砂に描いた夢

Bella

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青い時代

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 彼は、自らがヴァンパイアであることに嫌悪感を抱いていた。それは彼が幼かったころからだそうで、何が引き金になったのかは覚えていないそうだ。ただ、自分が人間ではないということ、そして人間の血を定期的に摂取しなければ生きていけないということが耐えられないほど嫌だったそうだ。
 しかし現代に暮らすヴァンパイアは専門の病院へ通い、特殊な技術によって粉末状に加工された人間の血液を処方されている。それを欠かさず飲むことで血への渇望を抑え、自らの欲望を沈めるのだと教えてくれた。

 先日黒田先生から受け取っていたものも、それだったようだ。

 貧困が原因で人間を襲うようなことにならないため、その分の代金はかからない。そこで、彼等が処方される血液は一体どこから仕入れるのだろうかと疑問が生じたが、彼の話の邪魔をしたくなかったのと、そんなことは知らない方が身のためだと判断して口を閉ざしていた。

 人間の血液を実際に口にすれば、ほんの一口でも粉薬とは比べ物にならないくらい力がつくらしいが、もちろんそれは禁止されている。定期的な診断が義務付けられているので、過去一年間に生の血液に口を付ければ、必ず見つかり裁かれるそうだ。

 そこで私は、馬鹿な質問をして彼に苦しそうな顔を浮かべさせてしまった。

「史弥さんは、血を飲みたいと思ったことがあるんですか?」

 その質問を投げかけた瞬間、車内の空気が凍り付いたのがわかった。彼は身を固くさせて、怖い顔をして前を睨むようにしている。思わずごめんなさい、と謝った私にはっと視線を向けた彼は、いつものように優しく微笑んでくれた。

「謝ることはないよ。俺こそごめん。血を飲みたいと思うのは、俺達にとっては……ごく普通のことなんだよ。だから悲しいけど、葉月の質問に対する答えはイエスだよ」

 そう答えた彼の声は本当に悲し気で、暗く落ち込んでいた。慌てて彼の手を両手で握り締めると、優しい笑い声が耳に届いた。

「葉月は優しいね。それでいて、とても綺麗だ。純粋に俺のことを愛してくれているし、俺も、何よりも葉月が大切だよ。誰よりも愛してる」

 突然舞い降りてきた甘い言葉に狼狽える私に、彼は低い声で警告を鳴らした。

「でもね」

 そう言いながら、するりと手をほどいてしまう。あれだけしっかりと握っていたはずなのに、抵抗すら感じさせずに、いとも簡単に離れて行ってしまう。

「俺はやっぱり、ただの吸血鬼でしかないんだ。葉月と初めて会った時、指を切っただろ?」

 彼と初めて会った日のことは、今でも鮮明に覚えている。まるで雷にでも打たれたかのように衝撃的な日だった。忘れられるはずがなかった。
 私は彼が購入しようとレジに持ってきた本を落として、指先を傷つけた。ほんの少しだったが血が出てしまったことを覚えている。

「花束を持ってきてくれましたよね。嬉しかった」

 離れてしまった手を求めて、私は両手を史弥さんへと伸ばした。すると彼は少し戸惑ったように手を宙で止めた。その手を私から迎えに行った。今度こそ離れないように、さっきよりもつよく力を込めて握り締めた。どれだけ強く握ったところで、史弥さんにとっては赤ん坊がそっと握っているようにしか感じていないのだろう。

「そんなに力を入れていなくても、逃げたりしないから安心して」

 優しくそう言ってくれた彼に微笑んだが、手から力は抜かなかった。

「あの時、花を持って行ったのは……怪我をさせたお詫びだって言ったけど、あれは嘘だ」
「嘘?」

 赤信号で止まった車の中で、ぎらりと彼の瞳が光ったような気がした。

「そう。本当はあの時、葉月の血の匂いでおかしくなりそうだった。それが申し訳なくて、でも直接そんなこと言って謝れないだろ? それに、葉月と話すキッカケが欲しかったっていう下心もある」

 そう言って、彼は冗談交じりにウィンクをしてくる。

「それから、きちんと毎日薬を飲むようにしたんだ。それまでは、あまり人と接するようなこともなかったし……。あんな薬なんか飲まなくても俺は大丈夫だと、どこかで驕っていたんだよ。俺はどうも自信過剰なところがあってね」

 自虐的に笑う彼に笑みを返すと、どこか驚いたように目を丸くさせた。

「怖くない?」

 探るような聞き方をした彼に、思い切り笑って見せた。彼は更に驚いて、それからつられたように笑ってくれた。彼の笑顔が、いつもより嬉しく感じた。

「怖くなんかないです。私、史弥さんになら血ぐらい飲まれても構わない」

 この言葉には、さすがにぎょっとして首を振った。

「なんてことを言うんだ、葉月」

 上を向いて呆れたように息を吐くと、色気をたっぷりと含んだ視線を向けてくる。

「葉月はありとあらゆる手で俺を誘惑してくるな。運転中じゃなかったら、押し倒してたよ」

 そう言って、彼はそっと身を寄せて私の首筋に唇を寄せた。危ない、そう言おうと思った時には既に彼は澄ました顔で運転席に戻っていて、狐につままれたような感覚だった。

「まったく、困った子だよ。で、どこまで話した?」
「えっと……薬を貰ってるって」

 まだそこ? とふざけて顔をしかめた彼はすぐにため息をついて、話の続きを聞かせてくれた。今度は口を挟まないで、きちんと聞いていようと心に決めた。

 彼はヴァンパイアは人間よりも優れているという思想を持った両親の下で育ったそうだ。これは純粋なヴァンパイアの家系には珍しいことではないようだ。中には人間を忌み嫌って見下すようなヴァンパイアもいるそうだが、彼の両親はそこまで過激ではなかったらしい。四歳下の弟が幼くしてその思想にはまり、人間など所詮自分たちの餌にしか過ぎないくせに、とやや偏った見解に染まっていったそうだ。そんな弟を正そうと試みるも、彼は聞く耳を持たなかった。それどころか、両親はその弟を優遇するようになり、一人外れた考えを持った史弥さんに冷たくあたるようになっていったそうだ。母親は史弥さんに歩み寄ろうとしていた時期もあったそうだが、頑なにヴァンパイアである自分や家族を忌み嫌った彼には、その言葉は届かなかった。そして、その考えを理解できなかった母親にも、彼の言葉は届かなかった。
 そして彼が高校生になるころには、世間では立派な『不良』と呼ばれる存在になっていたそうだ。中学で知り合った親友もまたヴァンパイアで、彼と同じように生まれついた自らの運命を嫌っていた。史弥さんは一目見て、彼も同族だとわかったそうだ。相手も同じだったようで、二人はすぐに意気投合し、常に二人で行動するようになったと言った。
 親友は母子家庭で、母親は夜遅くまで仕事をしていてほとんど家には帰らなかった。それをいいことに彼の家に入り浸るようになった史弥さんは、ほとんど家へと帰らなくなったそうだ。話を聞いてみれば親友の母親は人間で、父親がヴァンパイアだった。
 面白いのは人間とヴァンパイアが子供を持つと、所謂『ハーフ』という個体は存在しない、という話だった。つまり、産まれるのは人間かヴァンパイアかのどちらかだ。そのため、人間である母親が一人でヴァンパイアの息子を育てていた。父親とは会ったこともなく、顔も知らないと言っていたそうだ。母には感謝していたが、それよりも申し訳なさが勝つな、と悲しそうに笑った親友の顔が今でも忘れられない、と史弥さんは唇を噛んだ。

 彼が石丸さんと出会ったのは、高校二年生に上がった頃だったそうだ。親友の母親が読書家で、家にたくさんの本を揃えていた影響で、史弥さんは暇さえあればいつでも本を読んでいたそうだ。仕方なくたまに自宅へ帰宅した際も、ほとんどの時間を自室で本を読んで過ごしたと言った。なんとなく小説家という職業に興味を持ったのも、この頃だったそうだ。

 ある日いつものように夜の街をふら付いていた時、ふとした事で二人は口論になった。そして熱くなった二人は、殴り合いの喧嘩へと発展してしまう。街中で派手に喧嘩をしていれば当然だが通報もされるだろう。警官が現れると、親友はすぐに冷静になって大人しく言われたようにパトカーへと乗り込んだそうだ。しかし史弥さんはまだ怒りが収まらず、駆け付けた警官が人間だったのをいいことに逃げ回ったそうだ。それも、捕まえられそうな距離までわざと彼等を引き付けては寸での所で交わす、といったことを繰り返して弄んだそうだ。親友はパトカーの中から呆れた顔をして史弥さんを見ていたが、やがて車の中で腹を抱えて笑い転げていたという。一度車の中の親友と目が合った際、彼は笑って親指を突き立てた。それを見て、史弥さんもまた同じように親指を突き立てて笑い返したそうだ。
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