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†奇妙な拾い物†
接触者
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「…思ったより血を吸いすぎていたようだ…
確かに、この状況で此処に置いて行かれては困るだろう。…悪かったな」
彼が、自らの非礼を詫びる。それに対して、私が何か言う前に、
「どうせ、行くあてもないからな。…こうなれば、何処にだって付き合ってやる」
「え…!?」
…行くあてがない?
「それって…もしかして、帰る家が無いっていうこと?」
貧血も手伝って、目眩を起こしている頭は正常には働かない。
本来なら、直接訊いてはいけないような、気を使う箇所まで、私は至極普通に尋ねていた。
だが、それに、彼は首を横に振った。
「正確に言えば、“記憶喪失”とかいうやつか。…俺には、自分が今まで、何処でどうしていたのか、この場で一体、何があったのか…
その全てが分からない」
「!えっ…」
私は驚愕し、貧血などは何処へやらの勢いで、彼に自らの疑問をぶつけていた。
「き、記憶喪失って…、じゃあ…本当に何も覚えてないの!?」
「……」
この問いの答えを、何故か彼は言い渋った。
それを気にかけた私が、再度訊ねるよりも早く、彼は重い口を開いた。
「…、自分の名は…辛うじて覚えている」
「名前…? 何ていうの?」
…そういえば、こちらからは彼に名を教えたが、彼からはまだ聞いていなかった事を思い出して、私は上目遣いに彼を見た。
すると彼は、その視線を感じ取ったのか、あるひとつの名前を口にした。
「…カミュ…、“カミュ=ブライン”だ」
「…カミュ…?」
私の体の動きが止まった。…普通に聞けば、まるで外国人さながらの名だ。
現に彼の外見は、当の外国人顔負けの、美しい銀髪紫眼。…言われてみれば確かに、そういった名の方がしっくり来る。
「…“カミュ”って言うんだ。その名前…、貴方に似合ってるね」
「それしか覚えていないからな。記憶に縋るようであれば、唯一覚えているそれには、愛着は無いこともないが」
何故か、彼…カミュは、忌々しげにそう言い捨てると、私を支える腕に力を込めた。
「だが…名前など、個人の単なる呼称に過ぎない。それを知っていたところで、ただ…周りの者が俺を呼ぶのに便利なだけだ。そして…」
「…?」
私が不思議そうに首を傾げると、カミュは、わずかに目を伏せた。
「…記憶を無くした今の状態では、その名を呼ぶ者すら限られて来るはずだ…」
「カミュ…さん」
「“さん”は必要ない。…お前に、変に遠慮はされたくないからな」
さも面倒はごめんとばかりに、カミュは軽く息をついた。
それに、私は戸惑いながらも頷いた。
「分かった。じゃあ…、あたしの方も唯香でいいから」
「…ああ… !?」
空返事をしていたカミュは、次には何かに気付いたように、こめかみを引きつらせ、いきなり、警戒するように周囲に視線を走らせた。
「……」
「? …どうしたの、カミュ」
その気配に気付かないはずもない私が、恐る恐る訊ねても、カミュはそれには答えず、次の瞬間、ある一点…、前方に向かって視線を尖らせた。
「こちらが黙っていれば、いつまで高みの見物をしているつもりだ。俺が気付かないとでも思っているのか?」
カミュは、自らの視線の先に向けて、そう言い放つと、次には私をかばうように、私の前に立った。
…すると、人の気配など、まるでしなかったはずの前方から、低く、よく通る男性の声が響いた。
「完全に気配は殺していたはずですが…、さすがですね」
「…ふん、世辞のつもりか? その口振りでは、お前…、俺の事をよく知っているらしいな」
「…!?」
カミュの何気ない言葉に、声の主は驚いて姿を現した。
年の頃は26~28、金髪銀眼の美しい青年だ。
身長はカミュより少し高く、その外見は、その髪や瞳の色も手伝って、極めて高貴なものだった。
しかし、青年のそんな美しい銀の瞳は、今は驚きで大きく見開かれていた。
「…い、一体…どうなされたのです!?」
「どうもこうもない。お前は俺を良く知っているようだが、俺の方は…お前など知らない」
「“知らない”…!?」
カミュの発言に、その青年は絶句したまま、僅かに怯んだ。
「…まさか…、何らかの事情で、記憶が…!?」
「…俺が今覚えているのは、自らの名前だけだ。それ以外は何一つ、覚えてはいない…」
カミュは、一時だけ目を細めると、刹那、それに敵意を込めて大きく見開いた。
「…故に、例えお前が俺の知人であろうと、今の俺には関係のない事だ。それが解ったら、すぐにそこをどけ…!」
「!っ…、いいえ、そうは参りません」
青年は、きっぱりと言ってのけ、そのまま、窘めるような目をカミュに向けた。
「…殿下、私は…、主からの命令で、貴方様を連れ戻しに来たのです」
「“殿下”…!?」
思いもかけない言葉に、カミュの目が大きく見開かれる。
その、一瞬の心の隙をついて、青年はカミュに言い聞かせた。
「ええ。貴方様は、とある世界の支配者の、たったひとりの御子息…
つまり、皇子であると同時に、その支配者の後継者でもあるのです」
「!」
…カミュが驚いたせいか、後ろ手に私を支える力が少しだけ弛んだのを感じた。
だが、驚いたのは私も同じだった。
「!お、皇子って…本当に…!?」
カミュが記憶を無くしている事は知っていたが、青年の言う通り、彼がとある世界の皇子である事が真実なら、この事態は驚愕すべきものだ。
剰りの驚きで、思わず声をあげてしまった私に、当然のことながら、カミュはその表情に、わずかながらも不快感を見せた。
その様子を見ていた青年が、窺うように問う。
「…まだ、思い出せませんか? カミュ様」
そんな青年の問いかけに、カミュは臍を噛んだ。
記憶が無いのに問い詰められる、その理不尽さが、彼の怒りの感情を刺激していた。
「何度言わせる…! そんな事は覚えてはいない!」
苛立ちを露にして、きっぱりと言い捨てたカミュに、青年は、とある確信を得たらしく、口元に慈愛の笑みを浮かべた。
「…分かりました。カミュ様がそこまで仰るのであれば、私はいったん退くことに致しましょう…
何かあれば、いつでも、何処ででも私をお呼び下さい」
礼儀正しく頭を下げた彼は、つと、言葉を付け加えた。
「…とはいえ、殿下は私の名も忘れておられるのでしょうね。
私の名は“フェンネル”。…呼ぶ時はその名でお呼び下さい」
「…いいだろう。その名…覚えておこう」
カミュが低く答えると、フェンネルと名乗った青年は、満足そうに口元に笑みを浮かべ、周囲の風景にとけ込むように姿を消した。
それを確認したカミュには、今だに怒りが残っているらしく、忌々しげに呟いた。
「…俺が…皇子? とある世界の支配者の息子だと…?」
「!そう、それ! その事だけど…」
私は思わず、縋るようにカミュの服を掴んだ。
「貴方は覚えてないみたいだけど、あのフェンネルって人が言ったことが本当なら、貴方は…!」
「…やめろ、唯香… お前まで馬鹿を言うつもりか?」
「…えっ?」
この返答の意味を、私は捉えられなかった。
しかし、それを既に見越しているらしいカミュが、すぐに言葉を続ける。
「例え、奴… フェンネルの言うことが事実だとしても、それが今の俺に何の関係がある?」
「…?」
「自分の名前しか覚えていない者に、そんな過去は無意味だ…
例え本当に、血統がそうであろうとな」
「で、でも、カミュ…」
知らず知らずのうちに、カミュの服を掴んでいる手に力が籠もった。
「お前が気にする事ではない。体調が悪い奴が、余計な気をかけるな…。回復が遅くなるぞ」
「!だけど…」
「…それに、俺には他にもやらなければならないことがある。…さしあたっては、お前を家まで送って行くことか」
「!…カミュ…」
私が驚きを隠せずにカミュを見ると、彼は、先程見せた怒りの感情とは打って変わって、はっきりとした笑みを見せた。
「それだけ話せるなら、そろそろ、歩く事は出来そうだな」
「うん…多分、大丈夫」
「そうか。…それなら行くぞ」
カミュがそう告げたその時、私は、はっとして縋っていた手を離した。
とっさの事とはいえ、今まで馴れ馴れしく彼の服を掴んでいた自分に、顔が赤くなる。
しかし、その一方で、気付いたことはもうひとつあった。
(!えっ…
…カミュが…拒否してなかった?)
…始めは、その身に触れられる事にさえ警戒していた彼が、私に触れられていても、その手を振り解いたりはしなかったのだ。
それどころか、フェンネルが現れた時には、かばうように前にも立ってくれた…!
(…どうして…?)
そんな私の心の疼きは、次のカミュの言葉によって遮られた。
「何をぼんやりしている。置いていくぞ」
「えっ!?」
深い霧の中から、いきなり声がかかった時のような反応を見せた私に、カミュは、やれやれと肩を竦めた。
「…この状態で呆けることが出来るとは、おめでたい奴だな。俺に血を与えたことだけが原因ではなさそうだ」
「!…な」
図星なだけに、まともな返事も出来ず、私がどもると、カミュは私が掴んだままの手を振り切り、それを自らの手で握り締めた。
確かに、この状況で此処に置いて行かれては困るだろう。…悪かったな」
彼が、自らの非礼を詫びる。それに対して、私が何か言う前に、
「どうせ、行くあてもないからな。…こうなれば、何処にだって付き合ってやる」
「え…!?」
…行くあてがない?
「それって…もしかして、帰る家が無いっていうこと?」
貧血も手伝って、目眩を起こしている頭は正常には働かない。
本来なら、直接訊いてはいけないような、気を使う箇所まで、私は至極普通に尋ねていた。
だが、それに、彼は首を横に振った。
「正確に言えば、“記憶喪失”とかいうやつか。…俺には、自分が今まで、何処でどうしていたのか、この場で一体、何があったのか…
その全てが分からない」
「!えっ…」
私は驚愕し、貧血などは何処へやらの勢いで、彼に自らの疑問をぶつけていた。
「き、記憶喪失って…、じゃあ…本当に何も覚えてないの!?」
「……」
この問いの答えを、何故か彼は言い渋った。
それを気にかけた私が、再度訊ねるよりも早く、彼は重い口を開いた。
「…、自分の名は…辛うじて覚えている」
「名前…? 何ていうの?」
…そういえば、こちらからは彼に名を教えたが、彼からはまだ聞いていなかった事を思い出して、私は上目遣いに彼を見た。
すると彼は、その視線を感じ取ったのか、あるひとつの名前を口にした。
「…カミュ…、“カミュ=ブライン”だ」
「…カミュ…?」
私の体の動きが止まった。…普通に聞けば、まるで外国人さながらの名だ。
現に彼の外見は、当の外国人顔負けの、美しい銀髪紫眼。…言われてみれば確かに、そういった名の方がしっくり来る。
「…“カミュ”って言うんだ。その名前…、貴方に似合ってるね」
「それしか覚えていないからな。記憶に縋るようであれば、唯一覚えているそれには、愛着は無いこともないが」
何故か、彼…カミュは、忌々しげにそう言い捨てると、私を支える腕に力を込めた。
「だが…名前など、個人の単なる呼称に過ぎない。それを知っていたところで、ただ…周りの者が俺を呼ぶのに便利なだけだ。そして…」
「…?」
私が不思議そうに首を傾げると、カミュは、わずかに目を伏せた。
「…記憶を無くした今の状態では、その名を呼ぶ者すら限られて来るはずだ…」
「カミュ…さん」
「“さん”は必要ない。…お前に、変に遠慮はされたくないからな」
さも面倒はごめんとばかりに、カミュは軽く息をついた。
それに、私は戸惑いながらも頷いた。
「分かった。じゃあ…、あたしの方も唯香でいいから」
「…ああ… !?」
空返事をしていたカミュは、次には何かに気付いたように、こめかみを引きつらせ、いきなり、警戒するように周囲に視線を走らせた。
「……」
「? …どうしたの、カミュ」
その気配に気付かないはずもない私が、恐る恐る訊ねても、カミュはそれには答えず、次の瞬間、ある一点…、前方に向かって視線を尖らせた。
「こちらが黙っていれば、いつまで高みの見物をしているつもりだ。俺が気付かないとでも思っているのか?」
カミュは、自らの視線の先に向けて、そう言い放つと、次には私をかばうように、私の前に立った。
…すると、人の気配など、まるでしなかったはずの前方から、低く、よく通る男性の声が響いた。
「完全に気配は殺していたはずですが…、さすがですね」
「…ふん、世辞のつもりか? その口振りでは、お前…、俺の事をよく知っているらしいな」
「…!?」
カミュの何気ない言葉に、声の主は驚いて姿を現した。
年の頃は26~28、金髪銀眼の美しい青年だ。
身長はカミュより少し高く、その外見は、その髪や瞳の色も手伝って、極めて高貴なものだった。
しかし、青年のそんな美しい銀の瞳は、今は驚きで大きく見開かれていた。
「…い、一体…どうなされたのです!?」
「どうもこうもない。お前は俺を良く知っているようだが、俺の方は…お前など知らない」
「“知らない”…!?」
カミュの発言に、その青年は絶句したまま、僅かに怯んだ。
「…まさか…、何らかの事情で、記憶が…!?」
「…俺が今覚えているのは、自らの名前だけだ。それ以外は何一つ、覚えてはいない…」
カミュは、一時だけ目を細めると、刹那、それに敵意を込めて大きく見開いた。
「…故に、例えお前が俺の知人であろうと、今の俺には関係のない事だ。それが解ったら、すぐにそこをどけ…!」
「!っ…、いいえ、そうは参りません」
青年は、きっぱりと言ってのけ、そのまま、窘めるような目をカミュに向けた。
「…殿下、私は…、主からの命令で、貴方様を連れ戻しに来たのです」
「“殿下”…!?」
思いもかけない言葉に、カミュの目が大きく見開かれる。
その、一瞬の心の隙をついて、青年はカミュに言い聞かせた。
「ええ。貴方様は、とある世界の支配者の、たったひとりの御子息…
つまり、皇子であると同時に、その支配者の後継者でもあるのです」
「!」
…カミュが驚いたせいか、後ろ手に私を支える力が少しだけ弛んだのを感じた。
だが、驚いたのは私も同じだった。
「!お、皇子って…本当に…!?」
カミュが記憶を無くしている事は知っていたが、青年の言う通り、彼がとある世界の皇子である事が真実なら、この事態は驚愕すべきものだ。
剰りの驚きで、思わず声をあげてしまった私に、当然のことながら、カミュはその表情に、わずかながらも不快感を見せた。
その様子を見ていた青年が、窺うように問う。
「…まだ、思い出せませんか? カミュ様」
そんな青年の問いかけに、カミュは臍を噛んだ。
記憶が無いのに問い詰められる、その理不尽さが、彼の怒りの感情を刺激していた。
「何度言わせる…! そんな事は覚えてはいない!」
苛立ちを露にして、きっぱりと言い捨てたカミュに、青年は、とある確信を得たらしく、口元に慈愛の笑みを浮かべた。
「…分かりました。カミュ様がそこまで仰るのであれば、私はいったん退くことに致しましょう…
何かあれば、いつでも、何処ででも私をお呼び下さい」
礼儀正しく頭を下げた彼は、つと、言葉を付け加えた。
「…とはいえ、殿下は私の名も忘れておられるのでしょうね。
私の名は“フェンネル”。…呼ぶ時はその名でお呼び下さい」
「…いいだろう。その名…覚えておこう」
カミュが低く答えると、フェンネルと名乗った青年は、満足そうに口元に笑みを浮かべ、周囲の風景にとけ込むように姿を消した。
それを確認したカミュには、今だに怒りが残っているらしく、忌々しげに呟いた。
「…俺が…皇子? とある世界の支配者の息子だと…?」
「!そう、それ! その事だけど…」
私は思わず、縋るようにカミュの服を掴んだ。
「貴方は覚えてないみたいだけど、あのフェンネルって人が言ったことが本当なら、貴方は…!」
「…やめろ、唯香… お前まで馬鹿を言うつもりか?」
「…えっ?」
この返答の意味を、私は捉えられなかった。
しかし、それを既に見越しているらしいカミュが、すぐに言葉を続ける。
「例え、奴… フェンネルの言うことが事実だとしても、それが今の俺に何の関係がある?」
「…?」
「自分の名前しか覚えていない者に、そんな過去は無意味だ…
例え本当に、血統がそうであろうとな」
「で、でも、カミュ…」
知らず知らずのうちに、カミュの服を掴んでいる手に力が籠もった。
「お前が気にする事ではない。体調が悪い奴が、余計な気をかけるな…。回復が遅くなるぞ」
「!だけど…」
「…それに、俺には他にもやらなければならないことがある。…さしあたっては、お前を家まで送って行くことか」
「!…カミュ…」
私が驚きを隠せずにカミュを見ると、彼は、先程見せた怒りの感情とは打って変わって、はっきりとした笑みを見せた。
「それだけ話せるなら、そろそろ、歩く事は出来そうだな」
「うん…多分、大丈夫」
「そうか。…それなら行くぞ」
カミュがそう告げたその時、私は、はっとして縋っていた手を離した。
とっさの事とはいえ、今まで馴れ馴れしく彼の服を掴んでいた自分に、顔が赤くなる。
しかし、その一方で、気付いたことはもうひとつあった。
(!えっ…
…カミュが…拒否してなかった?)
…始めは、その身に触れられる事にさえ警戒していた彼が、私に触れられていても、その手を振り解いたりはしなかったのだ。
それどころか、フェンネルが現れた時には、かばうように前にも立ってくれた…!
(…どうして…?)
そんな私の心の疼きは、次のカミュの言葉によって遮られた。
「何をぼんやりしている。置いていくぞ」
「えっ!?」
深い霧の中から、いきなり声がかかった時のような反応を見せた私に、カミュは、やれやれと肩を竦めた。
「…この状態で呆けることが出来るとは、おめでたい奴だな。俺に血を与えたことだけが原因ではなさそうだ」
「!…な」
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