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人生いろいろと目まぐるしい
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初春の朝は遅い。まだ暗いうちに、宮城野に湯屋へ連れていかれました。
湯気が立ち込めるなかで躰を清めて。いつもは侍女に任せるが、今日は宮城野にやってもらいます。
宮城野も母上を追った私を心配していたので、喜んで従ってくれました。
「まぁ、まぁまぁまぁ!」
宮城野は、どうして自分が頼まれたか、瞬時に理解したらしい。
躯中に残る赤い秀忠さまの印。宮城野に見られるのさえ恥ずかしい。
「しばらくは私がお身体を清めまする」
宮城野がそう言うてくれてホッとしました。
ところが……
消える前に新しい印がつく。消えかけるとまたつける。
「まぁまぁまぁ」
宮城野の「まぁまぁ」が、「よかったですね」の感動から「またですか」の嘆息に変わって。
「お方さま、もう、隠されるのも……」
「…限界か……」
「私がずっと湯屋のお世話をできればよいのですが……」
「そうもいかぬのぅ……」
「…申し訳ございませぬ」
「いや、これほど愛していただけるとは思わなんだ」
「さようでございますね」
秀忠さまは、相変わらず、つかみ所がありません。
このお屋敷にいる時には、私の具合を見て、夜には睦み合うてくださる。
江戸へ行く前や帰ってきた後は、ひどく抱かれるけれど。
寝所には、あまり火を入れないようになりました。
秀忠さまが私を案じてくださったからですが、実は、その前から動きはあったようで。
正月に寒かったのは、由良の策略だったようです。寒ければ、同衾するだろうと。
自分の主人を罠にはめるとは!
と、口をあんぐり開けた私に、
「大姥局はこんなものではありませぬぞ」
と、由良はにっこりします。
由良の上をいく者が江戸で待っているのか。心せねば。
完に会った後の寂しさも和らぎました。
私には帰る胸があるんですもの。
徳川の縁をほぼ覚え、節供や盆の設えも、順々に見て、習いました。
「後は、重陽を残すのみ」と思っていた閏七月十三日の真夜中。
ゴーッという遠い音にうっすら目が覚めました。同時に躰がフワッと浮き上がり、ストンと墜ちて……。
「躰を縮めろっ!」
秀忠さまが私の上に被さってきます。
屋敷がギシギシと悲鳴をあげ、土壁が崩れる音やなにかが割れる音が聞こえた。
「大事ないか」
「…あ…あ…」
「江?」
「は…はい」
「動くな。何が散らばっておるか解らぬ」
「はい」
「若様っ、開けまするぞ!」
利勝殿が、障子を開けようとしているのに、なかなか開かない。
「そちらに倒しまするっ。御免」
利勝殿が体当たりをして障子を倒した。晴な月明かりと寝間着姿の利勝殿。なんか、不思議。
「御無事で」
「うむ。父上は」
「今、確認させておりますが、お部屋は無事のようす」
「そうか。火が出ていないか見回るぞ」
二人のやり取りの間にも大地が揺れる。
「…あなたさま…」
心細げにした私に、秀忠さまは這子を拾って渡してくださった。
「ここはしっかり補強してあるゆえ、動くな。侍女たちもここへ呼ぶ。女たちの取りまとめを頼む」
「…は…はい」
私は徳川の女たちの頭だったと思い出す。
月明かりを頼りに、危険なものはないか目を凝らしていると、宮城野を筆頭に、女たちが入ってきました。時々の揺れに怯えながら、皆で夜を明かしたのです。
所々、瓦ごと屋根が落ちたりしたが、徳川屋敷は被害が少なかった。
すぐそこの伏見城は、作っていた天守が落ちて大勢亡くなったとか。
夜になると怖がる私を、秀忠さまは、いつも抱いてくださいました。
その後も時々、揺れがあって………。
食欲が落ちたのは怖さのせいだと思っていたのが、今日は夕餉にえずいてしまって……。
秀忠さまが慌てました。慌てて、宮城野を大声で呼びます。すぐそこにいるのに。
「宮城野、医師を! 宮城野!」
宮城野は慌てずに、ゆるゆると私の側に来て背中を擦ってくれます。
「お方さま、先月も先々月も、月のものがありませなんだ」
「…あ……」
「完姫さまの時は、ずっと泣いておられたゆえ、悪阻も覚えておられぬのでしょう」
「………」
「ようございましたね」
秀忠さまが、その場で固まって。
「孕んで…いるのか?」
「そのようです。若殿様」
「そうか! そうか! 江、大事にしてくれ!」
無邪気に喜んでいる秀忠さまを初めて見ました。
それからも揺れはありましたが、穏やかに暮らしていました。雁金屋に暖かい着物も頼んで。
暮れも近づく霜月に、秀忠さま共々、御義父上様に呼び出されました。
湯気が立ち込めるなかで躰を清めて。いつもは侍女に任せるが、今日は宮城野にやってもらいます。
宮城野も母上を追った私を心配していたので、喜んで従ってくれました。
「まぁ、まぁまぁまぁ!」
宮城野は、どうして自分が頼まれたか、瞬時に理解したらしい。
躯中に残る赤い秀忠さまの印。宮城野に見られるのさえ恥ずかしい。
「しばらくは私がお身体を清めまする」
宮城野がそう言うてくれてホッとしました。
ところが……
消える前に新しい印がつく。消えかけるとまたつける。
「まぁまぁまぁ」
宮城野の「まぁまぁ」が、「よかったですね」の感動から「またですか」の嘆息に変わって。
「お方さま、もう、隠されるのも……」
「…限界か……」
「私がずっと湯屋のお世話をできればよいのですが……」
「そうもいかぬのぅ……」
「…申し訳ございませぬ」
「いや、これほど愛していただけるとは思わなんだ」
「さようでございますね」
秀忠さまは、相変わらず、つかみ所がありません。
このお屋敷にいる時には、私の具合を見て、夜には睦み合うてくださる。
江戸へ行く前や帰ってきた後は、ひどく抱かれるけれど。
寝所には、あまり火を入れないようになりました。
秀忠さまが私を案じてくださったからですが、実は、その前から動きはあったようで。
正月に寒かったのは、由良の策略だったようです。寒ければ、同衾するだろうと。
自分の主人を罠にはめるとは!
と、口をあんぐり開けた私に、
「大姥局はこんなものではありませぬぞ」
と、由良はにっこりします。
由良の上をいく者が江戸で待っているのか。心せねば。
完に会った後の寂しさも和らぎました。
私には帰る胸があるんですもの。
徳川の縁をほぼ覚え、節供や盆の設えも、順々に見て、習いました。
「後は、重陽を残すのみ」と思っていた閏七月十三日の真夜中。
ゴーッという遠い音にうっすら目が覚めました。同時に躰がフワッと浮き上がり、ストンと墜ちて……。
「躰を縮めろっ!」
秀忠さまが私の上に被さってきます。
屋敷がギシギシと悲鳴をあげ、土壁が崩れる音やなにかが割れる音が聞こえた。
「大事ないか」
「…あ…あ…」
「江?」
「は…はい」
「動くな。何が散らばっておるか解らぬ」
「はい」
「若様っ、開けまするぞ!」
利勝殿が、障子を開けようとしているのに、なかなか開かない。
「そちらに倒しまするっ。御免」
利勝殿が体当たりをして障子を倒した。晴な月明かりと寝間着姿の利勝殿。なんか、不思議。
「御無事で」
「うむ。父上は」
「今、確認させておりますが、お部屋は無事のようす」
「そうか。火が出ていないか見回るぞ」
二人のやり取りの間にも大地が揺れる。
「…あなたさま…」
心細げにした私に、秀忠さまは這子を拾って渡してくださった。
「ここはしっかり補強してあるゆえ、動くな。侍女たちもここへ呼ぶ。女たちの取りまとめを頼む」
「…は…はい」
私は徳川の女たちの頭だったと思い出す。
月明かりを頼りに、危険なものはないか目を凝らしていると、宮城野を筆頭に、女たちが入ってきました。時々の揺れに怯えながら、皆で夜を明かしたのです。
所々、瓦ごと屋根が落ちたりしたが、徳川屋敷は被害が少なかった。
すぐそこの伏見城は、作っていた天守が落ちて大勢亡くなったとか。
夜になると怖がる私を、秀忠さまは、いつも抱いてくださいました。
その後も時々、揺れがあって………。
食欲が落ちたのは怖さのせいだと思っていたのが、今日は夕餉にえずいてしまって……。
秀忠さまが慌てました。慌てて、宮城野を大声で呼びます。すぐそこにいるのに。
「宮城野、医師を! 宮城野!」
宮城野は慌てずに、ゆるゆると私の側に来て背中を擦ってくれます。
「お方さま、先月も先々月も、月のものがありませなんだ」
「…あ……」
「完姫さまの時は、ずっと泣いておられたゆえ、悪阻も覚えておられぬのでしょう」
「………」
「ようございましたね」
秀忠さまが、その場で固まって。
「孕んで…いるのか?」
「そのようです。若殿様」
「そうか! そうか! 江、大事にしてくれ!」
無邪気に喜んでいる秀忠さまを初めて見ました。
それからも揺れはありましたが、穏やかに暮らしていました。雁金屋に暖かい着物も頼んで。
暮れも近づく霜月に、秀忠さま共々、御義父上様に呼び出されました。
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