にするのが極端に苦手な私は嘆息をつく。
分からない。10日間、彼は私にどう過ごせと言いたかったのだろう。分からない、彼のことが、何もかも。当然だ。この時の私は今からの10日間が長いのか短いのかすら知らないのだから。
・・・
悩みながらも悠々と過ごしていたあの頃を思い出す。たった一ヶ月前のことなのにあの頃、なんて言うくらい昔に感じる。
平和だったはずの街は戦地になっていた。
火の手が上がり、竜が舞い、鉄の錆びたような臭いが鼻につく。
(ノワール…っ、どこ…!?)
私はそこをただ走っていた。
あの時、彼の異変に気づけていたら。あの時、困り顔の訳を知っていたなら。もし、が頭に浮かんでは消える。もし、あの時彼の悩みを聞けていたのなら。涙で歪んだ視界の先で竜が私をじっと見下ろしていた。
…こんな事にはならなかったかもしれない。
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